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第13話

「あぁ。悪い…笑ってしまって…」 玲と翔のやり取りが面白くてついつい声を出して笑ってしまったのを、二人は何事が起きたのか見ている。 命は俺が笑ったのが珍しかったのか少し驚いた顔をしていた。 確かに家では基本的に表情が動かないし、むしろ動かすこともしない。 流石に外ではなるべく気を付けてはいるが、声を出して笑ったのが昔を知っている命には余程珍しかったのだろう。 「命から話は聞いてるよ。はじめまして…命のパパの美世です」 俺が床に膝をついて翔に襟を掴まれている玲の手を取る。 キザっぽく手の甲にキスをしてやると玲の瞳がキラキラと輝く。 「みことちゃんのパパ王子様みたいヨ!」 キャピキャピとはしゃぐ玲ちゃんに翔は大きなため息をついていた。 「忘れてた。命から玲ちゃんはチョコレートが好きだって聞いたんだけど、これつまらないものですが…」 「これはこれはゴテイネイニー」 俺は手に持っていた紙袋を渡すと更に興奮した様子ではしゃぎだした。 手土産は一応有名店の物で取引先に持っていくと喜ばれるお菓子ではある。 玲ちゃんも例外ではなくとても喜んでくれていた。 「こら!暴れるな!」 俺から受け取った紙袋を覗きながら嬉しそうな玲ちゃんをなだめる翔が大きなため息をつく。 それがまたおかしくて、近くでぼんやりして居た命を抱き寄せ、翔に見えないように笑う。 はじめて会ったのに、翔をからかうのは随分と面白いかもしれない。 + 命と玲ちゃんが楽しそうにキッチンで料理の続きを作っている。 と言っても命は少し離れたところで眺めているだけだが。 「あいつがキッチンに人を入れるなんて珍しい…」 翔は驚きが隠せないように二人の様子を見ている。 俺は玲ちゃんに、どうしてもと懇願され夕飯にお呼ばれすることになってしまって現在リビングのソファーでキッチンの様子を伺っていた。 玲ちゃんが入れてくれたドリップパックのコーヒーが入ったマグカップを口許に近づける。 「あの…不躾な質問なのですが、美世さんは命くんとどういった関係なんですか?」 「ん?」 翔がおずおずと俺に話しかけてきた。 俺はコーヒーを一口飲んでからそのカップをローテーブルに置いた。 「変な話ですけど…」 翔は話そうかどうしようかといった感じで指を動かしつつ視線をさ迷わせていたが、俺がにっこりと表情を作ってやると大きく息を吸い込んだ。 「玲を知ってるならご存じかと思いますが…俺の父と玲は…け、結婚してるんです!」 「ああ…命がそんなこと言っていたのを聞いたよ?」 一息で言い放った言葉に俺が頷くと、翔は安心したように息を吐く。 事前に資料でその事実を確認しているが、それは命に聞いて知っているというスタンスで話を続ける。 「あいつ、1年位行方不明になった事があったんです」 翔は楽しく料理をしている二人をちらりと見ると、更に声を潜めた。 「ある日痩せ細った姿でひょっこり帰ってきたと思ったら、みことちゃんごめんなさいって泣くようになったんです。それで、父に外に出ないように言われて居るのに、俺達が居ない時に抜け出してたみたいなんです」 俺も玲ちゃんを見ると今の翔の話の様な片鱗は見受けられない。 実際に会うま感じなかったが、確かに何か抱えているのかふとした瞬間に闇を感じる。 資料の写真では分からない事だ。 「俺達が居ない間に出掛けて、夕方くらいには何事も無かった様に家に居るんです」 「居ない間の事がなんで分かったんだ?」 「父です。帰ってきた玲の様子がおかしかったので、こっそり見張っている様に言われたんです。後をつけたらその…」 翔がもごもごと口ごもる。 大体の予想がついてしまったので、俺は鶏肉に衣をつけている命を眺める。 手伝う気になったのはいいのだが、粉があり得ない所に飛んで行って玲ちゃんがあらあらと言いながら飛び散った粉を拭いていた。 「えっと…」 「ラブホにでも入っていったのかな?」 「え…いや…その前に止めたんですけど…」 少し命のせいで気が反れてしまったが、話を続けるべく翔の方へ向き直った。 翔も身内の事で言いにくいのだろが、なかなかはっきりしない。 「それを知って父親が怒った?」 「いえ…普通なら怒るんでしょうが、まったくそんな感じじゃなくて…。玲を病院へすぐに連れていって入院させました」 「そうか…」 やはり俺の予想通り、あの子は心が壊れはじめて居たところを命が救った。 しかし、命の慈悲の心は更に玲を苦しめる事になったのだろう。 命を踏み台にしてしまった自分を赦せず、自分を傷付ける様に行為を重ねていったのだろう。 それを分かっているからこそ怒ることもしないで、病院へ連れていったのが容易に想像できた。 「実は俺も命に会ったのは数日前なんだ」 「え!そうなんですか!」 翔が驚いた顔をするので、俺はわざと苦笑いして頷いた。 「命は最近まで行方不明で、玲ちゃんと同じ施設に居たらしいんだ。それで、俺はその施設の管理者に呼び出されて、ずっと探していた命に会えた」 流石に一般人の翔に質屋の話をするわけにはいかないので、少しぼかして話をする。 翔の様子を見るに、玲ちゃんは詳しい事を話していないのかもしれない。 そこを俺が漏らす訳にはいかないので細心の注意が必要だ。 痛くない腹を探られるのは良くない。 「だから俺自身も命との関係を聞かれても困るんだが、大切な子であることは確かだよ」 「そうですか…」 俺が再びコーヒーカップを持ち上げ、それをすすると翔は申し訳なさそうに頷いた。 そんな翔の反応に俺は再び笑ってしまう。 今日笑ったのは何回目だろうか。 カタギの人間と話すのも、こんなに穏やかな気分になったのも久々だ。 「みことちゃんが手伝ってくれたから、唐揚げもたくさんあげたよー!!」 「おい…ちょっと多くないか!?」 にこにこしながら玲ちゃんが俺達の座っているソファーの前の机に山盛りになった唐揚げの皿を置く。 命は、その後をカラフルなサラダが入ったボウルを持ってくる。 「今日はおきゃくさまが居るから、買ってきたお肉をぜんぶ揚げちゃった」 「え…お前近所の輸入スーパーで冷凍の大きいの買ってきてなかったか??」 「えー?たった5㎏だよぉ?」 「張り切りすぎだろ!お、おい!!」 可愛く舌を出す玲ちゃんに翔はまたため息をつく。 色々大変そうだと思いながら見ていると玲ちゃんは命の手を引いて玄関へとぱたぱた走っていってしまう。 「あぁ…親父が帰ってきました」 「え?なんで…」 「エンジン音で分かるらしいですよ?」  翔の言葉通り、しばらくすると玄関が開く。 確かに外からはエンジンの音がしていたが、俺には全く聞いても分からなかった。 「だだいまー。前にシーマが…」 「けいちゃんだ!!」 「は?」 命がそう叫ぶので、帰ってきた人物はピタリと動きを止めた。 それを見ていた俺と翔は顔を見合わせてこっそり笑いあう。

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