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正月はお肉2
早朝インターフォンが鳴り、その音に命が玄関におぼつかない足取りで走っていった。
「みことちゃんあけましておめでとー!!」
「命くんあけましておめでとう」
玲ちゃんの楽しそうな声が玄関から聞こえてくる。
その後から翔の声が聞こえる。
「わざわざ来てもらってごめんね」
「あ、パパさんあけおめ!」
「こら!美世さん。あけましておめでとうございます。新年早々ご招待いただきありがとうございます」
俺が玄関に行くと命をぬいぐるみのように抱き締めた玲ちゃんが俺に気が付いてにっこり微笑んでいる。
そんな玲ちゃんを咎める翔は律儀に俺に丁寧な挨拶をしてペコリと頭をさげる。
「あはは。あけましておめでとう…圭介は車を停めてるのかな?」
「うん!けいちゃんおくるま停めてからくるっていってた」
圭介の姿が見えないことに大体の察しはついていたが問いかけてみると玲ちゃんから元気な声が上がる。
「なら先に中に入って、料理始めようか」
「料理ですか?」
俺が部屋の中に戻って行くと皆がそれに続いてくる。
「年末に塊肉を貰ってしまって、二人じゃ消費できないんだ。本当はお宅にお邪魔させて貰う予定だったんだけど、思いの外多くてね…」
「え?そんなに沢山ですか?」
俺がシステムキッチンに3人を連れてきて、冷蔵庫を開けると翔の口があんぐりと開いてしまっている。
「10㎏あるんだよ。流石にこれを持ってお邪魔するわけにはいかなくてね」
「確かにこんなのテレビでしか見たことがないですね」
俺がその塊を冷蔵庫から取り出すと、翔は感心した様子でそれを色々な方向から見ている。
翔が言うように俺も家で受け取って、発泡スチロールを開けて驚いた。
「れいちゃんおにくー」
「そうね。ローストビーフ、ハンバーグ、ステーキ、何でもできるよ」
命が玲ちゃんへ肉を指差している。
玲ちゃんは頬に手を当ててうっとりと肉の塊を眺めている。
それから玲ちゃんの行動は早かった。
クリスマスに命が贈ったエプロンを可愛らしいピンクのバッグから出したかと思うと、すぐに身につけ肉を料理毎に捌いていく。
焼き料理はオーブンを温めながら手際よく調理していき、加工するものはさっさとフードプロセッサーを使ってミンチ肉にしていく。
「若旦那あけましておめでとうございます。本年も家族共々よろしくお願いいたします」
「あぁ…あけましておめでとう。こちらこそよろしく。停めるところは分かった?」
「来客用のところで良かったんですよね?」
玲ちゃんの華麗な包丁捌きを眺めているとやっと圭介がリビングにあらわれた。
勝手に上がって来るようには言っていたので驚きもせずソファーに座るように促した。
「新年早々呼び立てて“奥さん”を使って悪いね」
「いえ。玲も肉が食べられるって喜んでましたし、大人数で食事ができるからきっと張り切ってますよ」
その言葉通り、玲ちゃんはイキイキと料理をして実に楽しそうにハンバーグのタネを捏ねていた。
命はと言えば、ソファーの少し離れたところでちゃっかり翔の膝の上に座りせっせと縫い物をしていた。
その翔はスマホをいじりながら時折命の様子を見ていて仲の良い兄弟のようだった。
「命くんは随分とうちの翔が好きみたいですね」
「兄みたいに思っているみたいだな。命が玲ちゃんと施設に居たとき、玲ちゃんに言われたらしい…」
「玲に?」
「“れいがみことちゃんのママになってあげる。しょうちゃんはおにいちゃんになるでしょ?”って」
その言葉に圭介は二人を見ると押し黙った。
「だから命は翔くんがお気に入りなんだそうだ」
「そうでしたか」
「私も翔くんはなかなか面白くて好きだよ」
俺がそう言うと、圭介はさっきまでの神妙な顔から一転してクスクスと笑いをこらえている。
「そういえば、圭介は着物は好き?」
「は?着物ですか?」
俺の突飛もない発言に圭介は首をかしげる。
しかし俺はそんな圭介の反応を無視してソファーから立ち上がり、ついてくるように首をしゃくった。
「新年に組に帰ったら年寄から命へ貢物だよ。こんな高そうな着物一晩で用意するなんて信じられないよ」
リビングの横についている小さな和室にはたとう紙に包まれた着物が数点置いてある。
その一点を開いて圭介に見せる。
「玲ちゃんに後で着せるから、脱がせ方分かってるかと思うけど横で着せるの見てて」
「は、はい!」
包みからサーモンピンクに大振りの牡丹が描かれた振り袖を取り出す。
帯や帯紐、帯留めに至るまでこの部屋に揃っているので後で玲ちゃんに選ばせようと思う。
意味深に圭介に告げると圭介は一瞬引き締まった顔をするが、目は期待で輝いている。
本当は“嫁”とするなら留袖とかなんだろうけど、可愛らしさや未成年という事を考えたら振袖だろうという俺の気遣いという事にしておこう。
「パパさーん!あまったのどうするのー?」
「今行くよ!圭介今日は楽しい夜にしような。大丈夫…俺達は隣の仕事部屋で寝るから」
キッチンからお呼びがかかり、返事をしながら立ち上がる。
考え込んでいる圭介の耳元で囁くと圭介がばっと顔をあげる。
俺が笑いながらキッチンへ向かうのを圭介は呆然と見ているのを感じて益々笑いが込み上げてきた。
「パパさん、ハンバーグどうする?」
「冷凍庫へいれてくれる?今度遊びに来たとき一緒に食べようよ」
「はーい」
玲ちゃんは洗った手を拭いながらラップで1つづつ包んであるハンバーグを冷凍庫へしまっていく。
うちにあるものは自由に使っていいと言ってある。
玲ちゃんもはじめは遠慮していたのだが、最近では慣れた様子で冷蔵庫を開けている。
冷凍庫には命と料理をするための冷凍のパイシートやお菓子作りの素材、玲ちゃんが作ってくれた食材のストックなどが入っている。
「あとは何?」
「あとは付け合わせのおやさいグラッセにして、おにくやくだけだよ」
「ならお着替えしない?」
「おきがえ?」
俺の唐突な言葉に玲ちゃんが首をかしげる。
俺はダイニングのカウンター越しににっこり笑ってみせた。
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