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正月はお肉3

「あ、あの…」 「ん?」 俺が腰ひもを結ぶ為に翔の腰に手を回すと、翔が顔を赤くする。 現在翔は袖が邪魔にならないように両手をあげている体制だ。 「どうした?」 「いや…この年で男の人と密着することがないので…その…」 俺は慣れているので気にせず翔の腰ひもを結び着物を整えていく。 こんな事で顔を赤くして面白い。 「次はここに足を入れて」 「いや…袴は自分でできます!!」 俺は玲ちゃんに振り袖を着せる前に翔に着物を着せていた。 着物を着せ終わり次はいよいよ袴というところで、袴を持って足を通すように言うと渋り出す。 俺はその反応にイタズラを思い付いてしまうが、それをぐっと我慢して袴を翔に渡してやった。 今はまだその時ではないと思ったからだ。 「そう。上手だね」 「部活で毎日着てたので」 俺が指示を出さなくてもするすると紐を結んでいく手は妙に慣れている。 翔の言葉を聞いて納得した。 「はい。完成」 「ありがとうございます。ちゃんとした袴なんて着る機会ないので緊張しますね…」 俺は結び目を少し直してやり、紐をパンっと叩いてやると背筋がのびて軽くペコリと頭をさげてくる。 言葉では緊張すると言っていたが、立ち居振舞いは堂に入っていた。 「次は玲ちゃんだね」 「呼んできます!」 翔がキッチンへ向かって玲ちゃんに声をかける。 玲ちゃんはローストビーフを綺麗に切り分け皿に盛り付けているところだった。 シンクの上にはグラッセした野菜が乗った皿が人数分置いてあった。 それを遠くから見ていて本当に手際が良いと感心してしまう。 「パパ次、玲ちゃんお着替え?」 「できた?」 「うん」 圭介の手を引いて俺に近付いてきた命は縫っていたものを大切そうに胸に抱いて俺の問に頷く。 「若旦那?みことちゃんは何を縫ってたんですか?」 「伊達襟だよ」 「だてえり?」 聞き慣れない言葉に圭介の顔が疑問符でいっぱいになる。 「あのね、お着物とのあいだにはさんでオシャレにみせるものなんだよ!」 「へぇ。みことちゃんは物知りだね」 圭介に小さな子にするみたいに頭を撫でられて命が珍しく照れている。 「パパさんれいおきがえ?」 「料理させてるのにごめんね」 「おキモノ着たことないからうれしい!けいちゃんもよろこんでくれるし」 玲ちゃんが和室に来ると相変わらず何も言わずに命に抱きつく。 「なら襦袢からだね…」 「っ!!」 俺が白い長襦袢を広げて見せてやると、玲ちゃんがギクリと身体を硬直させた。 「れいちゃんだいじょうぶ…ここにはけいちゃんも居るよ」 「う、うん。そう、だ、ね…」 そんな玲ちゃんの背中に手をまわし、下からポンポンと叩いて命は言い聞かせるようになだめている。 長襦袢に嫌な思い出でもあるのかもしれない。 夜に命にでも聞いてみることにした。 「障子は閉めておくから、お洋服脱いでこれ羽織ってね」 「う…ん」 玲ちゃんを残して一旦全員で和室を出た。 障子の向こうから服を脱ぐ衣擦れの音がしている。 「あ、命もついでに着替えてきて。あと、これ渡してきて」 「うん」 俺は思い出して命に紙袋を渡す。 命はコクンと頷くと軽く障子をノックして中に入っていく。 「れいちゃん…これパパから」 「パパさんから?」 障子の向こうからは命と玲ちゃんの話し声が聞こえ、その後にガサガサと俺が渡した紙袋の擦れる音がする。 「かわいい!!」 「ぼくのもある!!」 急に先程の重たい空気とはうってかわって楽しそうな華やかな空気が流れるのを感じた。 「襦袢着たら声かけて」 「「はーい!」」 きゃっきゃと楽しそうな声が聞こえだしたので、釘をさすように声をかける。 元気な声が返ってくるので、ふぅと息を吐いた。 「パパ紐結んで~!」 「はいはい。今行くよ」 しばらくしてから命が障子から顔を出して俺に声をかける。 簡易和室の障子を開けると命は玲ちゃんにして貰ったのか腰ひもを蝶々結びにしてあった。 玲ちゃんも前がはだけないようにか腰ひもが結んであった。 「じゃ、お着物着ようか」 「はーい」 俺が玲ちゃんにそういうと、元気な声が返ってきたが、命の手を握ったままだった。 俺が手際よく着物を着せていくと、圭介から感心した声があがる。 「玲ちゃん腰が細いから本当は補正した方がいいんだけど、これからご飯だから落ちない程度にしておくね」 「パパさんすごい!おきものくるしくない!!」 本当は帯を飾り帯にしたかったのだが、これから食事をすることを考えて簡易帯にしておいた。 帯板を前に挟むと後ろに回って帯を合わせてマジックテープで留めて帯飾りの部分を差し込む。 「帯締めはピンクにしようか」 「ぼくはこっちがいい~!帯留めはピンクのさんご!」 俺がピンク色の帯締めを取り上げると、横から命が赤色の帯締めと薄紅色の珊瑚の帯留めを差し出してくる。 「みことちゃん?」 「ピンクだとぼやけちゃうよ!」 命は自分で縫い物をするようになってから服装について少しうるさくなった。 普段はどちらかというとぼんやりしている命がはっきりと主張したことに玲ちゃんは若干驚いて目をぱちくりさせている。 「そうだな。命の言う通りにするよ」 俺は命が差し出した小物を受けとると玲ちゃんにそれらを取り付けていく。 それを見ていた命は凄く満足そうだ。 「はい完成!圭介に見せてあげて?次は命だよ」 「はーい」 帯の上をポンと叩いて近くで見ていた圭介の方に送り出してやる。 次に命に声をかけると、嬉々として近付いてきたのでさっさと作業に取りかかった。 流石に3人目になるとさっさとしないと疲れてくる。 「けーちゃんみて!おきものかわいい?」 「すっごく綺麗だ…」 「人様の家ではやめろよ…」 向こうからは花吹一家のそんなやり取りが聞こえてくる。 俺が笑いをこらえていると、命は俺の肩をちょんちょんとつついてくる。 「みんな一緒でたのしいね」 「そうだな」 命が小さな声で話しかけてくるので、おれもそれに答えて笑うと、命はそれにつられて笑った。 本当にあの一家と居ると楽しい発見ばかりだ。 + 「はい。玲ちゃん続きお願いします」 「おつまみできてるよ」 俺と圭介が一通り子供達の写真を撮り、玲ちゃんにたすきを巻いてやる。 料理の続きをお願いすると玲ちゃんが冷蔵庫から簡単なおつまみを出してくれた。 「いい酒を家からかっぱらってきたから、飲もうかな。翔くーん?そこの棚から湯飲み出して」 「は、はい!!」 翔に食器棚から湯飲みを持ってこさせ、俺は組から持ってきた一升瓶をダイニングテーブルの上にドンと置いた。 「うわっ!越乃寒梅」 「大吟醸らしい。翔くんも一緒に呑もうよ」 「俺、日本酒はちょっと…」 「これ呑みやすいから大丈夫!飲めなかったらビールもあるし、お正月なんだし付き合ってさ、さぁ座って座って!」 一升瓶のラベルを見た圭介が驚いてそれをまじまじと見ているのに対して翔は俺の誘いに渋っている。 そんな翔を無理矢理椅子に座らせて湯飲みに酒をついでやった。 「おつまみどーぞ」 「命ちゃんも手伝ってるんで俺も…」 「君は俺達にお酌するのが今日のお仕事だよ?」 「え…あ…はい」 命がキッチンからおつまみをもって来るのを見て翔が椅子から腰を上げたので俺は肩を押さえて耳元でぼそっと囁くとぼっと顔を赤くして酔っていないのに既に楽しい。 今夜は楽しい夜になりそうだ。

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