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暗闇の記憶3

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」 バチン 何かを切るような音の後、寝台に寝かされていた子供から断末魔が上がる。 回りには血が飛び散り、その子の足から血が流れ出ていた。 「流石に痛かったかな?」 男は意外そうな顔でその子を見つめている。 その子供の口からは泡が出ていた。 あまりの光景にぼくの居る檻の、まだ正気の子からは悲鳴が上がる。 「叫んでも変わらないのにねぇ?」 「ぎっ…」 男が寝台の上の子の足を持ち上げる。 足首の後ろのところから血が滴っているのが見えた。 男はその傷にぐりぐりと薬を塗り付け、焼き鏝で傷を焼いて別の檻へと放り込んだ。 子供は声も出ない激痛にぐったりとしている。 「No!No!NONONO!!」 別の檻に入れられてもそれで終わりではなかった。 子供が入れられた檻の中には屈強な身体の男が数人子供を取り囲んで身体をまさぐっていた。 思うように動く事ができないのか腕を振って抵抗することしかできていない。 ぼくには分からない言葉で何かを言っている。 「ほら君も今からあそこに行くんだよ?」 「あっ…!!」 ぼくが居る檻の中の子供たちが先程の子が入れられた檻の様子を食い入るように見ていると、後ろから男に声をかけられ檻の外に引きずり出された。 抵抗をする気も起きなかったが、がっしりと掴まれた腕が痛い。 「ちょっとチクッとするよ~」 男がそう言った後に首筋に痛みが襲った。 すぐにすぅとした液体が塗られる。 「君は逃走防止だけにしておくね」 しばらくすると、すぅと下半身の感覚が無くなって膝をついていたときの痛みを感じなくなってくる。 バチン また何かを切るような音がして、足からは血が流れているのが見えた。 でも、ぼくはそれが怖いともなんとも思わなくてなんだか現実味がなかった。 「きみはここでまっててね?」 ぼくはさっきの子とは違う檻に放り込まれた。 地獄の日々はまだ終わりでは無いことに目の前が真っ暗になった。 「…っ!!」 ぼくが目を覚ますと、パパの腕の中だった。 久しぶりにあの夢を見たせいで寝ていた筈なのにどっと疲れが襲ってくる。 それもこれもここ数日の夜のせいだろうとは予想がついていた。 店に居るときは、仕事が終わると激しい虚無感と罪悪感、嫌悪感、安堵感といった圧し殺していた感情が一気に噴出して感情がコントロールできなかった。 そんな時には過去の自分に起こった出来事が波のように押し寄せてきて身体のコントロールまできかなくなってくる。 「おくすりのまなきゃ…」 カーテンの隙間から光が射し込んでいることを確認してぼくはそっとパパの腕から抜け出す。 汗でびっしょりだったパパのTシャツを脱ぎ捨て、クローゼットから着替えを引っ張り出した。 下着を身に付け、最近買ってもらった猫耳のフードがついたパーカーを着込む。 「ワンちゃん…」 リビングのソファーに居た犬のぬいぐるみを抱き上げぎゅうと抱き締める。 ジジジ ぬいぐるみの背中のファスナーを下ろして中に手を突っ込んだ。 ぬいぐるみの中からは数種類の錠剤の束が出てくる。 ぼくはそれを1錠ずつ手に出して、ぬいぐるみのファスナーを上にあげる。 手に出した錠剤をキッチンへ持って行き、台に乗って冷蔵庫から水のペットボトルを取り出す。 コップに水を注いで薬を飲む。 「ふぅ…」 大きく息を吐いたら、少し落ち着いた。 コップをシンクに置いて台を降りる。 パパは夜遅くまでお仕事をしているのでぼくが寝てしまっても家の中は明るい。 夜中に起きてもフラッシュバックが起こるような事はなかったので、ぼくも油断していた。 珍しくパパが仕事を早目に切り上げた事で家の電気は消えていた。 スイッチに手が届かないぼくは寝ぼけ眼でトイレに行った。 トイレの前に着いた所で急に昔の事を思い出して手が止まった。 自然と身体がカタカタと震え、後ずさるとドンと壁に背中がぶつかる。 『ヒヒヒッ』 耳元であのひきつった笑い声が聞こえた気がして、我慢しようと下腹部に力を入れ服の上から股間を押さえる。 しかし、どんどん指先も震えだし目も霞んでくる。 ぼくは暗闇の中で恐怖でパパの元に戻ることもできずにいた。 頬に涙が伝う頃ぼくは我慢の限界を越えた。 「間に合わなかったのか…しょうがないよ。ほらバスルームに行こう?」 「ごめんなさい…」 パパが来てくれて気にするでもなく慰められ、いたたまれない気持ちになった。 2回目の時は、パパが急におうちの仕事で出掛けてしまって日がくれるまでは平気だったのに、ソファーで寝ていて起きたら家の中は暗闇に包まれていた。 その暗闇に、急にフラッシュバックが起こった。 パパが帰ってきて、怒られるのかと思ったがパパはお仕事で疲れてたのか何も聞かれないまま眠りに着いたのがいけなかった。 「ワンちゃん…たすけて…」 ぼくは、部屋の隅にあるお気に入りのスペースに腰をおろして犬のぬいぐるみを抱き締めた。 パパは夜遅くまで仕事をしているので朝はなかなか起きてこない。 パパが起きてくる前にこの身体の震えを止めたくて身体を縮こまらせる。 お店に居たときは発作が起きると、自傷をしないように拘束帯を着せられ怪我をする物の少ないバスルームに押し込められるか、ダイヤちゃんが来てくれた。 玲ちゃんや理くんには“大丈夫”と言って慰めてもらっていたが、実は凄く心苦しかった。 だから、自分のせいでパパに心配だけはかけたくなくて薬が効いてくるまでぼくは必死に身体を抱き締め小さくなっている事しかできなかった。 「ん~」 薬が効いてきたのが少し気持ちが落ち着いてきてぼくはほっと息をついた。 時計を見るとまだまだパパが起きてくる時間ではなくて、少し安心した。 今ぼくが居るのはリビングの端にある僕専用のスペースだ。 絵本がしまってある本棚や、その横にはサンタさんから貰ったミシンが置いてある。 やっぱりミシンは魔法で小さくなっていたらしく、後日大きくなったミシンをパパが置いてくれたのだ。 床には、落ち着いた部屋の雰囲気とは不釣り合いな毛足の長いクリーム色のラグがひいてある。 縮めていた足を伸ばし、ぼくは足首をさする。 足首と脹ら脛の間には靭帯を切断された時の傷跡が残っている。 「……」 傷口に触れてみるが痛みはなく、ただそこの感覚だけが鈍いような気がした。 今度は足先を握ったり伸ばしたりしてみる。 指先が動くのを確認すると、ぼくはゆっくりと立ち上がった。 歩き始めはいつもどきどきする。 ベットからここまで歩いてくる時は、薬を飲むことで頭がいっぱいで足の事は考えていなかった。 ゆっくり足を踏み出すと、腱がひきつるような感覚があるが特に問題はなかった。 ぼくはぼんやりとまた昔の事を思い出していく。 「これで振り分けは終わったかな」 男が満足気に血塗れのゴム手袋を外して行く。 男が言うように、ぼくが入れられた檻にはガリガリに痩せた子が虚ろな瞳で転がっているといった感じだった。 他の檻には体型が様々な子供が男女関係なく振り分けられている。 「いやぁぁぁ!!」 「離せ!ここから出せ!」 「そんなの入らない!いぎぃぃぃ」 一際騒がしい檻の中では、屈強な男達に身体を弄ばれている子供の姿が見えた。 慣れていないであろう身体に男の杭を埋め込まれて悲鳴があがる。 男は上がる声の事は気にせず檻の前を1つづつ回ってくる。 「さぁ、素体も揃ったし作品作りをしようかな」 「えっ…!!」 ぼくが見たのは大きなポリバケツに入った白い液体だった。 「あっ…君はまだ正気なんだ」 ぼくの声に気がついた男が振り返りにやりと笑う。 「ふ~ん。そこで見てるといいよ」 男は白い液体の入った大きなバケツを刺さっていた棒でひと混ぜすると、別の檻から子供を1人引き摺り出す。 その子供の目は虚ろで視線が定まっていなかった。 しかも驚いた事に、その子の頭には髪の毛が1本もなく、刈り取られていた。 そんな異様な光景にぼくはさっき何故声を出してしまったのかと激しく後悔していた。 「うん。焼き痕も綺麗に残ってる」 男が子供の服を剥ぎ取っていくと背中には、くっきりと焼き印が押し付けられたのであろう火傷の後が残っていた。 満足そうに傷跡を撫でたあと、男は子供を寝台の上に乗せる。 それから取り出したハケで何かを子供に塗っていくのだが、その子は身動きひとつしない。 「こんなもんかな」 男が何かを塗り終わると、寝台の上の子供に細いチューブを咥えさせポリバケツの中身を掛けていく。 身体から顔など全身にくまなく、粘度の高いその液体を流しかけるとその表面を整えている。 寝台の上には白い液体で固められた子供でできた山があった。 「さぁ固まるまで、何しようかな」 男がぶらぶらと檻の中を見て回る。 しかし、ぼくの檻の前で止まるとフリーズしているぼくに手をのばして引き寄せた。 「あれだけ酷い事されても、まだ正気なんて凄いね。僕のお人形作り見てみる?」 男に何が気に入られたのかは分からないがぼくは檻から出される。 檻の中から引きずられてぼくは立とうと、なんとか足を動かそうともがくがびりびりとした痛みだけが脳天まで駆け抜け肝心の足は動いていない。 「さぁ、工房に出発!」 ぼくの事など気にせず、男はぼくを車椅子に乗せる。 それから見せられたものは言葉を失う様な物ばかりだった。 子供の髪で作った、人間の頭の大きさのウイッグやガラスでできた眼球。 何かを削り出すためのカッターやナイフ。 「僕本当はただの人形師だったんだ。それが、お客さんに息子そっくりの人形作ってくれって頼まれて作ったのがこれ…」 男が嬉しそうにカーテンを開けるとそこには黒い髪の可愛らしい男の子が座っていた。 睫毛に彩られた瞳は宝石のように輝いている。 「オリジナルはお客さんに渡して、もう一体はこの子。よく出来てるでしょ?」 男がその子に近付いてさらっと頬を撫でた。

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