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暗闇の記憶4

確かに男が言う様に、その人形はまるで生きている人間のようで今にも動き出しそうだった。 憂いを帯びた目元に、口許は微かに微笑んでいる様にみえた。 「ここの頬のラインは写真を見て再現したんだ。この子病気で痩せてちゃったし…」 今度はさらさらと髪を撫で、うっとりと人形を見つめている。 そして、人形の手を取り甲のに唇を寄せた。 「今度はこっち!」 男はその人形から名残惜しげに離れると、また別の部屋へと移動していく。 ぼくは人形を振り返って見るが、男が動かした手以外変わりなく人形は寂しそうに何もない部屋の中央で座っているだけだった。 「あの子を作ってから、僕考えたんだ!本物の人間の型をとって人形を作ったら良いんじゃないかって!」 「……!!!」 ぼくが前を向くと、そこには何体もの大きさが様々な人形が置いてあった。 その人形達には一様に背中に焼き印の痕がある。 「この子は目の色が変わってたんだ。再現するのが難しくて、そのまま目を貰ったんだよ!硝子で加工したら色が結局上手く出なくて…」 男はその後も、髪はカミソリで剃った方がウイッグにするときは綺麗になるとか、男を知った方が色気が出ていい仕上がりになるなど色々な話を一方的に話した。 「そろそろ。行かないと型どりで死なれちゃ困るなぁ」 男は作業の途中だったのを思い出したのか、ぼくを人形部屋に置いて何処かに消えてしまった。 さっきの話を聞いてしまったせいか、人形のどれもがとても悲しいものに見えた。 「ふふふ。君も素材だったね」 ぼくは何とか部屋から逃げ出そうと車イスの車輪を動かそうと車輪に手を伸ばしたところで、すぐ戻ってきた男によってぼくは檻へと戻される事となった。 「い"や"ぁ!い"だい"ぃぃぃ」 「NO!」 もうこんな断末魔を何度聞いた事だろう。 長期間の次はもしかしたら自分の番かもしれないという恐怖と緊張感は確実にぼくの精神をすり減らしていった。 しかし、いくら待ってもぼくの番は回っては来なかった。 人形師だと言った男は最初に作ったと言っていた人形を持って何処かに消えたのだ。 ぼくがそう聞かされたのは児童養護施設でだった。 「こっちだ!」 警察が僕達が閉じ込められていた屋敷に駆けつけた時には既に男の姿はなく、気が狂った子供達と子供を犯していた男立ち、男が作った人形だけが残されていただけだったと警察の人が話しているのが聞こえた。 「もう大丈夫だよ」 警察の人間がそう言うが、その言葉を何人の子達が分かって居ただろうか。 ぼくも例外ではなく、しばらくはあの人形の部屋の記憶がぼくを苛んだ。 児童養護施設もけして信用の出来るところでは無いことはすぐにわかった。 「あっ、あんっ!あぎっ…」 「やっぱり調教された子供は違うなぁ」 「んっ、んっ」 「ほらちゃんと鳴けよ」 「んぐっ、ぐえっ」 「喉が締まって…いい感じだっ」 プレイルームと呼ばれる部屋では、引き取り先の里親との相性を試す催しが頻繁に行われていた。 ぼくと一緒な所に居た子供達は一様にメスの快楽を仕込まれた子供ばかりで施設に来るお客さんに盛況だった。 この施設は児童養護施設とは名ばかりのペットの斡旋所だったのだ。 ぼく達は足の腱を切られ、精神を壊され逃げることもできずにただ引き取り手が現れるのを待つのみで、そこに救いなどは一切無かった。 + ぼくは背の低い本棚の上にある携帯を取り上げた。 ピッ♪ ぼくはそれを操作して“びょういん”と登録されているところに電話をかけた。 プルルルルっという呼び出し音がしばらく鳴る。 『はぁい。ダイヤちゃんよ』 「あ、きょうはダイヤちゃんなんだ…こんにちは」 電話に出たのは、聞き覚えのあるダイヤの声だった。 登録先の“びょういん”はぼくのお薬が少なくなってくると電話をする場所だ。 いつもは違う人が出るんだけど、今日はダイヤちゃんが出たので少し緊張してしまう。 『最近少し薬の無くなるペースが早いんじゃない?あなた無理してない?』 「だいじょうぶだよ…ちょっと思い出すことがおおくなっただけ」 『まぁ、私は精神関係が専門じゃないから詳しい事は言えないけど、無理は余計にフラッシュバックが起きるわよ?』 「うん。気を付ける…」 ダイヤちゃんはお店にいるときからぼくを何かと気にかけてくれていた。 電話の向こうからは心配そうな声が聞こえてくる。 『また近いうちに見せにいらっしゃい』 「うん。おくすりまたお願いね」 ぼくはなるべく早口でそういうとプチッと電話を切って、ふぅと大きく息を吐いた。 ダイヤちゃんは、ぼくの味方だって分かって居ても注射をされたり、苦いお薬を出されたりするのでお話をするとドキドキしてしまう。 ぼくは犬のぬいぐるみを取り上げると、再びぎゅっと抱き締める。 ぼくはふと本棚の上に置いてあるフォトフレームを眺めた。 フォトフレームの中にはお正月に撮った皆笑顔の集合写真が飾ってあって、ぼくはこの写真が大好きだった。 パパの元に戻ってから、パパは事あるごとに写真を撮ってくれるようになった。 「ふふふ。みんなえがお…」 ぼくが写真を撮られる時はお仕事の時以外にはなかったのでパパは言葉には出さないけれど、どうもそれを気にしているらしい。 巽の店に行く前はえっちな動画や恥態を写真に撮られることは日常茶飯事で、高く売れたと誉められたこともあった位だ。 しかし、普通の写真となると全くと言っていいほど残っていない。 だからこのお正月に撮った写真は宝物なのだ。 気持ちが沈んでい時に見ると、不思議と笑顔になれた。 「よし!パパのコーヒー!」 時計はもうすぐお昼という時間だが、そろそろパパが起きてくる時間なので気持ちを切り替えてキッチンへ向かう。 ぼくは対面式のキッチンのカウンターの端に置いてある珈琲マシンのスイッチを入れる為に台に載った。 この機械は珈琲ショップでも使われている本格的な物らしい。 遊びに来てくれる圭ちゃんや、翔ちゃんにもお気に入りの機械だ。 プシュッ、シュー 機械の気圧の上がっていく音がするのを聞きながら今度は食器棚からカップを取り出す為に台を食器棚の前まで移動させた。 食器棚には花吹家のそれぞれのイメージの色のマイカップも置いてあり、これはパパが買ったものだ。 はじめはお客さん用のカップだったのだが、パパが玲ちゃんとぼくのカップを揃えてくれた時にせっかくならと花吹家全員の物を揃えようと用意したものだった。 ぼくは毎朝このお揃いの食器を見るたびに、パパと今日も一緒に居るんだと嬉しくなる。 カップを持ったままもう一度台をマシンの前に動かす。 「ふぁ~。みこと~?」 「パパ!」 カップをマシンにセットしたところでパパが機械の音で起きてきた。 大きなあくびをしながら歩いてくるパパに、ぼくは台から降りて走り寄る。 パパはぼくをひょいと抱き上げるので、ぼくは嬉しくて首に抱きついた。 「お昼何食べようか…」 パパがぼくを抱いたまま珈琲マシンに近付いてスイッチを押す。 起動音がしてゴリゴリと豆を削る音がしている。 唐突だけど、ぼくは料理ができない。 できないと言うよりは、刃物を持つことを禁止されている。 ハサミはいいのだが、店に玲ちゃんが居るときに料理を作っている玲ちゃんの手伝いをしようとして包丁を持った時にたまたまフラッシュバックが起きて怪我をした事があった。 だからお店に居るときからぼくは包丁は持たせてもらえないので、現在でもごはんは全てパパか玲ちゃんが作っている。 「クッキー?」 「クッキーはご飯じゃないからだめ!」 パパの問いかけに思考を巡らせて思い付く物を言ってみた。 ぼくは玲ちゃんの作るお菓子が大好きで、玲ちゃんの作るお菓子は食べただけで幸せな気持ちになれる。 パパが食べているスナック菓子も好きだが、店で玲ちゃんの作るお菓子に出会ってからは一番は玲ちゃんのつくるお菓子になった。 だから朝から食べたいと言ってみたが、パパにはすぐにダメだと言われてしまった。 「今日は入荷も無いし、ランチでも行くか…。今日は電車でな」 「う、うん…」 パパは珈琲マシンからマグカップを取り上げ、のんびりと飲みはじめる。 珈琲のおかげで少し覚醒してきたのか、意地悪な笑みを浮かべた。 電車にもあまりいい思い出はないがそう言われてしまえば、ぼくは頷くしかない。 多分電車に乗るのはお仕置きの一部であることが分かっていたので、何も言えないが気が重いのは確かだ。

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