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花との戯れ2
玲ちゃんの父親はまだ小さな子供だった玲ちゃんに売春させ、自分はその金で遊び酒や麻薬を買っていたらしい。
そんな父親に似ていると言われた俺は凄く複雑な気分だったが、何も言わずに話を聞いていた。
「今はけいちゃんっていうだんなさまもいるし、しょうちゃんってむすこもできたけど、たまにこわくなるの。いつ、これがゆめで、またいつものお部屋にいるんだったらどうしようって」
俺の胸に顔を押し付けて喋っているせいで、声がくぐもって少し聞きづらいが俺は必死に玲ちゃんの声に耳を傾けた。
「だから、みことちゃんがたまに羨ましくしくなるの。みことちゃんはレイよりずっとつらかったんだって分かってるのに、パパさんにだっこしてもらってると、レイもして欲しいって思っちゃうの。レイにはちゃんとかぞくがいるのに…」
玲ちゃんは命に負い目を感じているのだとは薄々気が付いていたが、それは確信に変わった。
命が借金を肩代わりすることで自由になった玲ちゃんは、自分を追い詰めた。
不貞行為を咎められる事もなく自分だけが清潔な病院で、ベットで、治療を受けるのは余計に辛かったのだろう。
今はそんな自分が命を羨むなんてなんと罪深い事かと自分を責める玲ちゃん。
「じゃあ、これは俺と玲ちゃんの秘密にしよう?」
「ひみつ?」
俺が名案とばかりに提案すると、玲ちゃんが不思議そうに顔をあげた。
「そう。秘密。圭介や翔…勿論命にも内緒だ!」
圭介は玲ちゃんの全てを支配したいという支配欲がある。
俺も命に対して有るくらいだから玲ちゃんを骨の髄まで愛し、全てを束縛している圭介に過去の話はしにくいだろう。
ならば話さなければいい。
「れいと、パパさんだけのひみつ?」
「そうだよ。だから二人の時だけは玲ちゃんの弱いところ見せてもいいんだよ?」
「そっか…そうだね…ひみつ…ふふ」
玲ちゃんは俺の言葉に嬉しそうに微笑むとまた俺の胸に顔を埋め、寝てしまった。
その時から玲ちゃんは圭介に話せない悩みや、弱音などを俺に話してくれるようになった。
勿論この事は圭介には話していないし、今後も話すつもりもない。
「それで、今回は何しちゃったの?」
俺は今回の“謹慎処分”について詳しい事を知らないので、フォローしてやることにした。
「パパさんにもらったチョコレート食べたらけいちゃんと、しょうちゃんをまちがっちゃったの」
玲ちゃんは少し調子が戻ってきて、悪戯っぽく舌を出して恥ずかしそうにする。
こういう仕草はかわいいと言うよりはあざといなぁと密かに思ったが、顔には出ていないだろう。
「それは悪いことしちゃったね」
「けいちゃんは、やさしいからゆるしてくれたよ」
いつも思うことだが、玲ちゃんも命も思考回路がずれている。
話を聞く限り、俺があげたチョコレートに入っていたアルコールで酔った玲ちゃんは旦那である圭介と、息子である翔を間違えてしまったのだという。
それで“謹慎処分”を受け、その内容は今の玲ちゃんのアイデンティティーを全て禁止するものだったそうだ。
しかし、今の玲ちゃんを見る限り以前とまったく変わりない…むしろパワーアップしているように見える。
「そ、そう…」
俺は苦笑いしか出なかった。
圭介からは玲ちゃんに少しお仕置きをするので、命には悪いが暫く来ないで欲しいと連絡があった。
一度、自分のアイデンティティーを全て奪われても圭介を優しいと言う玲ちゃんは本当に圭介を愛しているのだろう。
「ワンピースも似合ってるね」
「そうなの!けいちゃんがれいのためにえらんでくれたの」
俺が玲ちゃんの着ている白地に小花が散った柄のワンピースを誉めると興奮ぎみに俺に話してくれる。
「そう言えば、今回のお仕事のお金だけどまたいつもの口座に入れておくからまた何か欲しいものがあったら言ってね?カード渡すから」
「うん…パパさんありがとう!!」
実は圭介の誕生日プレゼントを買うためにバイトをしたいという玲ちゃんに、玩具の梱包と発送作業の仕事を斡旋してあげた。
嫉妬深い圭介も俺の所で仕事するならと、渋々だったが許可がおりた。
許可がおりたのを良いことに、ついでに下着のモデルと、会員限定で配信している動画に顔を出さない状態で出演してもらった。
その時の報酬を口座を開設して玲ちゃんに渡してあげた。
『すごい!れい、ゼロがよっつ以上ならんでるのみたことないよ!』
『えっ』
その言葉に俺も命も心底驚いた。
命も長年仕事をして高額の金銭で自分の身体がやり取りされるのを経験しているし、玲ちゃんもてっきりそうなのだと思っていたので尚更二人とも驚いてしまったのだ。
『ゼロ何個あるんだろう?いち、にー、さん、よん、ご…』
『れいちゃん!!』
そのあと玲ちゃんは目を回して倒れてしまった。
あの時の事は今ではいい笑い話だ。
そのあと圭介にはいいプレゼントが買えたらしくとっても喜んでいた。
カードと通帳は命が大切に保管しているので、圭介に言えない物が欲しいときは俺か命に言ってくるように言ってあるが今のところ使い道はないようだ。
たまにキャンディーを買うのに欲しいと言われるが、キャンディーくらいならとこっそり俺が買っている。
「でも全部戻ってきてよかったね」
「そうね…れいね?おしゃれも、おけしょうも、けいちゃんがエッチしてくれたら何も要らないって思ったの」
「うん」
「でもね?本当はちょっとこわかったの。カワイクないれいは、キッチンのすみっこで小さくなってた頃のれいみたいで誰も愛してくれないみすぼら…しっ!!」
「それ以上言っちゃだめだよ」
どんどん下を向いていく玲ちゃんの唇に俺は人差し指を当てて言葉を遮った。
命の言う“わるいこのれいちゃん”は愛されていなかった反動だと聞いた。
だからなのか、たまに玲ちゃんは自分の事を蔑ろにしたような発言をする。
「命も俺も勿論、圭介や翔だってどんな玲ちゃんだって大好きだからね」
俺はキラキラ光る天然の金髪にさらっと指を通す。
玲ちゃんの髪は絹の糸の様につやつやしていて指を通すとサラサラと指から逃げていってしまうのがまた楽しい。
「俺も命がボロボロでも、おもらししちゃっても、薬を飲んでたって好きだよ。だから、圭介もどんな玲ちゃんでも好きにきまってるよ」
「みことちゃん…おもらししちゃったの?」
玲ちゃんは俺の言葉に大きなブルーの瞳が再び俺をとらえた。
俺は小さく頷いた。
「最近、命も疲れているのかもしれないな」
「みことちゃんおみせに居るときも、お仕事が終わると自分でcontrolできないっていってた」
「そっか…また命に聞いておくから玲ちゃんは気にしないで」
俺は心配そうにしている玲ちゃんをぎゅと抱き締めてやるとふにゃっと年相応の笑みを浮かべたので、俺は背中をトントンと叩く。
玲ちゃんからは命と違う花の様ないい香りがする。
俺は命にしか反応しないが、この独特の香りに何人もの大人たちが惑わされてきたのだと思うと複雑な気分になった。
しかし、そんな玲ちゃんも俺にしか打ち明けられない悩みがあると思うと別の意味でいとおしい気持ちになった。
命も玲ちゃんも頼れる様に俺ももっと頑張ろうとこっそり思った。
+
「ただいま~」
玄関から翔の声が聞こえる。
「あ、しょうちゃんかえってきた!」
「俺がむかえに行くよ」
俺達は二人でキッチンに立って料理を作っていた。
俺に散々甘えた玲ちゃんは時計を見て、ふと我に返った様に俺の膝から降りていそいそと命が贈ったエプロンをつける。
「そろそろおゆうはんの準備しないと」
「俺も手伝うよ」
そうして俺も玲ちゃんに連れだってキッチンへ向かった。
玲ちゃんは手際よく料理を作っていき、俺はテレビの料理番組の助手の様に鍋をかき混ぜたり、材料を炒めたりしている。
そこに帰ってきたのが翔だ。
「やぁ…おかえり。お邪魔してます」
「あ、こんにちは!」
俺が玄関まで出ていくと、翔が靴をぬいでいるところが見えた。
そんな翔に声をかけると、凄く驚いた顔をして振り向く。
「お邪魔してるよ」
「いらっしゃるとは聞いてたんですけど…料理してました?」
俺がエプロンをつけているのを見て、翔は驚いた様子で俺を見ている。
「パパさーん!生地こねたからまるめてー」
「あ、悪い!玲ちゃんと料理の途中なんだ!」
「はぁ…」
ぽかんとしている翔を置いて俺はキッチンに戻った。
玲ちゃんは付け合わせの野菜とサラダ用の野菜を切っていた。
「パパさんおにく丸めてそこのフライパンに入れてください」
「了解です!シェフ!」
俺が笑って玲ちゃんに言われた通りに肉ダネを丸めてフライパンに入れると、ジューという肉の焼ける音が響き渡る。
俺は小さなシェフのいう通りにハンバーグを焼き、酒を入れて蒸らす。
こんな事を他人の家でする日が来るとは思ってもみなかったがこれも命のお陰だと思い、未だ寝ているであろう命に感謝をした。
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