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花との戯れ3

「お前キッチンには人を入れないんじゃなかったのか?」 我にかえったのか、翔がキッチンにあらわれ冷蔵庫から飲料を取り出している。 「けいちゃんにおりょうりさせたくないだけよ」 翔が話しかけると、玲ちゃんは何でもないように言い放った。 別に嫌味でも何でもないらしく、普通のトーンで話しているが手元は手際よく動いている。 「まいにち疲れてかえってくるのに、そんなけいちゃんにおりょうりなんかさせられないし、れいがつくってあげればいいでしょ?」 「そうかよ…」 そんな玲ちゃんの発言に馴れているのか翔は大きくため息をつくと、リビングのソファーに鞄を投げて自分もそこに身を沈める。 改めて聞くと、本当に玲ちゃんは圭介が好きなのだと思った。 「あれ?そう言えば命くんは?」 「あぁ…今日は珍しく電車でここまで来て沢山歩いたら疲れたって言ってベット貸してもらってるよ」 「あ…そうなんですか…」 俺が変わりに答えると、翔は少し気まずそうな顔になり黙りこんだ。 翔は命の歩き方が少し変な事に気が付いている。 それについて俺も命も明言はしていないが、翔も聞いてはいけないと思っているのかそれについて言及されたことはない。 俺は悪いと思いつつもにこっと翔に微笑みかけフライパンの中身に集中した。 「あ、けいちゃん帰ってきた!」 料理が粗方完成し、セッティングしていると玲ちゃんが嬉しそうに玄関へと飛んでいった。 俺はリビングのソファーでのんびり求人誌を見ている翔に目を止めた。 「またバイト増やすの?」 「え?あ…そうですね…」 俺が後ろから不意に声をかけたことに驚いたのか、翔は一瞬身体を揺らして振り返った。 「今も居酒屋と家庭教師のバイトしてなかったけ?」 「あ~。そうなんですけど…」 玄関の扉が開く音の後に華やかな声がして、それが段々リビングに近付いてくる。 圭介と玲ちゃんは新婚夫婦といった雰囲気で仲良さげにリビングに入ってくる。 「1人暮らししたいんですよね…」 「あ~」 翔は、両親?である二人の様子を呆れた様に見て言い放った。 俺はそれに妙に納得してしまって、身体を屈めつつソファーの背もたれに肘をついて二人の様子を一緒に見ていた。 「なら、うちでバイトしない?お給料弾むよ?」 「え!いいんですか?」 「うん。玲ちゃんもしてくれるし、簡単な軽作業だよ?」 俺が意識的に、にっこりと微笑むと翔は一瞬躊躇したが大きく頷くと見ていた求人誌をパタンと閉じた。 「お言葉に甘えてお願いします!今月厳しくって…」 「じゃあ、次バイト無い日はいつ?」 「パパさ~んなんのおはなし~?」 俺と翔の話に玲ちゃんが入ってきた。 圭介との感動の再会は無事に終わったらしい。 「翔くんも俺のところでバイトしてもらうって話だよ」 「しょうちゃんもパパさんのところでおしごとするの?おせきは…」 玲ちゃんは嬉しそうに跳び跳ねたが、俺はその言葉を遮る様に自分の口許に人差し指を当ててそれ以上言わない様に諭す。 玲ちゃんは可愛い仕草で口許を両手で押さえると跳び跳ねる様に圭介のところへと走って行った。 そんな仕草がかわいがったのか圭介がデレデレと鼻の下をのばしている。 「あいつ何なんですかね?」 「さぁ?一緒に仕事ができて嬉しいんじゃないかな?」 圭介のところへ行った玲ちゃんを訝しげに眺めている翔に俺は素知らぬ顔で答えた。 「ほら、けいちゃんもしょうちゃんもてをあらってきて!ごはんよ!」 さっそく小さなママっぷりを発揮した玲ちゃんに捲し立てられ圭介と翔は手を洗うために洗面所へと追いやられていった。 「パパ~?れいちゃ~ん?」 「あ、みことちゃんおはよう!ごはんよ!」 二人と入れ替わりに命が起きてきた。 目を擦りながら俺の鞄の紐を握っている。 俺の鞄があることから帰ったのではないと思って持ってきたのだろう。 玲ちゃんは優しい笑顔で命に近付くと手を引いて俺の所まで来た。 命はグリーンのベビードールに玲ちゃんの物と柄違いのクマ柄のニーソックスをガーターベルトで留めた格好のままだ。 因みにパンツは早々に脱がしてしまったので下半身は何も身に付けて居ない。 「ほら、着替えてごはん食べるよ?」 俺が二人の頭を撫でながら声をかけると、命は小さく頷いた。 命はまた寝てしまいそうだが、これは早く服を着せないと大変な事になりそうな予感がする。 「あれ?命くんおはよう…可愛いの着てるね」 「けいちゃん!これ、れいとオソロイよ!」 圭介がリビングに戻って来た。 命は俺がバックから出したパンツとホットパンツを履き終わった所で、上半身はベビードールを着たままの状態だ。 「ふ~ん」 圭介は命をまじまじと見ている。 上から見ると、うっすら膨らんだ胸がベビードールのカップ部分に包まれていることがよく分かる。 圭介は命を見た後に玲ちゃんを眺め、顔を上げて今度は俺を見た。 「どうやったら膨らませ…」 バシッ 言葉の途中だったが急に後ろから何かが飛んできて圭介の言葉は遮られる事になった。 「あんた何言おうとしてんだよ!」 「お前!父親に向かって何するんだ!!」 床に落ちた物を見るとスリッパがコロンと転がっている。 これが圭介の頭に直撃したようだ。 二人は口論しはじめたが、命は我関せずといった様子で服を着ていく。 「みことちゃんエプロンつけようね」 玲ちゃんは楽しそうに、命に子供用の食事の時につけるようなエプロンを着けた。 エプロンは樹脂で出来ており、表面はつるつるしていてポケットの様なものがついており食べこぼしても食べ物がポケットに入るようになっている。 普段はつけていないのだが、花吹家では玲ちゃんが嬉々としてエプロンをしてくれるので命も大人しく着ている。 俺はこっそり介護みたいだなと思っていて、それを黙っているが後ろではまだ口論が行われている。 「さぁみことちゃんごはん食べようね」 「うん」 口論している二人の事は早速無視して玲ちゃんと命は席に着いた。 ファミリータイプのダイニングテーブルに俺も続いて座る。 「ふたりともごはんよ~!ケンカしてないではやく~」 二人は口論を止めて渋々といった様子で席に着いた。 それから食事はつつが無く進み、命はのんびり豆腐のサラダを食べている。 「こら玲!ちゃんと野菜を食べなきゃダメだろ?」 「ポテト食べたし、ハンバーグにはトマトピューレが入ってるからおやさいだよ?」 今日のメニューは煮込みハンバーグなのだが、玲ちゃんの皿は付け合わせの野菜が妙に少ない。 それに対して圭介が注意をする。 言い訳が実にアメリカ人らしいなと感心したが、俺も人の事は言ってられない。 「命もお肉食べなさい」 「おとうふ食べたからおにくいらないもん」 俺も命の皿を見ると、ハンバーグの端が少し欠けているだけだった。 命はあまり肉を好んで食べないので、俺は心配になって声をかけたが、命は首を横にふった。 元々食の細い命が肉をあまり食べないのを見越してか命のサラダにだけ豆腐が乗っている。 「そうだ!れいちゃんとかえっこしたらいいんだ!」 「そうね!めいあんよ」 二人は良いことを思い付いたと言うように自分達の皿を近づけ、付け合わせの野菜とハンバーグをトレードしはじめる。 明らかにそのトレードはおかしいだろうと俺も圭介も米神を押さえ、頭を抱えた。 そんなトレード事件もありつつ、和やかに食事が終わって俺と圭介はベランダへと出た。 「この前は報告ありがとうな」 「いえ…」 流石に慣れない公共機関に乗ったり、それに加え小さな命を引率してきたりと精神的に疲れて珍しく煙草を吸うために外へと出た。 命の背中の傷の事もあって、命の前では煙草を滅多に吸わないようにしている。 元々疲れた時や、息抜きの為にしか吸わないのだが報告のあった動画の事もあり圭介と食後の喫煙タイムとしけこんだ。 「若旦那…あの…」 「イタチごっこだよ」 圭介は話すタイミングをはかるようにこちらの様子をチラチラと伺っていたので、俺は大きな溜め息と一緒に煙を吐き出した。 俺の言葉に圭介が息をのんだ気配がする。 「命のあの動画な…俺は何度も見たよ」 「えっ!!」 「見付ける度に削除依頼を出すけど、本当にイタチごっこだよ」 俺はベランダの手摺に肘をかけて前のめりになる。 またフィルターに口をつけると独特の香りの煙が肺へと流れ込んでくる。 圭介も頭を抱え手摺にもたれ掛かった。 「地道に1つずつ潰していくしかないさ」 俺の言葉に圭介は顔をあげて大きく頷いた。 圭介はポケットから煙草を取り出すとケースの上をトントンと叩いて一本取り出した。 ライターを取り出そうと洋服を叩いているので一歩近付いて顔を寄せた。 ジジジジッ 紙の燃える微かな音の後に先端から煙が上がる。 横から大きく息を吸う音が聞こえ、その後に煙が天に昇っていくのが見えた。 ふと、後ろから視線を感じてそちらに目を向けると子供達がこちらをじっと見ていた。 俺が軽く手を振ってやると、声は聞こえないが命と玲ちゃんは楽しそうに跳び跳ねている。 後ろに居る翔はさっと手元のタブレットに視線を移してしまった。 「若旦那どうしました?」 おれがくつくつと笑っているのに気が付いた圭介が不審そうにしている。 「いや…ここは居心地がいいなってはなしだ」 「はぁ?」 おれが答えると圭介は納得いっていないような顔をしたが俺は構わずガラス越しの家の中を眺めていた。

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