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桜の時3

箱からおにいちゃんの贈り物をそぉっと取り出して光にかざすとクリアパーツが光を通してとってもキレイだった。 それを髪に着けてもらうとぼくはパパの所にとんでいった。 「パパ見て!おにいちゃんにもらったよ!!」 「え?あぁ…キレイだな」 パパがぼくの髪飾りを見て、それにちょんっと触れるとクスクスという笑い声が聞こえる。 ぼくが不審に思って声の方向に目を向けると、パパと話していた人が口許に手を当てて笑っている。 「いやいや…本当の親子みたいだと思いまして」 「うん!ぼくパパ大好き!」 その人にぼくが笑いかけると、一瞬面食らったのかその人が真顔になった。 スーツのテーラーの部分には金色のバッチがついているのが見える。 頭をフル回転させてあのバッチが何だったかを思い出す。 ぼくは、この人は弁護士の人なんだなっとぼんやり思った。 「場所取りは下の者がしているから、少し店をみてくるといい」 僕達は改めて弁護士の人にもそう言われて、部屋を後にした。 パパはぼくの髪飾りを興味深く見ている。 「質感的にガラスっぽいけど、樹脂だな。でも透明度も高くてきれいだな。メーカーはどこだろう」 「うふふ」 今のパパは見た目は昔と随分変わってしまったが、中身はやっぱり昔のままのパパだった。 ぼくはなんだか楽しくなって自らパパの手を引いて屋台を冷やかしに行くために屋敷を後にした。 お兄さんよ話の通り、近くの桜並木通りには数軒屋台が出ていた。 ぼくは、はじめてみるものばかりでパパの手をぐいぐいと引っ張った。 ぼくが歩く度に小さな鈴の音がリンリンと鳴っている。 「命…そんなに急がなくても大丈夫だよ」 「パパすごい!あれなに!?」 ぼくはぽっくりと呼ばれる丈の高い下駄を履いているのでいつも以上に歩みは遅いが気持ちだけは前に進もうとパパの手を引いていた。 そしてこのぽっくりの嬉しい所は、バランスを取りながら歩かなければならないので歩きにくいが下駄の歯が高いのでパパと手が繋ぎやすいところだ。 パパは背が高いのでぼくと手を繋ぐと、パパが前傾姿勢になるか、ぼくが頑張って手を伸ばさなければならない。 手を繋いで歩くのは好きだが、肩が疲れるのが悩みだ。 「パパ!あそこ人がいっぱい居るよ」 「何の屋台だろうな?」 ぼくが人だかりができている屋台を見つけ、パパを見上げるとパパもぼくの声でそちらをみた。 周りもその屋台が何なのか気になっている様子でどんどん人が集まっている。 遠くからでもおぉ~という歓声が聞こえる。 「見に行こうか」 「うん!」 パパがゆっくりと歩き出すので、ぼくは大きく頷いてパパの腕に自分の腕を絡めた。 いつもと少し視界が違うだけなのに、ぼくの心は少し誇らしげな気持ちになっていた。 「すごい!!」 「飴細工の屋台とは粋だな」 ぼくたちが屋台に近付くと辺りは甘い香りに包まれている。 そこには職人さんが棒についた飴を手早く握り鋏を使って動物の形に変えていく。 ぼくがそれをじぃと見ていると、周りが少し騒がしくなる。 どうやらぼくの着物が珍しいのか飴細工を見ていた人達が今度はぼくを見ている。 「少し騒がしくなってきたから、買って少しはなれようか」 パパがぼくの耳元でそういうので、ぼくはこくりと頷いた。 「命はどれがいい?」 「わんちゃん!」 パパができあがっている飴から好きなものを選ばせてくれる。 ぼくは白い犬が座っている形の飴細工を指差した。 「じゃあ、これとこれとこれください」 「舞妓さん連れとは旦那景気がいいね!」 「仮装ですよ」 「仮装にしてもいい着物きてるな嬢ちゃん!」 パパはぼくが指差したもの以外にも数個包んで貰うとさっとお金を払う。 少し年配の職人さんはぼくの着物を褒めてくれるのでぼくも嬉しくて自然に笑みがこぼれた。 ぼくが笑うとパパも嬉しそうにしているので、ますます嬉しくなる。 + 「遅いぞ博光!」 「兄さん…もしかしてもう酔ってる?」 屋台を冷やかしたあと、ぼく達は満開の桜の下にやって来た。 そこにはゴザがひかれており強面の男達がお酒を呑みながら桜を愛でていた。 周りには人が居ないところをみると、ここは穴場なのかとは思ったが普通の人間はこの周りで花見をするような度胸のある人はなかなか居ないだろうと思い直す。 実際に話してみると、皆ぼくに優しくていい人達ばかりだ。 「お!若紫!博光に何か買ってもらったか?」 「うん!わんちゃんの飴とわたあめ!」 屋敷で会った次男の博英に声をかけられたので、ぼくは戦利品を誇らしげに見せる。 博英は既に出来上がっているらしく、鋭い顔がさらに険しくなっている。 「よかったな。あっちに兄貴居るからみせてこい」 「うん!」 博英の険しかった顔がぼくの手に持っているものを見た途端、優しい物に変わる。 そして博英が指差した方を見ると、そこだけ少し高くなっていておにいちゃんが弁護士の人と一緒に何やら話をしていた。 「兄さん子供には甘いよね」 「娘が今あれくらいなんだよ。お前もたまには会いに来いよ」 ぼくがおにいちゃんの方に行くために歩き出すと、後ろからはパパと博英の話す声が聞こえた。 「おにいちゃん!」 「命ちゃん…屋台はどうだった?」 「楽しかった!!これおにいちゃんに!!かみかざりのお礼!!」 「お、俺に?」 ぼくがパパから買ってもらった飴を差し出すと、おにいちゃんは驚いた様子で飴細工とぼくを交互に見ている。 ぼくがコクンと頷いたらおにいちゃんはそぉっとぼくの差し出した飴を受け取ってくれた。 「ありがとう。プレゼントなんて久々だ…」 「俺はいつも貴方に差し上げてるんですけどねぇ?」 「お前…」 余程ぼくからの贈り物が嬉しかったのか、おにいちゃんはキリッとした顔から優しい顔へと変わった。 これがこの人の本来の顔なんだろう。 そんなおにいちゃんに、隣に居た弁護士は面白く無さそうに言い放つ。 言われた瞬間おにいちゃんは険悪な顔に戻って弁護士を睨んでいる。 「ぼく…おしごとするね!ど、どーぞ!」 険悪な空気に、ぼくは慌てて近くにあったとっくりを取り上げる。 長男のおちょこにお酒を注ぐと、ぼくは急いで弁護士のおちょこにお酒を注いだ。 「ここは良いから、じいさん達にお小遣いもらっておいで」 「う、うん…」 おにいちゃんはそう言うとぼくを遠ざけようとするように人の山を指差す。 ぼくはその言葉に従ってそそくさとその場を離れた。 おにいちゃんがじいさん達と言ったのは、先代の頃から居る組員の人達だった。 ぼくがお酌をすると皆可愛い、可愛いと言っておひねりをくれる。 「パパいっぱいもらったよぉ!!」 「ごめん…みこと」 「こら!博光もっと飲め!」 ぼくが沢山もらったおひねりを見せに行くと、パパは酔った博英に無理矢理お酒を飲まされていた。 お酒が結構強いはずのパパの顔は紅く染まっており、周りには一升瓶やらワインの瓶やらが散乱している。 ぼくが居ない短時間に無理矢理飲まされてしまったのだろう。 パパはごめんと言った後に、うつ伏せに倒れ混んでしまった。 「若紫!楽しんでるか?」 「うん…だいじょうぶ」 「沢山食べないといい女になれないぞぉ」 「う、うん…」 パパを酔い潰した博英は今度はぼくを標的にしたようで、ぼくに絡んでくる。 ぼくはその一言にギクリとするが、苦笑いで誤魔化す。 「ほんとうかぁ?ほら美味しいもの沢山あるぞぉ」 「あ、ありがとう…」 博英が紙皿に食べ物を乗せてぼくの目の前に差し出す。 「ほーら。子供は遠慮しないで沢山食べろよぉ?」 「う、うん」 唐揚げに、ローストビーフに、ハンバーグに、焼鳥。 お皿に乗っているのは、どれもこれもぼくの苦手な肉料理だ。 ぐいぐいとお皿を押し付けられ、ぼくを観察するように見られてしまえばぼくはそれを食べざるをえない。 なんとか少し食べると、次々と紙皿の上には食べ物が乗ってくる。 ぼくはパパの家での杞憂顔を思い出して、この事だったのかと博英に食事を勧められながら思った。 「ほら。沢山たべろー!!」 ぼくは無理矢理口を動かしながら機械になったつもりでどんどん食べ物を飲み込んでいく。 もう味もなにもしないが、ぼくは義務感だけで口を動かしていた。

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