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番外編 命の朝

外からの雀のチュンチュンという鳴き声がする。 ぼくは心地のよい温もりに頬擦りをすると、いつもと違う香りにうっすらと目を開いた。 いつもの大きな胸板ではなく少し細身の身体が見える。 「あれぇ?パパ?」 ぼくがモゾモゾとその腕の間から抜け出すと、翔ちゃんとパパの間にぼくが寝ていた事が分かる。 「うふふ。仲良し~」 ぼくはその光景が嬉しくて枕元で小さく揺れる。 枕元の時計ではそろそろ朝のアニメ番組がはじまる時間な事に気が付いてぼくは急いで寝室を後にしてテレビの前に陣取った。 リモコンでテレビをつけると、まだ番組ははじまっておらず釣り番組が流れている。 「あ、ごはん!」 とりあえず何か食べながらテレビを見ようとぼくは冷凍庫に近付く。 冷蔵庫とは別に冷凍室だけの物がキッチンには置いてある。 それを開けると小分けにされたホットケーキが入っているので、ラップを外して電子レンジに入れる。 パパが起きるまで何も食べないぼくを心配した玲ちゃんが温めるだけで食べられるものを冷凍庫に用意してくれているのだ。 あまり食事に魅力を感じていないぼくに、玲ちゃんはちゃんと食事をするように言ってくれるのでぼくもその言い付けを守っている。 「ふわふわ~ホットケーキ~♪」 ぼくは鼻歌を歌いながら冷蔵庫の前に台を使って登り、中にあるタッパを取り出す。 お皿に乗ったホットケーキに、冷蔵庫から出したタッパからカットされたフルーツを乗せる。 フルーツはパパが毎日小さく切って容器に入れて冷蔵庫で冷やしておいてくれているものだ。 「ふんふ~ん♪」 ぼくはお皿を持ってテレビの前に再び座る。 するとタイミングよくオープニングがはじまった。 フォークでフルーツを刺してゆっくり食べながらテレビを見ていると寝室からガタガタと音がする。 不思議に思ってフォークをお皿の上に置いたところで寝室の扉が勢いよく開いた。 そのまま勢いよく開いた扉は、中から出てきた人物によってすぐに閉じられた。 翔ちゃんが何とも言えない顔で扉を背に立ち尽くしている。 「翔ちゃんどうしたの?」 「あ、命くん」 ぼくがトコトコと近付くと翔ちゃんはやっとここが何処か気が付いたのか頭を抱えてしゃがみこんだ。 後ろではアニメ番組の気の抜けた音楽が流れている。 「びっくりしたー!!」 「どうしたの~?」 大きくため息をついた翔ちゃんの膝に手を乗せて顔を覗きこんだ。 すると翔ちゃんの顔がみるみる赤くなってきて腕に顔を埋めている。 ぼくは益々翔ちゃんの顔を覗きこむみたいに左右に揺れた。 「起きたら目の前にパパさんの顔があった…」 「ん~?昨日一緒に寝たんだよ?」 「え?マジか…」 「マジだよぉ?」 ぼくがえへへとご機嫌に笑うと翔ちゃんが顔をゆっくりあげてぼくの頭を撫でてくれる。 それが嬉しくて頭を翔ちゃんの手に擦り付けるようにすると翔ちゃんがくすりと笑ってくれた。 「翔ちゃんテレビ見よう?」 「あぁ…俺いつの間にコンタクトはずしたっけ?」 ぼくがソファーまで誘導すると、翔ちゃんはソファーの下に置いてあったリュックからケースを出して黒渕の眼鏡をかける。 「翔ちゃんの眼鏡はじめてみた」 「ちょっ…命くん近いよ」 ソファーに腰を下ろした翔ちゃんに向かい合って座ると顔をじっと覗きこんだ。 昨日の事は覚えてないのか翔ちゃんはぼくが物珍しく眼鏡を見ているのを少し困った様子で遠ざける。 ぼくは翔ちゃんを散々観察すると満足したので翔ちゃんの膝に座ったままテレビに向き直る。 「命くん今日は凄くご機嫌だね」 「うん!」 ぼくが嬉しくて鼻歌を歌っているのに気が付いた翔ちゃんはぼくをぎゅうと後ろから抱き締めながら話しかけてくれる。 お腹に乗っている手が暖かくて気持ちがいい。 それがまた嬉しくてぼくはにこにことしてしまう。 「今日は“お兄ちゃん”をひとりじめできるんだもん!」 「命くん…」 「こらこら~お子様達~俺抜きでいちゃいちゃしない~!!」 後ろから急に声をかけられて、ぼくを抱き締めている翔ちゃんの手がびくりと震えた。 ぼくが振り返るとパパがソファー越しに翔ちゃんに抱きついていた。 「パパずるーい!ぼくも翔ちゃんにぎゅーってする!」 「ちょっと!二人とも!!」 翔ちゃんが慌てる声にぼくもパパも、朝なのに大きな声で笑ってしまった。 笑ってるぼくと目が合ったパパの顔は、何故かほっとした様な顔だったので少し首をかしげてしまう。 多分他の人が見たら表情の変化は無いに等しいのだろうが、ぼくから見たらパパは凄く分かりやすい。 今も顔は笑っているけど、本当は別の事を考えているみたいだ。 「ぷっ、あははは!!何ですか二人して~」 二人で散々笑ったあと翔ちゃんから離れると、翔ちゃんも我慢できなかったように笑い出す。 それにぼくたちは再び笑ってしまった。 「元気になった?」 「え?」 「昨日あんまり元気無かったから…」 ひとしきり笑った後に、パパは翔ちゃんの頭にぽんっと手を置いた。 翔ちゃんはパパの予想外の言葉にキョトンとしている。 「玲ちゃんと喧嘩でもしちゃった?」 「いえ…この前あいつに変な事言われたんです」 「変な事?」 翔ちゃんは少しうつむいて、ぽつりぽつりと語りだした。 ぼくは翔ちゃんの手に自分の手を重ねる。 「あいつ、俺のバイト先の先輩に失礼な態度を取ったんで少し怒ったら落ち込んじゃって」 「失礼な態度って、あの玲ちゃんが?」 パパは意外そうに翔ちゃんに聞き返した。 確かに玲ちゃんは理由もなく怒ったりしないのに、変だと思って翔ちゃんの話をもっと聞こうと翔ちゃんに密着する。 「そうなんです…確かに俺も連絡しなかったのも悪かったんですけど、帰ったら先輩に向かって敵意むき出しで」 「へぇ」 パパは顎に手を当てて考える素振りをみせる。 でも、本当は何か知ってるみたいな態度だ。 「翔、今日バイトは?」 「えっと…夜から居酒屋のバイトがあります」 「なら、それまでは自由って事だよね?」 「ええ…まぁ」 「なら、俺と命とデートしよう!」 パパの脈略のない一言に翔ちゃんはポカーンとしてしてしまった。 ぼくも話が見えずに思わずパパの顔を見つめるが、パパはぼくにパチンとウィンクをして寄越すので何か考えがあるのかもしれない。 しかし、デートって何をするんだろう。 ぼくは翔ちゃんに抱きついて何処に行くんだろうとか、何を着ていこうかと色々と考えるとまた笑いが込み上げてきて、うふふとついつい声が漏れてしまっていた。

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