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ショッピングしよう!3

玲ちゃんの首筋には真新しい情事の痕がくっきり残っているのを先程見てしまったので俺は遂に我慢できなくなってくつくつと笑いながら、圭介の居るソファーにどっかりと座る。 「わ、若旦那…」 「先に電話しておいたのに、お盛んなことで…」 俺がニヤニヤとしつつ圭介の顔色をうかがうと、圭介は気不味そうに俯くが、下からは命が見ている。 「けいちゃんごめんね?すぐ帰るから、れいちゃんとすぐいちゃいちゃできるよ!」 「え、命ちゃん!!」 命がくりくりとした丸い目で悪気なく圭介の手に自分の手を重ねながら放った一言に、俺は盛大に笑ってしまった。 圭介は命の顔を信じられないと言う顔で見返している。 「ぶふっ、ダメだ…おかしい!!」 「若旦那笑いすぎですよ!!」 俺が腹を抱えて笑っているのに対して、圭介はやや不満げな様子だ。 抗議してくるが、俺は我慢できずに額に手を当てて天を仰ぐ。 圭介の膝の上に居る命は、我関せずといった様子で圭介の指にはまっている指輪を触ったり爪を触ったりして遊んでいる。 「パパさんどうしたの?けいちゃん、パパさんからドーナツ貰ったよ」 玲ちゃんがキッチンからカチャカチャとお盆に乗せて何かを持ってきたところで、俺達の様子を不信そうにみやる。 お盆の上には俺が買ってきたドーナツとコーヒーの注がれたマグカップ等が乗っていた。 「あぁいいよ。俺達直ぐに帰るから気にしなくて」 「でも…」 「なら飲み物だけもらおうかな?命はドーナツ貰ったらどうだ?」 「あみゃ!」 渋る玲ちゃんからマグカップを受け取って、命を見ると圭介に片手で頬を挟まれぷにぷにと触られ顔が少し歪んでいる。 お盆をローテーブルに置きながらそれを玲ちゃんは慈愛に満ちた目で見ている。 その光景は、まるでペットと戯れる旦那を見る妻の顔だった。 「あ、そうだ。これはドーナツとは別のお礼なんだ。命が選んだんだよ?」 「みことちゃんが?」 俺はピンク色のショップバックを玲ちゃんに渡してやると、それを素直に受け取った玲ちゃんの顔が少女の様な顔に変わった。 肝心の命は未だ圭介に顔を摘ままれたり、つつかれたりしてきゃっきゃっと楽しそうにしている。 玲ちゃんはその場に座り込むと早速袋から洋服を出す。 洋服が包まれている薄紙をそぉっと外している。 「かわいい~」 「身体に当ててみせて?」 綺麗に畳まれた洋服を持ち上げて全体が見えると、玲ちゃんの顔が蕩けるような笑顔に変わる。 玲ちゃんも翔もこの家の人間は表情豊かだなと感心してしまう。 命が選んだワンピースは袖口がふわっと膨らんでおり、色は春らしいパステルピンク。 スカートにはメリーゴーランドの木馬が描かれている玲ちゃんが好きそうな実に少女らしいデザインだ。 命は圭介の膝の上で唐突にサムズアップしてみせるが、あの仕草は俺の影響だろうなと少し反省する。 「パパさん、圭ちゃん!ワンピースにあう?」 「とっても可愛いよ…玲」 俺の言葉に従って身体に当てて見せる玲ちゃんに圭介は素直に賛美の言葉を述べる。 それを聞いた玲ちゃんは恥ずかしそうにしている。 夫婦のそんなやり取りを見ている俺は気を使って受け取ったマグカップに視線を落とす。 なみなみと入った珈琲を眺めつつ、翔は毎回こんな気持ちなのかと思った。 「スミマセン。遅くなりました!!」 「おっと…そろそろ時間か」 初々しい様子の夫婦を呆れながら眺めていると、翔が荷物を持ってリビングに戻ってきた。 俺は腕時計を確認すると、そろそろ翔を送って行く時間なのでソファーから立ち上がって軽く伸びをした。 「明日いっぱい翔を借りるね?ここの近くにいい感じのカフェがあるから今日は夫婦水入らずでディナーでもしてきたらどう?」 俺は圭介から命を受けとると、玲ちゃんに向かって屈む。 命の鞄から小さなメモ用紙を取り出し、そこに電話番号と住所を書いていく。 「ここのおみせ、ご飯おいしいしおもしろいおにいさんが居るんだよ!」 「さのって名前の子なんだけど面白い子なんだ。1回行ってみるといい。じゃあ、翔を借りていくね」 「あ、しょうちゃんをよろしくおねがいします!!」 命が興奮ぎみに玲ちゃんに力説しているのに俺は補足をしていく。 玲ちゃんの頭をぽんっと叩いて今度こそ立ち上がると今度は呆然と立っていた翔の手を取って家を後にした。 「あれ?着替えてきちゃったの?」 「は、はい!飲食店なんで汚れちゃうといけないので…」 近くの駐車場で翔の姿に気が付いた俺は少しがっかりとした気持ちになった。 “狼”への牽制の意味を込めて洋服を選んだのに、着替えて来ては意味がないではないか。 「でも、ちゃんと持ってきたんで!!」 俺がわざと作った残念そうな表情に、翔は慌てて手に持っていた荷物を俺の目線まであげる。 律儀な翔らしいなと感心して笑顔を作ってやる。 「なら、明日はそれ着てね?」 「はい!」 俺の笑顔に翔は勢いよく頷いたので俺は満足して車に乗り込んだ。 エンジンを起動させ目的地に向かって走り出す。 「今日は何時に終わるの?」 「えっと…11時には終わる予定です」 「そう…ならそれくらいの時間になったら迎えにくるね?」 玲ちゃんの家の最寄り駅の近くにある居酒屋の前で翔を車から下ろすと、翔は凄く恐縮していた。 帰りの話を俺は車に乗ったまましていると遠くから派手な髪色の男が見える。 「じゃ、またあとでね?」 「よろしくお願いします!!」 俺は翔に一旦別れを告げるとスモークが貼られている窓を上げて車を発進させた。 バックミラーで後ろを見ると、うとうとしている命とその更に後方で翔が派手な髪の男に声をかけられているのが見えた。 「これは早くしなきゃな…」 それを見た俺は実家に向けて車を走らせる。 「命ごめんな…昨日のご褒美何がいい?」 「んにゅぅ」 高速を走っている時に、そう言えば命に昨日の事でご褒美をやると約束をしていたことを思い出した。 眠そうにしている命に声をかけると、目を擦っているので相当眠いのだろう。 「あのね…」 しばらく沈黙が続いていたが、命が眠そうな声で話はじめた。 「ぼく…れいちゃんのおたんじょうびに…ワンピースつくりたい」 「ご褒美それでいいのか?」 「…うん。自分で作れるように…」 命は話の途中だが遂に我慢ができなくなったのか小さくすぅすぅと寝息を立てはじめた。 今日は翔と買い物したのが相当楽しかったのだろう。 俺は更にアクセルを踏み込んでスピードをあげる。 + 周りが見慣れた景色に変わって来る頃、高速を降りるとやはり夕方と言うこともありラッシュで渋滞していた。 なんとか渋滞を抜けて実家につく頃には辺りはすっかり暗くなっていた。 適当に車を停めて、俺は寝てしまった命をシートから抱き上げ屋敷へと歩みを進める。 玄関の引戸を開けると、そこには長年住み込みで働いているお手伝いさんが待っていた。 「兄さんは?」 「旦那様は奥に居られますよ」 挨拶もそこそこに命をお手伝いさんに預け、俺は屋敷の奥へと歩みを進めた。 目的の部屋の前で俺は廊下に正座すると襖を軽くノックして部屋の中へ声をかける。 「兄さん…博光です」 「あぁ。博光か…どうした?中に入っておいで」 中からの声に、俺は襖を開ける。 そこには机に書類を広げている義博兄さんがのんびりと座っていた。 俺の顔を見てふわっと笑う。 「忙しいのに急に来て悪い…」 「どうした?博光からこっちに来るなんて珍しいな」 義博兄さんは書類から顔を上げると入り口に立っていた俺を手招きする。 その仕草が何となく年寄りくさいなぁと思いつつ近くに腰を下ろした。 昔から精神的に早熟だった長男には今更な感想かもしれないと思いつつ、俺はこっそりと溜め息をつく。 俺は本題に入るべく少し息を吸い込こんだ。 今更改まる事もないが、義博兄さんの顔を見ると何でも話せと目が語っている。 今度はあえてため息ついて話を始めた。 「ちょっと気になる奴が居るんだ。2、3人貸して欲しいんだけど…」 「いつも勝手に組の奴等を使う癖に、更に珍しいこと言うな」 「はは…確かに」 義博兄さんの言うことはいつも核心を突いていて俺は乾いた笑いしか出てこなかった。 確かに何かにつけて組の若い連中を勝手に使うことはあるが、今回はそう言うわけにはいかない。 チンピラに近い様な下の奴等は機動性はいいのだが、如何せん機能性には欠けるのだ。 情報収集に向いているような奴は幹部になっている奴も多いので流石に俺でも勝手に使うことはできない。 「少し厄介でね」 「ほぅ。それは面白そうな話しだね」 俺は観念して義博の顔を見た。かし俺の発言に興味津々と言った様なニヤニヤともにこにことも言いがたい普段は見ないような顔で笑っている。 「実は命の友達に相談を受けていてさ」 「へぇ」 「その子の息子が狙われているらしいんだよね…」 「何処かの組織に?」 流石の俺でも義博の暴力的な発言に頭を押さえたくなる。

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