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ショッピングしょう!4

堅気の人間は中々そんなトラブルには巻き込まれる事はない。 どちらかと言うと穏和な雰囲気の義博兄さんのその発想がもう普通の人間とは違うなとしみじみと思った。 「違うよ。職場の同僚らしい」 「なんだ…社内トラブルか」 義博は急に興味を失ったかの様に再び書類を広げだした。 そんな仕草が少し子供っぽく感じて、改めて自分の兄はこんな人だっただろうかと思った。 子供の頃から同世代に比べると精神的に早熟していて、イタズラや悪さをするのは次男である博英の役割だった気がする。 そんな子供の頃から落ち着いていた義博兄さんの新しい一面を見たようで、俺は思わず黙ってしまった。 「あんまりくだらない事に幹部を使うなよ?」 「分かった。ありがとう」 「そう言えば命ちゃんはどうした?」 ついつい自分の世界に行っていた俺だったが、義博の声で我にかえる。 一応許可が出たので俺はホッと胸を撫で下ろしたのだが、義博が思い出した様に命の居場所を探ってきた。 「今は寝てる」 「最近はどうだ?」 「その友達にプレゼントをあげたいから習い事したいって言ってる」 「そうか…」 命の話をしだすと再び表情が和らいだ。 そんなところも年を取ったんだなたと思わざるを得ない。 でもちょっと年寄り臭すぎるとも思う。 まだ30代なのでもう少しはっちゃけても良いのでは無いかと思うが、立場上難しいだろうなと思い直す。 「食事は済んだのか?」 「まだだけど、予定があるから要らない」 「そうか…」 俺の返事に凄くがっかりとした顔をされるが俺は罪悪感を抱いたがあえてそれを無視して立ち上がった。 こんなに表情豊かで組のトップが務まるかと心配になるが、外ではきっちりしているのを見るとプロだなと感心する。 「じゃあ、許可も貰ったし帰るよ」 「お前分かってるよな?やるときは徹底的にだぞ?」 「それは勿論」 俺がニヤリと笑うと義博もニヤリと笑って送り出してくれた。 そろそろ帰ろうと命を探す。 「あぁ…ここに居たのか。命はどこ?」 「あら?ぼっちゃんのお部屋に居ますよ」 お手伝いさんを台所で見付けたので命の居場所を聞くと俺の部屋に運んでくれたらしい。 俺は車の中での命とのやり取りを思い出して、料理中のお手伝いさんに近付く。 「そう言えば知り合いに洋裁教室をしている人が居るって言ってなかったけ?」 「えぇ。おりますよ。でも、ぼっちゃまどうされました?」 「ぼっちゃま呼びはやめてくれないかな…命が洋裁を本格的に習いたいらしいんだけど、本人があれだろ?普通の学校には通わさせられないだろうからな…」 俺が少し言い辛そうにしていると、流石に何か感じ取ったのか、エプロンのポケットからメモ帳を取り出してさらさらっと何かを書き出す。 「こちらから連絡しておきますので、そこに行ってください。博光ぼっちゃまはお調べものが得意でいらっしゃるので大丈夫ですよね?」 「あぁ…ありがとう」 話によれば妙齢の女性が暇をもて余している奥様方にのんびり洋裁を教えてくれているらしい。 それなら大丈夫だろうと思い小さく頷いた。 ここでも食事に誘われたが、俺はやんわりと断ったが明らかに住み込みの組員の分を抜いても多い気がする。 「ぼっちゃまが帰っていらっしゃるから、旦那様が沢山用意するようにとおっしゃったのに…」 「うぅ…」 絶対わざとだと分かっているが、ご高齢の女性に悲しそうな顔をされて断れるほど俺も鬼ではなかった。 腕時計を確認すると時間はまだかなり余裕があったので、渋々軽くなら食べていくと言って頷くと俺の言葉にお手伝いさんはにっこり微笑み再び料理作りに戻った。 俺は大きく溜め息をついて自分の部屋だった離れに移動してくる。 部屋の中には簡単なベットと机が置いてあるだけの状態だったが、そのベットの上では命がすぅすぅと寝ている。 そう言えば最近命はよく寝ていると感じるが、日中もよく眠そうにしている。 もしかしたら何かしら病気かも知れないので週明けにでも病院に連れていこうと思った。 「命?みーこーと?」 命の身体を揺さぶってみるが全く起きる気配がないので結局いつもの様に抱き上げて兄さんが居た部屋に戻る。 もう一度廊下に座って声をかけると、少し嬉しそうな雰囲気の声が返ってきた。 「どうしても断れなかった…」 「あの人は俺達の事をよく知ってるからなぁ」 お手伝いさんとのやり取りを義博に言うと苦笑いが返ってきた。 あの人は俺等が産まれる前からこの家に勤めていて、じぃさんの代から長年勤めてくれている。 口には出さなかったが、じぃさんも中々のプレイボーイだったので妾のうちの1人だったようだがそんな事はおくびにも出さない。 流石極道の妾だった事はある。 「命ちゃんは起きないのか?」 「いつもの事だよ」 義博兄さんが書類を机の端にまとめだした。 俺の胸に居る命の様子を伺って居る様だが、肝心の命はぷぅぷぅと面白い寝息を立てている。 「これに寝かせるといい」 義博が膝立ちになり、自分の後ろの襖から座布団を1枚取り出した。 俺はそれに甘えて座布団を受け取り、二つ折りにするとその上に命をおろす。 畳の上におろした命は座布団を枕に猫の様にくるんと身体を丸めて、すぐにまた寝息が聞こえだした。 「お食事をお持ちしました」 寝ている命を二人で微笑ましく見ていると、襖の外から声が聞こえた。 義博が了解の声をかけたところで襖が開いて食事を乗せた盆を持った奴が二人ほど入ってきた。 二人とも顔見知りだったので、目礼すると食事を素早くセッティングして深々と礼をして出ていった。 「ははは。お前が居て驚いてたな」 「そうか?」 慌ただしく出ていった奴等を思い浮かべたのか義博が笑いだした。 確かに手際はよかったが驚いているとかそんな感じはしなかったような気がする。 まぁ、俺自体が無表情で分かりにくいと言われているので人の事は言えない。 「さぁ。食べようか」 「ん。そうだな」 盆には王道の和食といったメニューが並んでいる。 筍ご飯、アサリの酒蒸し、イイダコとワカメの酢の物、魚の煮付け、切り干し大根、菜の花のごま和え、キャベツと豆腐の味噌汁。 いや品数ありすぎだろう。 そして軽く食べていくと言ったのに、義博兄さんの倍ほど量がある。 いい香りにつられてとりあえず菜の花のごま和えに箸をつけた。 「普段はちゃんと食べてるのか?」 「お陰さまで、最近食事を管理してくれる友達が居てね」 義博の問いかけに、俺はすぐに玲ちゃんの事を思い出す。 俺が太るのが許せないらしく、食事の事についてうるさく言ってくるのだ。 その事を思い出していると、先程食べた筈の切り干し大根が皿に戻っている。 おかしいなと思いつつもう一度食べると義博が嬉しそうに微笑んでいた。 「博光は本当に美味しそうに何でも食べるな…ほらこれも食べていいよ」 「いや…兄さんの食べる分が無くなるだろ」 煮付けを半分ほど分けて寄越すので断るのだが、どうも兄さんは昔から俺に物を食べさせたがる。 一応断ったものの、もう一度言われてしまえば俺は断ることができなかった。 一緒に住んでた頃は博英が兄さんの事を叱ってくれたのだが、その頼りの次男は現在居ないので仕方がない。 「食べ過ぎた…」 腹を擦りながら車に移動する。 命をチャイルドシートに乗せて車を走らせる。 本当に軽く食べるだけのつもりだったのに、気が付けば普通に色々と食わされてしまった。 昔からだが俺が沢山食べれば喜んでくれる兄の期待には何故だか抗えないのだ。 「ふぅ…なんとか間に合ったな」 翔が仕事が終わるまで適当に時間を潰して、翔と別れたロータリーで待っていると翔が店から出てきた。 俺は車の外で煙草をふかして居たが、命が起きたのかスモークを貼ってある窓にペタペタと時折手形が見えるのを俺は微笑ましく見ていた。 時折俺を呼んでいる声が聞こえるので窓を指先でコンコンと叩いてやる。 「お疲れさまです」 「失礼しま~す!!」 居酒屋から翔ともう1人別の声が聞こえたのでそちらに目を向けると、丁度店から2人ほど出てくるのが見える。 「翔ちゃん明日は日曜だから休みでしょ?一緒に飲まない?」 「先輩スミマセン…俺今日は知り合いの家で…あっ」 店から少し離れた所で会話しているのが聞こえるが、翔は俺に気がついてぱっと顔を明るくしたのが店のネオンに照らされてよく見えた。 「知り合いの家で色々見せて貰う約束してるんですよ。また来週!お疲れっした!」 「えっ…翔ちゃん!!」 話し相手に簡単に別れを告げて俺の所に嬉しそうに走ってくる翔の後ろではポカンとした顔をしている髪色が派手な男が立っていた。 「あれ?あの子とはいいの?」 「この前も飲んだし、来週もシフト入ってるんで大丈夫ですよ」 「そう?」 翔との言葉とは裏腹に相手はこちらの事をじっと睨んでいる様に見えたが、俺はあえてそれを見ないふりをして翔を車に乗せた。 「さっきの人が玲ちゃんの言ってた“先輩”かな?」 「え!あいつパパさんにも訳の分からない事を言ったんですか!」 俺がバックミラーで後部座席をちらりと見ると、翔と命が仲良く命のカバンに付いている俺の作ったストラップを見ていた。 声をかけた途端、驚いた声をあげる翔に俺はさっき見たのが玲ちゃんの言っていた“先輩”であり、本物の“狼”だということを確信した。 「玲ちゃんも色々心配なんだよ」 「学先輩は全然そんなんじゃないんですよ?」 「へぇ。学って名前なんだねぇ」 俺がぼそりと呟いた事を翔は全く気が付いて居なかった。 しかし俺は、新たな遊びを見付けたような楽しい気分になってキーを回す。

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