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はじめての大冒険
ぼくは早朝にも関わらず、お友達の玲ちゃんのおうちに来ていた。
パパは早朝にかかってきた電話に、寝ぼけ眼で対応してからがっくりと肩を落としていた気がする。
気がすると言うのはぼくがほとんど寝ていてよく覚えていないからだ。
「朝早くからごめんね。今日の夕飯は美味しいものご馳走するから!」
「気にしないでパパさん」
ぼくは玲ちゃんにぎゅっと抱き締められながらぼんやりとパパを見ていた。
適当に着替え、いつもの犬のぬいぐるみを持たされたと思ったら車に乗せられて花吹家にやって来たのだ。
「じゃあ命。玲ちゃんや皆の言うこと聞いていい子にしてるんだぞ?」
「大丈夫よ。みことちゃんいつもいい子だから!」
「じゃあ、お願いね!あ、あとこれはお昼に食べてね!」
パパは玲ちゃんに茶色い紙袋を渡すと、片手を上げて玄関から出ていってしまう。
ぼくはそれを寂しい気持ちで見ていたが、玲ちゃんが後ろからぎゅっとしてくれているお陰で少しはそれが紛れていた。
「さぁ…みんなのbreakfast用意しなきゃ!みことちゃんはここに居てね!」
手を引かれリビングに通されると、玲ちゃんは袖をたくしあげてキッチンに消えて行った。
ぼくは言われた通りリビングのソファーに腰かけ、ぼんやりとキッチンの方を見ていた。
トントンと何かを刻む音が耳に心地よく、だんだんと眠くなってくる。
元々睡眠時間は長い方なのだが、最近は特に眠くて仕方がない。
ぼくはその欲求には勝てなくてソファーの上にごろりと寝転がった。
パパと“する”時はぼくの意思など関係なく行為は進んで行くし、失神しても無理矢理起こされることもある。
しかしそれもぼくの為でもあるし、大好きなパパと“する”のはこれまた大好きなのだ。
特に寝不足と感じては居ないが、その反動なのかなと思いながらぼくは重くなる瞼を下ろした。
「朝から会議が入ってるの忘れてた!!」
「けいちゃんかばん!!」
回りがバタバタうるさくなってきたことに気がついて、ぼくの意識がゆっくりと浮上していくのを感じる。
まだはっきりしない頭で分かったのは、圭ちゃんも玲ちゃんも凄く慌てていると言うことだ。
パパは夜にお仕事をして、お昼頃に起きてくるからこんなにバタバタとしている光景を見ることは滅多にない。
ぼくはそれを珍しげに見ていると、2人は連れ立って玄関へと消えていく。
「ふぅ」
しばらくすると玄関に圭ちゃんを見送りに行った玲ちゃんが色っぽいタメ息をついて戻ってくる。
大人用のエプロンの肩紐を戻しつつにっこり笑った顔と目があった。
「あ、みことちゃん起きたの?」
ぼくがソファーで身体を起こしているのに気が付いた玲ちゃんはニコニコと近付いてくる。
ぼくの横に座った玲ちゃんは、ぼくの事をゆっくりと抱き締めてくれて、その温もりにほっと息をついた。
「あれ?命くん来てたの?」
「あ!しょうちゃんおはよう」
玲ちゃんがぼくの頬にすりすりと頬擦りしていると、翔ちゃんが起きてくる。
スウェット姿の翔ちゃんはぼくの姿を見るとパチッと目を見開いた。
ソファーに近付いてくる翔ちゃんに手を伸ばすとにっこりと笑ってくれる。
「いまごはん出すね!」
「命くんごめんね…顔を洗ったらだっこしてあげるから」
玲ちゃんもキッチンに再び行ってしまうし、翔ちゃんもぼくの頭を撫でて行ってしまった。
ぼくはつまらないなぁと思いながら傍らに置いてあった犬のぬいぐるみを変わりに抱き締める。
「命くんごめんね。顔洗って来たからだっこしてあげるよ」
ぼくが何度目か分からない船を漕いでいたら身体が浮遊した様な感覚に目を開けると目の前に翔ちゃんの首筋がみえた。
そのまま首筋に顔を埋めて目を擦ると、大きなあくびが出る。
「ほら。みことちゃんおきてー」
「このままでいいよ」
「しょうちゃんはロリコンだから、まんざらでもないのネ」
「ちょ!お前!!」
ダイニングテーブルに玲ちゃんが次々に朝食の皿を並べていく。
ぼくはそれをちらりと見たが、食べる気がしなくて翔ちゃんにもたれかかる。
翔ちゃんと玲ちゃんが話してるのを聞きながらぼぅっと天井を見ていた。
「しょうちゃん今日がっこうは?」
「あと少ししたら行く」
翔ちゃんの膝はパパの大きな膝と違ってぼくが座るには丁度良くて、背中を預けながら翔ちゃんがタブレットでゲームをしているのを見るのが好きだった。
翔ちゃんはぼくにはとっても優しいけれど、玲ちゃんには少しぶっきらぼうだ。
パパはそれを“遅れてきた反抗期”だと言うけど、新しいお母さんが恥ずかしくてそんな態度を取っている“ツンデレ”なんだとぼくは解釈している。
「なら、俺そろそろ行くから」
「お弁当忘れないでね」
タブレットを閉じてゲームを止めてしまった翔ちゃんの膝から下ろされると出掛けるのかぼくの頭をぐりぐりと撫でてくれる。
先日翔ちゃんは日曜の夜もうちに泊まって行ってそのまま大学に行った。
それからパパとぼくは益々翔ちゃんと仲良しになった。
翔ちゃんと“夜の遊び”をしたのは最初の日だけだったけど、また遊べるよとパパが言っていたのでぼくはそれを楽しみにしている。
「あれ?親父の弁当置いてあるぞ?」
「え?」
翔ちゃんを見送りに玄関まで来てたところで、靴箱の上にお弁当が置いてあるのを翔ちゃんがひょいっと持ち上げる。
「なんで…どうしよう…今日はみことちゃんも居るし…きゅうしょくない日なのに」
「そんなもん親父も大人なんだからコンビニででも適当に買うだろ」
「ダメヨ!ちかくにコンビニないし、お昼に駅前までくるまで行くの可哀想ヨ…それに女どもがすり寄ってくる」
最後の方は声が小さくて翔ちゃんは聞き取れなかったみたいだけど、俯き加減で呟いた言葉はぼくにはよく聞こえた。
その言葉に、ぼくは玲ちゃんの服の端を引っ張る。
「どうしたのみことちゃん?」
「ぼくもいく!」
「え?行くってどこに?」
「ぼくもけいちゃんのがっこにいく!」
ぼくの言葉に二人とも驚いている。
「がっこいってみたい。けいちゃん働いてるところ見てみたい」
「そっか…こいつと二人なのは不安だけど俺も学期末で忙しくて一緒に行けないけど気を付けてな?」
「うん!」
ぼくは今まで学校に行ったこともないので、単純に学校という場所に興味があった。
翔ちゃんはぼくを心配そうに見ていたけど、名残惜しそうに出ていってしまった。
でもぼくは初めて行ける“学校”と言う場所に胸を弾ませていた。
「なら、みことちゃん直ぐに行かなきゃ!」
「うん!」
玲ちゃんは、さっと用意をするとぼくに犬のぬいぐるみを背負わせてショルダーバックを肩からかけてくれる。
ぼくは初めて玲ちゃんと二人だけで出掛けることにドキドキと胸を高鳴らせていた。
電車が苦手なぼくの為に玲ちゃんと一緒にバスに乗った。
バスに乗るのがはじめてなぼくは全てが新鮮で周りをキョロキョロしていると、玲ちゃんがそれを楽しそうに見ていることに気がつく。
ぼくは少し恥ずかしくなって玲ちゃんの手をぎゅっと握ると、その手を優しく握り返してくれる。
「えへへ」
「みことちゃんボタン押してくれる?ボタン押すと、おりますよーって運転手さんに教えてあげられるんだよ」
ぼくは玲ちゃんの言う通りにボタンを押す。
プーッと言う電子音がして、ボタンの上の部分が点灯した。
「すごーい!」
「そうだね…」
玲ちゃんは本当に物知りだ。
ぼくの生きてきた狭い世界では知らなかった事を沢山知っていることに、ぼくは少なからず尊敬をしていた。
読み書きや、簡単な勉強は店に居た頃に教えて貰っていたが環境が特殊過ぎて今の生活は何でも発見の連続だった。
その玲ちゃんはぼくが感動しているのを慈愛に満ちた顔で見ている。
「れいちゃん…ママのかおだ」
「ほんと!?」
嬉しそうにしている玲ちゃんの頬に手を伸ばす。
そんな玲ちゃんが可愛くて、綺麗でキスをしたくなったがパパと圭ちゃんには外ではしちゃ駄目だときつく言われているのでぼくは玲ちゃんの頬を両手で挟むだけにする。
「みことちゃん歩ける?」
「だいじょうぶ!!」
最寄りのバス停で下車すると、ぼくを心配した玲ちゃんがぼくの顔を覗きこんでくる。
しかし、ぼくは初めて行く学校と言う場所に胸を踊らせていた。
バス停からしばらく歩くと、とても大きな建物が見えてくる。
「れいちゃん?あの大きな建物なーに?」
「え?あれがけいちゃんのお仕事している学校だよ」
「おっきいねぇ」
正面玄関からではなく、生垣から敷地へ入ると遠くから沢山のざわざわとした音が聞こえてくる。
「こんな所から入るの?」
「レイのヒミツの入口なのヨ」
玲ちゃんが悪戯っぽくウィンクするのが余りにも可愛くて人が居ないのをいいことにぼくは唇にちゅむっと吸い付いた。
一瞬びっくりした顔をした玲ちゃんだったが、お返しにぼくの唇にもキスをしてくれた。
笑いあって建物の中を進んで行くと本が沢山ある部屋へとやって来る。
「あれ?いない…」
「けいちゃんいないの?」
玲ちゃんが部屋の中を覗くが、圭ちゃんは居なかった様で、玲ちゃんが思案顔をしている。
「さがしにいこうか」
「けいちゃんどこかなぁ?」
「じゅぎょうしてるのかもしれないね」
「けいちゃんすごいんだね!」
家に居る時の圭ちゃんしか見たことが無いぼくは、玲ちゃんの言葉に目を輝かせる。
ぼくの言葉に玲ちゃんは少し誇らしげだった。
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