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はじめての大冒険6

ズズズズズッ 圭ちゃんがマグカップに入ったお茶を啜る音が部屋に響いている。 なんだか重たい空気にぼくは居心地が悪くて玲ちゃんのワンピースの端をぎゅっと握りしめた。 玲ちゃんはぼくの横に座っていて凄く心配そうにしている。 「はぁ…それで命ちゃん?」 「なーに?」 圭ちゃんは意を決した様にマグカップを机に置くと、ぼくの顔を真剣な面持ちで見る。 カップを置いた音が凄く大きく聞こえて玲ちゃんの後ろに隠れたい気持ちになった。 「さっきの話なんだけど…本気で言ってる?」 圭ちゃんの顔はにっこりと笑っていたけど、どこか緊張しているような気がする。 「ぼく何かまちがってた?パパのゲームではそうだったよ?」 「みことちゃん…」 ぼくが話すと圭ちゃんが遂に頭を抱えた。 玲ちゃんは、ぼくをぎゅうっと抱き締めてくれるので玲ちゃん特有の花の様な香りが間近でしている。 「れいちゃん…ぼく何か違うこといったかなぁ?」 「えっと…」 不安になって玲ちゃんの顔を見上げて問いかけると、玲ちゃんは珍しく凄く困った様な顔になる。 圭ちゃんの方へ視線をやっているが、圭ちゃんが横に首を振っている。 ぼくは何で二人が悲しそうなのか和からなくて泣きそうになった。 「分かった。若旦那が来たら聞いてみるから二人でテレビでも見てなさい」 「みことちゃん行こう?」 ぼくが泣きそうになっていることに気が付いた圭ちゃんが優しく微笑んでくれたので少しほっとする。 でも席を立って歩きだして後ろを振り返ると、再びマグカップを持ち上げた圭ちゃんはトントンと机を指先で叩いているのが見えた。 玲ちゃんに手を引かれソファーに腰掛ける。 玲ちゃんがつけたTVからは子供番組と分かる妙に明るい音楽が流れ、着ぐるみ達が大袈裟な動きをしている。 「ふんふふーん♪」 玲ちゃんは丁度好きな番組だったのか楽しそうにテレビのキャラクターと一緒に身体を動かしはじめる。 玲ちゃんがぴょんっと飛びか上がると金色の髪がふわっと宙に舞う。 そんな玲ちゃんを見ているとモヤモヤしていた気持ちが少し楽になってきた。 ぼくはテレビじゃなくて楽しそうに踊る玲ちゃんをのんびり眺めていた。 「けいちゃん何してるの?」 「ん?丸付けだよっ…と!!」 「まるつけ?」 テレビに飽きてきた頃。 ぼくは圭ちゃんの横に近付くと素早く動く手が気になった。 ぼくの質問に先程とは違って嫌な顔をせずぼくを膝の上に乗せてくれる。 机の上にはあまり綺麗とは言えない文字で書かれた紙が何枚も置いてあった。 圭ちゃんはその紙へ、赤いペンを使って何やら丸を書いたり文字を書いたりしている。 「期末テストの前の小テストだよ」 圭ちゃんは丸付けを再開すると、ペンが紙の上を滑る独特の音がし始めた。 ぼくは次々に印の付いていく紙に釘付けになった。 「何?命ちゃん見てて楽しい?」 「うん…これなんてかいてあるの?」 「これは…春は眠くて朝起きるのが大変だなぁって書いてあるんだよ」 「へぇ。ぼくみたい!」 紙に書いてある漢字の塊が気になって、圭ちゃんに聞いてみると丁寧に教えてくれた。 ぼくが感心していると圭ちゃんも自然と笑顔になってくれて、それが嬉しくて更に笑ってしまう。 「朝起きられないの?」 「なんだかおふとん暖かくてなかなか起きれないの。パパがちゃんとエアコン付けておいてくれるんだけどおふとんあったかいよね!」 「そうだね。お布団あったかいね」 圭ちゃんはぼくの言葉に苦笑いをうかべている。 でもお布団温かいし、パパの身体も温かいからついつい何時もより布団に居る時間が長くなってしまうのだ。 「たしかにおふとんあたたかくて、レイも起きるのたいへんて思う!」 「あはは。玲もかぁ…」 テレビ番組が終わったのか玲ちゃんがこちらにやって来た。 玲ちゃんはぼくたちの話が聞こえていたのか話に入ってきてうんうんと頭を振って同意の気持ちを伝えてくる。 玲ちゃんの言葉に圭ちゃんが破顔しているのを感じた。 「けいちゃんはせんせいだよね?」 「そうだよ?」 「けいちゃんはこくごの先生なの!!」 ぼくが質問すると玲ちゃんの鼻息が荒くなって、圭ちゃんではなく玲ちゃんが誇らしげだ。 ぼくは本当に玲ちゃんは圭ちゃんが好きだなぁとほっこりとしてしまう。 「俺が国語教師なのがどうしたの?」 「あのね、しょうちゃんに聞こうとおもってたんだけどね?“わかむらさき”って何?」 「ん?」 見上げる形で圭ちゃんの顔を見ると、一瞬笑顔が固まったかと思うと不思議そうな顔に変わる。 急に言われて分からなかった様だ。 「“若紫”…って誰に言われたの?」 「パパのおにいちゃんに言われたの!お前がわかむらさきか~って!頭ぐりぐりされたよぉ?」 「けいちゃん…わかむらさきって人なの?」 「玲は勉強しただろ…俺教えたぞぉ?」 「え?えへへ」 圭ちゃんが、がっくりと肩を落としてしまった。 玲ちゃんはぼくよりお勉強できるはずなのに、国語は得意じゃないのかなと思う。 珍しく圭ちゃんの言うことに焦っている玲ちゃんの姿をぼくは物珍しげに見る。 「ぼくのせんせいは数学が得意だったから、あんまり他の勉強はわからないの」 「命ちゃんはおうちでお勉強してたんだね」 「皆おうちでおべんきょうするんでしょ?」 「そうだね…」 お店で一通りの勉強は教えてもらったが、橋羽と藍沢は数学、巽は歴史、浅間は理科が得意だったので言語系は実はさっぱりだ。 よく勉強を教えてくれていたのは橋羽で、ぼくは読み書きなどの基本的な事はできるが、たまに文字も読めなくなるので分からない事が多い。 それも理解した上で橋羽は色々教えてくれていたがやはり知識には偏りがある。 皆そうなんだろうと思って圭ちゃんに言ってみたのだが、凄く微妙な反応が返ってきた。 また聞いてはいけないことを聞いてしまったらしい。 「うーん。とりあえず勉強の事は置いておいて、“若紫”ね?」 圭ちゃんが鞄をガサガサと漁り出して表紙のカラフルな冊子を取り出した。 1冊は分厚くてA4サイズくらいなのに、もう1冊は小さくて薄い。 「これ何?フルカラーの同人誌?」 「これは“教科書”と“国語便覧”だよ」 「ふ~ん?」 教科書とはこんなにカラフルだっだろうか。 ぼくが店で使っていたものは単色でイラスト等も全然入っていない全然楽しくないものだったが、圭ちゃんが鞄から出したものはイラストが多く色もカラフルだ。 しかも便覧とはなんだろうってその冊子の表紙をまじまじと見る。 「えーと。ここだ…“若紫”は古典作品に出てくる登場人物だよ」 圭ちゃんは取り出した冊子をそれぞれ開いて、ぼくにも分かりやすいように説明してくれた。 若紫は源氏物語と言う作品に出てくる人で、光源氏と言うプレイボーイに見初められた小さな女の子が光源氏好みに育てられ結婚すると言うのだ。 しかも初恋の相手が死んだ母親に似た父親の後妻の継母で、その継母をNTRするんだから中々冒頭から凄い話だなと思う。 「何そのひかるげんじってやつ!サイアク!!」 「だから玲は1回勉強してるだろ!今度、古典作品の宿題出すからな!」 「えー。ニホンゴムズカシイヨ」 「玲はかなり日本語分かるだろ?片言で喋っても駄目」 夫婦がじゃれ合うのをBGMにぼくは圭ちゃんに言われた事を反復していた。 確かにぼくは色々な“パパ”達の好みに育てられてきて、今は大好きなパパと一緒に居られるから確かに“若紫”と言うのは合ってるかもしれない。 でも最近パパは他の男達の調教が気に入らないと言って、ぼくの再教育に余念がない。 本当は少し反応していた男の象徴も少し前から勃起もしなくなってきて少し不満に思っている。 別に擦られたり弄られたりすれば気持ちいいけど、何回も気持ちいいのも辛いときがあるのでパパにはやめて欲しいとお願いしているのだがやめる気はないと言われた。 思い出したら何だかどんどん胸がモヤモヤしてくる。 「でも、まだ漢字はむずかしいヨ」 「それは少しずつ覚えていけばいいよ。だから宿題がんばろうな」 「うん!けいちゃんとがんばる」 パパの事でもやもやしていると、まだまだ仲良しの二人が目に入ってぼくもなんだかその会話に和んでにっこりしちゃう。 やっぱりここのおうちは居心地がいいなと思いながら圭ちゃんの空いている手をぎゅと握った。

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