63 / 120
サプライズバースデー2
「ちょっと待て博光!」
俺が部屋から出ようとドアノブに手をかけた所で呼び止められた。
俺は仕方なく振り返ると、思案顔の博英がこちらにドスドスという明らかに不機嫌な様子で歩いてくる。
「てめぇ何でそんな大切なこと黙ってんだよ…」
「兄さんが良からぬ事を考えるからに決まってるだろ!」
俺に凄みを利かせてくる博英に早速面倒になってきていた。
早く帰りたくて仕方がない。
「前日に命の友達の子も誕生日だから、泊まりがけでどこか押さえて祝うんだよ。だから会合には行かないからな!」
俺はそれだけ言い放つと、再び扉の方へ向き直りドアノブに手をかける。
ドンッ
衝突音にそちらに目をやると、扉に勢い良く振り出された博英の足がめり込んでいる。
「待てっつんてんだろ…」
「実の兄に壁ドンされても萌えないでござる」
「は?俺…お前が時々何言ってるか分かんねぇわ」
俺より低い身長の兄さんに壁ドンされても本当に萌えないし、大柄な男が少女漫画の様なシチュエーションに遭遇してもただただ気持ち悪いだけだ。
そもそもこれが壁ドンなのかも怪しい。
朝のパンを咥えて運転がいけなかったのだろうか。
そんなフラグはいらないでござるよ。
今の博英は凄みを効かせ本職丸出しだから、こんな男に壁ドンされても女の子はときめくどころか失神してしまうのでは無いだろうかと場違いなことを思ってしまう。
俺は観念して身体をずらし、ソファーに歩み寄るとドカリとソファーに座った。
シュボッ
俺はポケットから取り出した煙草に火を着け、大きく息を吸い込んで煙を肺に送り込む。
「それで、若紫の誕生日だって?」
「そうだよ…」
俺の向かいのソファーに俺と同じ様にドカリと博英が腰を降ろして、煙草に火を着けている。
俺は本当に渋々という感じで返事をしたのだが、全く気にしている様子がない。
「ならパーティーしきゃな!」
「いえ。結構です」
「あ?何か言ったか?」
「何でもない…」
博英の予想通りの言葉に一度は断ってみるものの、うまく言い返せる訳もなく頭痛がしてくる。
イベント事が大好きな博英に命の誕生日を言えば、必ず何かすると言い出すのは目に見えていた。
だからわざわざ言わなかったのに、タイミングが悪るかったとしか言い様がない。
会合なんて本当に不定期に行われるのでそれの時期を読むことは難しい。
今回は本当に運とタイミングが悪かったとしか言えない。
断ると、この先何があるか分からないのでここまできたら大人しく話を合わせておくしかないので俺は大きなため息をついた。
「で、会場は適当に押さえておくが…若紫はいくつになるんだ?小学生だろ?」
「いや…」
「なんだ?まだ幼稚園か、保育園か?小学校に上がるんならランドセル買うのもいいな…」
完全に命を子供だと勘違いしている博英は自分の娘の事を思い出しているのか楽しそうだ。
因に姪っ子は今8歳で命より背も大きいから勘違いするのも無理はない。
「命にランドセルは要らないよ…あいつ今18になるんだから」
「は?冗談だろ…」
「あんなナリなのは成長が止まってるからだよ」
俺が大きく息を吐き出すと、息と一緒に煙草の煙も吐き出されていく。
辺りが煙で一瞬霞む。
俺の言った事が信じられない様子の博英は煙草を硝子の灰皿に押し付け大きなため息をついている。
しかし、ため息をつきたいのは俺の方だ。
「10年前に、うちのシマで得体の知れない薬が出回った事があるだろ?」
「あぁ…見た目は飴玉だけど、依存度の高いやつだったな?あれがどうした?」
「あれを作った男の実験動物として飼われていたのが命だよ…」
「ガキが飼われてたとは報告来てたし、処分しろとは言ってたが…は?その時のガキか!!」
博英の顔が驚きに変わる。
確かにあの時よりは少しは成長しているが、命はどう見ても同年代の翔などと比べるまでもなく小さい。
もっと言うならば、8歳の姪っ子より年下に見えるほどだ。
「俺は博之が連れて行ったのは、てっきり何処かで気に入った女に産ませた子供かと思ってたぞ」
「あの頃の俺に出会いがあったと思うか?」
「まぁ確かにそれもそうか…」
自分で言っていて情けなくなってきたが、博英は納得したのか新しい煙草に火を着けている。
今のネットショップは遊び感覚で始めたのだが、 中学の頃から引きこもっている俺に早々出会いなんてあるはずもない。
むしろ仕事柄会うのは男ばかりだ。
創作方面では多少女性には会うが、あくまでも仕事での話しかしないので出会いなど皆無だった。
兄さんが任されているシマに居る女の子達は近付くとろくなことがないし、平穏が一番とさえ思える。
「分かった…もう帰っていいぞ!あ、扉の凹みは追って請求するから」
「は?!あれは兄さんが自分でやったことだろ!」
「お前が素直に話せば済んだことだ…」
理不尽だと感じても逆らえない自分が憎らしい。
これ以上ここに居ても良いことなど何も無いので足早に事務所を後にする。
朝一番で呼び出され、タダ働きの上に勝手に兄さんがキレれて壊した扉の修理代を請求されるとは踏んだり蹴ったりだ。
+
玲ちゃんの家の最寄り駅の前を通りかかったところで見知った人物の後ろ姿が見えた。
「翔!」
窓を開けて名前を呼ぶと、翔は周りをキョロキョロと見渡し自分を呼んだ人物を探している。
「今帰り?」
「あ、パパさん」
車を近付けると、翔の顔がパッと明るくなるのが年相応の反応で面白い。
「バイト終わったの?」
「家庭教師のバイトに行ってきて…」
「あ、今から家に行くから一緒に行こう?」
「ありがとうございます」
俺が助手席に目配せすると、翔はいそいそと車に乗り込んでくる。
助手席に乗り込んだ翔はジーパンにパーカー姿で、実に大学生らしい格好だ。
シートベルトをしたのを見届けて俺は車を発信させる。
「家庭教師ってどんな子教えてるの?」
「中3の男の子だったんですけど、今日で最後だったんですよ」
「あ~。受験終わっちゃったもんね」
「そうなんですよ…またバイトしないと厳しくって」
翔は疲れた様子でシートに深く腰かけた。
バイトを探さなければいけないと言いつつ、どこか満足そうな顔をしているので教え子はきっと良いところに合格したのだろう。
「うちでバイトすればいいよ。その方が圭介も安心だろうし…」
「親父はそんなこと思わないと思いますけど?」
「そんな事ないよ…。圭介はあれでも翔を心配してるよ」
「う…。そう、ですかね?」
俺がギアから手を離してポンポンと頭を撫でてやると、少し照れた様子で俯いてしまった。
翔は圭介の手によって施設に預けられていた時期がある。
“狼”がそこを突いてきているのはそれだけ翔にとって辛く、悲しい過去であり心に暗い影を落としていると言うことだ。
しかし、圭介は玲ちゃんばかりを気にかけている様にも見えるが、きちんと息子である翔の事も気にかけていると感じる。
そう言うところが俺とは違うところだと関心しているのだ。
「俺は手伝ってもらって、逆に助かってるから勤務増やして欲しいくらいだよ」
先日のバイトから週一回軽作業に来てくれると約束していたのでもう少し勤務を増やして欲しいと打診してみる。
玲ちゃんが心配している“狼”の牽制にもなるかと思っているのでちょくちょく言ってみようと思う。
「じゃあ車を停めて行くから、先に行ってて?」
「はい。ありがとうございました」
俺は来客用の駐車スペースに車を停めるために翔に降車を促すと、翔は礼儀正しくお礼を述べてから車を降りていく。
失礼な話かもしれないが、圭介の息子にしては翔は本当に人間のできた子だと思って関心してしまう。
昔の翔を何度か見たことがあるから尚更そう感じてしまうのかもしれない。
「あぁそうだ…予約を入れておかないと…」
玲ちゃんに朝約束した食事の事を思い出して俺はレストランに予約の電話を入れ、その後送迎の手配もしておく。
自分の車は組の下の奴らにどうにかさせようと思って電話を済ませ、マンションに入る。
「え?待っててくれたんだ」
「何だか先に行くの気が引けたので…」
マンションのエントランスに入ると、翔が待っていた。
「ありがとう。本当に翔は良い子だね」
「うわっ!そんな事ありませんよ」
俺は頭をぐしゃぐしゃと撫でてやると、はにかんだ様な笑顔が溢れる。
そんな翔の顔を見ていると男に興味がない俺でも早く“狼”を追い詰めて、“赤ずきんちゃん”を食べてしまいたいという衝動に駆られた。
そう考えると、至って平凡な顔の翔はそこら辺のモブ×とはやっぱり違う魅力があるのだろう。
ともだちにシェアしよう!