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サプライズバースデー3

「ただいま」 「おじゃまします」 翔の後に続いて家の中に入ると、リビングのテーブルの所で圭介が作業している。 命は圭介の膝の上でそれを見ているし、玲ちゃんはテーブルの横で微笑ましく2人を見ていた。 「あ、しょうちゃんおかえりなさい。パパさんもおつかれさま!」 俺と翔に気が付いた玲ちゃんは直ぐにこちらに近付いてくる。 「今日は急に頼んだのに、色々ありがとう。遅くなってごめんね?帰り際にちょっと捕まっちゃって…」 「だいじょうぶヨ!ふたりとも座って?なにかのみものいれるね」 「あ、いいよ。これから約束してた食事行こう?」 台所に向かおうとした玲ちゃんを引き留めて朝の約束を口にする。 すると玲ちゃんはとびきりの笑顔になって圭介の方に飛んでいく。 「けいちゃんごはんだって!」 「あ、若旦那ありがとうございます」 圭介は机の上の書類を軽くまとめて脇に寄せると俺の方を見たのだが、何だか緊張したような面持ちなのが気になる。 「若旦那…食事の後でいいのでお話が…」 「ん?なら、まだ時間があるからちょっと外行くか?」 俺が顎をしゃくると圭介はコクンと頷いた。 命を膝からおろして、玲ちゃんの方に行かせると命は玲ちゃんと手を繋いで何やら楽しそうに話はじめる。 「翔…LINEしたら二人を連れて下に降りてこい」 「分かった」 圭介が翔に声をかけると、翔はぶっきらぼうに返事したのでさっき俺と話していたのが影響しているのかもしれない。 そう思うと微笑ましい。 「それで?俺に話って何だ?」 マンションの下に来ると以前と同じく圭介と近くの公園へ向かう。 日が沈み、周りの空気が冷えてきた。 まだまだ夜はコートが必要だと感じる。 「言いにくいのですが…」 「ん?」 俺は近くにあったベンチに腰かける。 それを追って圭介が横に腰を降ろすと指を忙しなく動かし、膝を指でトントンと叩いているのが目に入った。 圭介は実質的には俺より年齢は上なのだが、若い頃に組の世話になっていたせいなのか俺の方が立場が上と思っている節がある。 目上の人間には追従するものだと思っていてそれは古臭い考えかもしれないが、義理堅いといえばそうなのだろう。 「あんた、子供になんて教育してんだ!」 「んん?」 圭介の意を決した様に言い放った言葉に、俺は頭が疑問符で埋め尽くされる。 今日一体何があったというのだろうか。 「命ちゃんに聞いたら、“学校はセックスする場所だ。間違っているか”と言われましたよ!あんな小さな子がそんな事言うなんてどんな教育してるんですか!」 「へぇ。圭介もやっぱり先生なんだな…」 「なっ!!俺は真面目に!!」 声を荒げる圭介を見て、俺は変に関心してしまった。 話が唐突過ぎて表情を作り忘れていたからなのか、圭介の顔が怒りとも呆れともなんとも言えない表情になる。 「んー。いい加減圭介になら少しは話してもいいかもな…前はうちの下っ端してた位だし」 「は?話すって何を」 「あぁ。命の過去だよ」 俺はなんの気無しに言ったが、そろそろ頃合いなのかもしれない。 あの世間ずれした命の真実を知られても、玲ちゃんを受け入れた圭介なら命の事も知っても受け入れてくれるのではないかと思ったのだ。 「先に言っておくけど、命は学校に通ったことないぞ」 「まぁ…話を聞いてたらそんな気がしました。勉強は家でするもんだって言ってましたし、予習や復習は家でしますけど、学校に通わず家庭で学習をしている子供は何かしら理由があります。でも、あんな事を言われたのははじめてです」 「ははは。“学校はセックスするところ”か…」 俺は大きく息を吐きながら空を見上げた。 まだ空は冬空で、空気が澄んでいるのか星がうっすらと見える。 俺の吐いた息は白く、煙草を吸っている時のようだがその白い息はすぐに空中に消えていってしまった。 「ははは。でも、お前に関してはあながち嘘じゃないだろ?」 「それは…」 言い淀むと言うことは図星なのだろう。 玲ちゃんは男を引き付ける何かを持っている。 圭介もその一人だったのだろうし、そうでなければ玲ちゃんを自分の籍に入れて事実上“嫁”にする事などないだろう。 そんな関係を自分の生徒と築いたとなれば、当然学校などでも致しているであろうし、俺の事を一方的に攻めることもできないはずだ。 「命は実験動物として飼われてたのを、俺が部屋に引きずりこんだんだ」 「は?」 まぁ驚くのは無理もない。 若気の至りでうちの組の手伝いみたいな事をしていた様だが、いい意味でも悪い意味でも圭介は一般人なのだ。 血生臭い裏世界の事を少しは知っているのかもしれないが、本当に“少し”なのだろう。 下っ端のチンピラが知らされて居ることなんてそう多くはない。 そんな圭介だから、玲ちゃんも自分の出生の事や幼少期の自分の境遇などを圭介に話せないのかもしれない。 しかし玲ちゃんの場合は言葉が追い付かないのもあるのかもな…とも思う。 「玲ちゃんの動画と一緒に命のも見たんだろ?あれ見てどう思った?」 「・・・・」 「突然連れていかれた命を待っていたのは男達の欲求を満たす為の肉人形としての人生で、人以下の扱いを受けている存在が学校に行ってると思うか?」 俺の問いかけに流石の圭介も言葉が出てこない様子だった。 当然だろう。 性的暴力で幼い体を散々弄ばれてきた存在が人間らしい生活を送れるはずはない。 「俺も、命がお前の家に行く少し前に命と再開することがてきたんだ。だから俺にそれを言われても困る」 「そうでしたか…スミマセン」 本来なら俺が改めて命に色々と教えるべきなのだろうが、最低限の教育は店で受けている様なので特に訂正をしようとも思わなかった。 話の突拍子の無さと言えば玲ちゃんも命と五十歩百歩だ。 とりあえず、俺は何も知らないというスタンスを貫いて圭介を懐柔しようと考えた。 少し話してもいいとは思ったが、全部を話す必要はない。 一般人は一般人なりの内容でいいのだ。 「さぁ…飯に行くぞ!今日は兄さんに付き合わされて最悪だったんだ」 「はい」 納得はしていないようだが、俺もこれ以上話すつもりも無いので腕時計で時間を確認してベンチから立ち上がる。 圭介は俺の言葉に携帯を操作しはじめたので翔に連絡でもしているのだろう。 時間的にも手配していた車が来る頃なので丁度だ。 「あ、命…自分で歩かなきゃ駄目だろ」 「きょうはれいちゃんとおでかけしたからいいの!」 翔達がマンションの下に出てくるのを確認した俺達は子供達の側に寄っていく。 命は翔の腕に抱かれ、べったりとくっついていた。 「玲ちゃんと?」 「そう!けいちゃんにおべんと届けに行ったの!」 「あぁ…だからか…ふーん」 何故圭介が急に俺に進言してきたのか、俺は瞬時に納得がいって当の圭介をちらりと見やる。 するとスッと気不味そうに視線を反らしたので、朝すり替えておいた眼鏡の映像を見るのが楽しみになってくる。 因みに眼鏡には小型のカメラが搭載されており圭介が見た視線の映像が録画できるようになっている。 先程、翔と一緒に帰宅した際に自分の物と圭介のを元に戻しておいたのだ。 「今日は玲ちゃんと前に約束していた焼肉だよ?お迎えがもうくると思うから待っててね?」 「やきにく!レイすっごくたのしみ!!」 俺の“焼肉”という言葉に玲ちゃんは鼻息を荒くして興奮気味だ。 目までがいつも以上にキラキラとしていて本当に見た目に反して肉食系だなと思って口許が緩む。 すぐに迎えのワゴン車が到着してそれに乗り込んだ。 「好きに食べてね?」 「わ、若旦那…本当にいいんですか??」 店に到着するとすぐに個室に通され、お通しが出てくる。 内装は焼肉店と言うよりは中華料理店といった方が良いような落ち着いた内装となっていて、圭介はその内装に既に怖じ気付いている。 「ん?取りあえず最初に盛り合わせが来るし、ちゃんと前菜も出るぞ??」 「いや…そう言う事じゃなくて…」 「ここの紹興酒は年代物で旨いぞ」 俺がにっこり笑うと、圭介の顔がヒクッとひきつった。 そんなに驚くほどのものでもないだろうに。 「はー。うまっ!この肉何だ!!トロける!!」 「親父…やめろよ…でもウマイ…」 「パパさんおにくとっても美味しいよ!!」 肉がどんどん目の前で消費されていくのは圧巻だった。 圭介はマッコリを飲みつつ肉をほうばり時には頭を抱えて感嘆しているし、翔は肉を焼きつつ皆に気を配りながら舌鼓をうっていた。 そして玲ちゃんといえば、ハムスターよろしく頬に肉を詰め込みもぐもぐと口を動かしている。 普段の玲ちゃんからは想像できない姿に、俺は年代物の紹興酒を飲みつつ微笑んだ。 「命…肉も食べなさい!肉も!」 「玲!!いじきたないからやめなさい!!」 店員を呼びつつ次の肉を注文する玲ちゃんの横で、命はのんびりとサンチュを兎の様にしゃくしゃく音を立てながら食べている。 翔が焼いてくれた肉も、タレに浸かったままだ。 「いいよ。沢山食べてね玲ちゃん。命はあんまり食べないからつまらないんだ」 慌てる圭介を制止しつつ、俺はプチトマトのヘタに苦戦している命のトマトを取り上げて、ヘタを取って口の中に放り込んでやった。 玲ちゃんも、もう一人で何人分の肉を平らげたのか分からないがそれはもう圧巻だった。 「パパさんは、みことちゃんが太ったらどうする?」 「ん?命は痩せすぎだからもう少し肉がついてほしいとは思うよ」 「だって!よかったね…みことちゃん!!」 「うん」 だいぶ勢いは収まったが未だ肉を食べ続ける玲ちゃんに聞かれ、俺は命に冷麺の上の卵をやりつつ考える。 今朝ももう少し肉がつけばいいと思っていた所なので素直に返事をすると、玲ちゃんからも命からもとびっきりの笑顔が溢れた。 「ほら翔も人の世話焼いてないで、自分も食べる!」 「え?あ、はい」 もう一人の子供である翔からトングを奪って網の上にある肉を焼けた物からどんどん乗せていってやる。 それを懸命に食べる翔も小動物みたいで可愛らしい。 今日は踏んだり蹴ったりだったが、こうやって大人数で食事をしていると、まだ実家にいた子供の頃に兄さんや組の人間と食卓を囲んだことを思い出して穏やかな気持ちになっていた。

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