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サプライズバースデー9

会場が決まったからと朝から博英に呼び出され、いつものごとく事務作業を手伝わさせられている。 「はぁ…」 「何だよ朝から辛気臭い声出すなよ」 入力作業にある程度目処がついた頃、俺は大きく溜め息をついた。 そんな俺の声に経済新聞を読んでいた博英が嫌な顔をする。 「これ位、事務の子にさせろよ」 「は?あの子はおっぱい担当だから、受付に居て茶を出してるだけでいいんだよ!」 「いつの時代だよ…。じゃあ、あの眼鏡の子は?」 「先月から産休なんだ」 色々突っ込みどころが多すぎて流石に頭痛がしてきた。 頭を押さえ、更に俺は大きく溜め息をつく。 「もうちょっと雇う時に頭に実が詰まった子雇えよ…」 「あんまり深入りして、それを他に洩らされたら困るだろ?それに使えなくなったら泡で稼がせるか、下の奴等とくっ付けるからなぁ」 「おいおい」 もう予想外の返答過ぎて現実逃避したくなった。 これ以上話していると更に頭が痛くなるだけだと思い、書類を処理することに没頭する。 「そう言えば、兄さんの所に何人か借りに行ったんだろ?」 「もう欲しい情報は集まったよ」 博英は思い出したように俺に話しかけつつ新聞をガサガサいわせページをめくっている。 特に興味が無さそうなので、単に世間話なのかもしれない。 「へぇ。やっぱりうちの奴等は優秀だな」 「今回は比較的簡単だったと言われたけどな…」 しばらく静かな部屋には、カタカタとキーボードを叩く音と新聞を捲るガサガサという音が支配している。 「そういえば、忘れてたけど…会場どこだ?」 「あ?言ってなかったか?」 「来て早々これやらされてるからな!」 「そうか?」 俺は嫌味をこめて言ったつもりなのだが博英はまったく意に介していない。 「○○プリンスホテルの別館の離れに予約してある。若紫はでかい会場苦手だろ」 「え!○○プリンスホテル!!」 何でもない様に言うが、○○プリンスホテルは最近建設されたセレブリティが売りの高級ホテルだ。 そこのラウンジのケーキが凄く美味しいので食べてみたいと命の友人である玲ちゃんが言っているのを聞いたことがある。 「あそこ、今予約取りにくいんじゃないのか?」 「会場は結構空いてるらしいぞ?」 「ふーん」 まぁ博英が予約したのだから間違いは無いだろう。 どういう手段を使ったのかは聞くのも野暮だろうからあえて聞かない事にしよう。 「ケーキも用意するように手配はするが、好みとかは直接連絡しとけよ?」 「ん…ありがと」 「お前の礼なんて久々に聞いたわ」 博英に笑われてしまったが、何かしようとしてくれている事が嬉しいので今日はあえてそれに対して反論しないでおいた。 そもそも博英に反論するとろくなことがないのも事実なので、ここはぐっと言葉を飲み込んでおく。 「ええ…お願いします」 ピッ 俺は電話を切ると外を眺める。 博英に押し付けられた仕事を早々に終わらせ、一旦家に帰ってきていた。 命は習い事で居ないし、ショップの仕事も特に切羽詰まってないので暇で仕方がない。 それにしても窓の外は日差しが随分と暖かくなってきて、散ってしまった桜の木も青葉が目立ち始めている。 「はぁ。それにしても…つまらないなぁ」 先日“狼”を散々挑発してやったのに、あれから全く音沙汰がないのだ。 翔にはバイト先が同じなので、何かにつけ連絡などはしているようだが特に動きはない。 しかし、資料では気に食わない相手には恐喝や暴力などで言うことを聞かせるとあったのだが拍子抜けだ。 「久々に時間があるから立体でもするか…」 珍しく命も居ないので、密かにしている同人サークルのグッツ作りでもしようかと趣味の部屋に向かう。 部屋にはキャラクターのグッツやフィギュアが飾ってあるガラスケースやBlu-rayが並べてある棚などがある。 趣味の部屋の横には続きの部屋があって、その部屋でグッツを作ったりしている。 命も入らない部屋の中にはグッツ作りの資材が置いてあったり、キャラクターの資料などが壁に貼ってあったりする。 「うわー。材料切れてるの忘れてた…」 資材の棚を見ると、大事な材料が何個か足りないことを思い出す。 最近一人でゆっくり創作活動をしていなかったのもあるし、なかなかフィギュアなどの大物を作る気持ちになれなかったのですっかり失念していた。 「しかたない。買いに行くか…ついでに昼飯でも食べに行こうかな」 家に居てもどうしようもないので資材を買いに行くついでに、少し遅いが昼食にでもしようと再び家を出た。 天気もいいし久々に散歩がてら歩いて行こうかなと考えながら結局地下の駐車場に来てしまった。 「ん?」 車のフロント部分に白い紙がワイパーに挟んであるのが見えた。 自分の駐車スペースなので、警告文の類いではないはずだ。 それを取り上げると2つ折になっていて、中には一行だけ文章が書かれている。 「うーん。0点」 俺は紙に書かれている内容を見て、大きく溜め息をついた。 紙には“お前の秘密を知っている”と一言だけ書かれていたが、俺に宛てた物だとは分かるがインパクトに欠ける。 普通なら誰しも何かしらやましい事や、人に知られたく無いことはあるだろうし、これ位の内容でも不安感を煽っていいかもしれない。 しかし、俺の秘密は手を出すと“狼”も無傷では居られないであろう事は容易に想像できる。 それに俺は別に知られたからと言って困ることは何もない。 あったとしても、当事者を潰せば済むと思ってるからこれしきでは脅しにもならない。 だからこんな陳腐な手紙が来たことに正直がっかりしていた。 「スタートにしては随分とお粗末だな」 俺はその紙を丁寧に折り畳むと、ジャケットの内ポケットにそれを仕舞いこむ。 完全に出鼻を挫かれた俺は車に乗り込んで、カフェに行く事にした。 「あれ?今日は遅いんですね」 「ちょっと午前中に用事があってね…」 行き付けのカフェに来たところで、すっかり顔馴染みになった店長に声をかけられる。 今日は平日だし、しかもランチの時間を少し外れているので人は疎らだ。 「何だかお疲れですね?」 「ちょっと出がけに期待していた物が届いたんですけど、中身がショボくてがっくりきちゃって」 「あ、通販とかですか?たまに失敗しちゃいますよねぇ」 店長さんの人の良さそうな顔を見てると少しはましになったけど、本当にあの“狼”のチャラチャラした見た目に反してのこの体たらくはいただけないと何度も思う。 資料を見た時から“狼”は好きになれない部類の人間だと思った。 脱色しすぎて痛んだ人工的な金髪に、ブランド物なのだろうが付けすぎて逆に安っぽく見えるシルバーのアクセサリー。 極めつけはこれまたカラーコンタクトで人工的に作られた瞳の色。 何から何まで憎たらしい弟の事を思い出して仕方がない。 まぁ弟は“狼”の様に頭は良くなかったが、それにしても似た点が多すぎる。 「送り先にちょっと返品してみて、返事を待つことにします」 「そうですね!返品できるならそうしたらいいですね」 俺は良いことを思い付いてにっこり笑って店長さんとの話や食事を楽しんでから、店を後にした。 ちょっといつもより食べ過ぎてしまったが、この事は命には内緒にしておこう。 命が玲ちゃんなどに話してしまうと、後がめんどうだ。 「おい!」 「はい?」 カフェから少し離れた人気のないコインパーキングに車を取りに来た所で、如何にも柄の悪い男が遠くから声をかけてきた。 これも“狼”の仕業なのだろうが…。 「2点」 「はぁ?何言ってんだよおっさん!!」 よくも、こんなあからさまにそっち系の車に乗っている俺に絡んでくる様に仕向けたものだ。 俺の車は黒塗りのセダンで窓はスモークが貼ってあるので職質されることも多い。 しかも近付いてくる男はチンピラでも下の方なのがありありと分かる。 「ちょっと一気に疲れたから今度にしてくれない?」 「何、訳の分からないこと言ってんだよ!」 急に勢いをつけて殴りかかってくる男をすっと避けると、その男はその勢いを殺せず倒れこんだ。 「くっそ!なめやがって!」 それに逆上した男は、ポケットから折り畳み式のナイフを取り出す。 何でこういった人種は短絡的で、逆上しやすいのだろうか。 単純にも程があるだろうと呆れてしまう。 「うおぉぉぉ」 「はぁ…」 セオリーの様に声をあげながらこちらに向かって来る男を俺は冷めた目で見ていた。 何で声を出さないと向かって来れないのだろう。 静かに来ればそれはそれで効果があるのに。 そんな事を思いながら男を避けて、腹に膝をめり込ませた。 「ぐおっ」 「1点減点だな」 倒れこんだ男を一別して、俺はスマホを取り出す。 こんな男でも利用価値があるので取りあえず、男を回収するように連絡を入れておく。 なかなかのお粗末さにため息が出る。 まだこんな低レベルな茶番につきあわなくてはならないのかと俺は嫌気がさしていた。

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