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サプライズプレゼント1
辺りが暗くなり、ぼくの周りだけが明るくなる。
何が起こったのか分からなくて周りを見回してみるがスポットライトの外が見えない。
そうしているうちに、ぼくの目の前には大きなケーキが運ばれてきた。
ケーキの上にはローソクが乗っているが、どうすればいいのか分からず固まってしまう。
「命?」
パパが心配そうに近付いて来てくれるが、ぼくは未だに状況が掴めず動けずにいた。
パパが変わりにそっとローソクを吹き消すと、周りからは大きな拍手が起こり祝福の声が聞こえる。
「では、ビンゴ大会を再開しましょう!」
司会者は玲ちゃんの時みたいに何事も無かったように進行をはじめ、ぼくへの関心はステージの方に移った。
「みことちゃん!BIRTHDAYだったの!?」
「え?命ちゃんお誕生日今日なの?」
「命くんごめんね!しらなくって…」
他の来客者はステージの方を向いているのに、玲ちゃんたちが急いでぼくの方へ駆け寄ってきた。
しかし、ぼくはそれを現実味のない感覚で見ていた。
「命どうした?」
「え?」
パパの言葉にやっと気が付いたぼくは、一人一人の顔をじっと見る。
すると悲しくも無いのに目頭がどんどん熱くなって鼻の奥もつーんとしてきた。
気が付いたときにはボロボロと涙が溢れはじめる。
「み、命ちゃん??」
そんなぼくに、パパのお兄ちゃんも驚いたのかぼくを床に降ろしてくれる。
ぼくは、降ろされた瞬間にここには居ちゃいけないと思って出口の方へ走り出した。
「え!命!!」
「みことちゃん!!」
後ろからは珍しく皆の慌てた声が聞こえるが、ぼくはそれどころではなく無我夢中で走る。
いつもだったら重くて開けられないであろう扉は、幸運なことに扉はぼくが押しただけで開いた。
いつもは引きつるような足の痛みも感じない。
それからぼくは再び無我夢中で走る。
本当は嬉しくて嬉しくて堪らなかったのだが、胸にあるこの気持ちをどうすることもできなかったのだ。
「はぁ…はぁ」
どんどん息が苦しくなってきて、走る速度がどんどん遅くなってくる。
そこでようやく立ち止まると、うっすら開いている扉があった。
ぼくは吸い込まれるようにその部屋に身体を滑り込ませた。
「はぁ…はぁ…ふぅ」
ぼくは壁伝いにしゃがみこむと、膝を抱える様に身体を小さく丸める。
今まで誕生日と言うものを祝われた経験などなかった。
それは店に居る時も同じで、まだぼくが色々な男の所を転々としている頃。
もう誰に言われたかも定かでは無いが、冬が過ぎれば1つ歳を取るんだよと言われてからぼくはそう思ってきた。
だから、先程暗くなったのは玲ちゃんの誕生日の延長なのだと思っていた。
そしてぼくにスポットライトが当たって居るのに気が付いたときにはぼくの頭は真っ白だった。
「何で今更たんじょうびなんて…」
後からよく考えればぼくがずっと欲しがっていた戸籍が手に入って、ぼくはやっと“人間”になったのだ。
戸籍には誕生日の欄もある筈だから当然だが、この時のぼくはパニックでそこまで頭が回ってなかった。
「うぅ…」
「え?」
ぼくが考え事をしていると、奥からとても小さな小さなうめき声が聞こえてきた。
微かに扉が開いていたので入ってきてしまったが、人が居たのだと気が付いて部屋を出ていこうと立ち上がる。
「う"っ…う"う"」
しかし、苦しそうな声に流石に心配になって声のする方に近寄ってみる。
もしかしたら何かの病気なのかもしれないと思って、思いきって声の主の様子を見ることにした。
「だいじょうぶですか~」
部屋の奥には衝立が置いてあり、その後ろから声が聞こえている。
ぼくはそぉっとそこから奥を覗くと、黒髪の男の人が一段高くなった畳みに寝ているのが見えた。
「あのぉ…」
「う"う"」
その人は身体を丸め何かを必死に耐えている様だ。
ぼくがそこに近付くと、男の人の顔がはっきりと見えてきた。
「ひっ!!」
男の人の顔を見た瞬間、ぼくは一瞬にして恐怖感に包まれる。
そこに居たのはぼくをパパから無理矢理引き離し、金儲けの道具にしてきた張本人が居たからだった。
「う"う"うぅぅ」
しかし、呻き声にぼくははっとする。
パパの弟は寝ているようで無意識なのか身体を丸める様に動かしている。
冷静になって見てみると、パパの弟の見た目は昔とは随分と変わってしまっていた。
パサパサと毛先の傷んでいた金髪は今は綺麗な黒髪になり、自信に満ち溢れていた顔は寝ていても何処か苦しげなのが見て取れる。
何より顔はやつれ、目の下には隈が見えている。
「あれ…あしが…」
ぼくが改めてパパの弟の様子を見ると、襦袢姿で寝ている足元がおかしいことに気が付いた。
膝下から続いているはずの部位がすっぽりと無くなっているのだ。
普通は足がある筈の部分の襦袢の生地は床にぴったりとくっついている。
「ひっ!!」
ぼくは悪いと思いつつも襦袢の端を捲り上げる。
しかし、信じられない光景にぼくはすぐに襦袢を元に戻した。
パパの弟は膝から下が切断されたようで、膝から下の部位が綺麗に無くなっていたのだ。
傷口は白い靴下の様な物で覆われていたので直接は見えなかった。
しかしその傷が痛むのか、その傷を自分で擦ろうとしているのだが腕は首輪からのびている鎖に繋がれており、鎖は鳩尾ぐらいまでしか長さがないのでそれ以上手を下げられないようにされている。
首輪から伸びる鎖がガチャガチャと音を立てていた。
しかし、痛みが酷いのか懸命に手を動かし痛みを和らげようと必死になっている。
「うぅ…」
「だいじょうぶだよ…ぼくがなでてあげるから」
ぼくは目の前に居る男にされた仕打ちを一生忘れないだろう。
でも、今のパパの弟の姿には流石に同情してしまった。
一応ぼくには動く足があるし、大好きな人達がまわりに居てくれるのだからされたことは一旦置いておいて、弟の傷口を優しく撫でてやり痛みを少しでも緩和できる様にしてやる。
「ごしゅじん…さ…ま?」
「ちがうよ…」
「ひっ!誰??ごめんなさい。ご主人様ごめんなさい!!」
パパの弟がうっすらと目を開ける。
ぼくの顔をぼんやり見るが、はっきりと見えては居ないのか心ここにあらずといった様子だ。
ぼくの声に、パパの弟は急にパニック状態となり暴れはじめる。
「だいじょうぶだよ!ぼくひどいことしないよ!!」
「ごめんなさい。許して…もう、いたいことしないで…」
パパの弟は手を無我夢中で動かし、何とか自力でうつ伏せになった。
ぼくは這って逃げようとするパパの弟の胴体にしがみつくが、筋肉が落ちてるとはいえ自分より身体の大きな男に敵うはずもない。
弟の襦袢が床に擦れて、肩が露になってくる。
「・・・・!!」
するっと襦袢が落ちて、パパの弟の背中がみえた。
そこには登り竜の横に桜があしらわれた立派な刺青が施されている。
背中の全面に敷き詰められた色の群れに、ぼくは絶句してしまう。
「ごめんなさい。ご主人様…ごめんなさい。痛いの我慢するから…知らない人呼ばないで…いたいことしないで」
パパの弟は何かに必死に謝っている。
ぼくはそんな弟を哀れに思って、頭をぎゅっと抱き締めた。
「うっ…うぐぅ…ぐずっ」
「泣かないで…だいじょうぶ…だいじょうぶだよ」
パパの弟が嗚咽を漏らしながら泣きはじめてしまった。
ぼくは更にその頭を抱いてじっとしているがお腹に衝撃を感じるし、時々暴れて振り回される腕や首輪からのびている鎖が身体に当たる。
昔、玲ちゃんにしてもらって凄く落ち着いたことを思い出したからぼくは腕や鎖が当たって痛くてもじっと我慢をする。
「ごめんなさい。にいさんの事はなにも知らないんです。役立たずでごめんなさい。ごめんなさい」
「だいじょうぶ…今は誰もあなたをいじめる人はいないからだいじょうぶだよ」
とうとう腕も力なく畳みに落ち、ぼくの身体を抱き込むように腕を腰に回してくる。
鎖が脇腹に食い込んできて少し痛みを感じたがそんなことを気にせず、ぼくはそっと頭を撫でてやると髪はよく手入れされてるのかツルツルとさわり心地がとても良かった。
「すぅ。すぅ」
「ぼく…あなたを許すよ」
頭を撫でているうちにパパの弟はぼくの膝で寝入ってしまった。
ぼくは、頭をもうひと撫でするとパパの弟の襦袢を手を伸ばして元に戻しそぉっと立ち上がる。
入り口に歩み寄るともう一度部屋の奥を見て、ぼくは部屋を出た。
あんな姿になってしまった人をぼくはもう恨むことなんてできなかった。
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