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赤ずきんちゃん危機一髪
命と玲ちゃんの合同誕生日会の後に正式に書類を提出して晴れて俺と命は夫婦となった。
「パパさんありがとう!ホテルとっても楽しかったヨ!!」
「それはよかった…」
数日たったある日、翔のバイトにくっついて玲ちゃんがお礼にお菓子を持ってやって来た。
「お料理はおいしかったし、エステもはじめてしてもらったの!!」
「満喫してくれたみたいで何よりだよ」
玲ちゃんは興奮ぎみに俺に力説している。
命は翔と一緒に作業部屋で梱包の仕事をしているので、俺は玲ちゃんと昼食の準備をしていた。
「バーバラちゃんも可愛くてねぇ…毎日ブラッシングしてあげてるの」
「あれは翔が選んだんだよ?」
「翔ちゃんが?」
「玲ちゃんならきっと好きだって言って選んだんだよ?」
俺が野菜を洗い終わり玲ちゃんの顔を覗き込むと、とろけそうな笑顔で鍋を混ぜていた。
翔が選んだと言うのが余程嬉しかったのだろう。
なかなかこの継母には素直になれない翔だが、こっそり好みなども把握していて素直になれないだけで密かに認めているのは明白だ。
「そうだ…“狼”の事が分かったよ」
「え!」
「一応今のところは牽制をしてあるけど、俺的には期待はずれかな」
「パパさん。れいのはなしを信じてくれて、翔ちゃ…息子を守ってくれてありがとう」
玲ちゃんは鍋の火を止めて、俺の方を向くと深々と頭を下げた。
そんな仕草をする玲ちゃんを俺は随分“日本らしい”なと思った。
「気にしなくていいよ。“狼”のデータを渡し忘れてた…スマホに送っておくから圭介に見つからない様にな?」
「はい」
「一応英語では書いてあるから平気だと思うけど、圭介なら平気で君のスマホ見そうだからね」
「だいじょうぶ…れいは“秘密主義者”だから」
「それは心強いね」
玲ちゃんの肩にぽんっと手を置くと、顔をあげてにっこりと微笑んだ。
俺は命や、翔にするみたいに頭を撫でてやると俺にしか見せない少し子供らしい笑顔を見せてくれた。
「さぁ…パパさん!ふたりにおいしいご飯食べさせてあげなきゃ!!」
「そうだね」
俺と玲ちゃんは再び調理を開始した。
因みにちゃんと俺は手を洗ってから調理をはじめたし、今日のランチはサラダときちんとコーンから作ったコーンスープ。
トマト缶で作ったソースをかけるオムライスらしい。
玲ちゃんは手際よくチキンライスを炊飯器で炊き込みご飯みたいに作って、器用にそれを玉子で巻いている。
俺は、その横でサラダを盛りつけフルーツを切っていく。
「おー。いい匂いがする」
「いいにおい!」
命と翔が匂いにつられた様に戻って来た。
相変わらず命は翔にべったりだ。
圭介に翔を貰う宣言をしてから益々べったりになったようで俺的には少し面白くない。
「はい。パパさん!」
「はいはい」
俺はキッチンカウンターから皿を受けとると、ダイニングテーブルへ持っていく。
翔は命を子供用の椅子へ座らせてやり、自分も椅子に座っていた。
「凄い…」
「パ…ひろみつさんのぼくのと比べたら2倍だぁ」
机の上に皿を並べていくと、皿の中身を見た命がふふふと笑う。
翔と玲ちゃんの物は普通のサイズなのだが、俺のは二人のより一回り大きい。
食べ過ぎは玲ちゃんに注意されるが、普通のサイズだとどうしても物足りないので普段から俺のは少し大きめだ。
それに比べると命は普通のサイズの半分程しか大きさがない。
最近では食べる量は増えたが、相変わらず少食なので量は少な目だ。
だから俺と命の皿を並べると面白いことになる。
「あれ?みことちゃんパパさんの事、お名前で呼ぶことにしたの?」
玲ちゃんがミント水の入ったピッチャーを持ってテーブルの方へやって来た。
命が俺を“パパ”と呼びそうになるのを訂正したのを聞いて首をかしげている。
「えへへ。あのね…ぼくもれいちゃんみたいに“結婚”したんだよぉ」
「わぁ!!本当だ!」
命が嬉しそうに玲ちゃんに指輪を見せていた。
命の指輪は玲ちゃんの物よりかなり小さく、ピンキーリング位しかないので無くさない様にとチェーンに通してネックレスにしている。
「それなら、お赤飯炊かなきゃ!!」
「うーん。ちょっと違うかな」
玲ちゃんは名案とばかりにぴょんぴょん跳ねるので、俺は思わず突っ込みを入れてしまった。
翔の事で赤飯が炊けなかった事が未だに引っ掛かっていたのだろう。
肝心の命は意味がわからずいそいそと指輪を服の中に戻しているし、翔は無表情で何処かをじっと見つめていた。
無我の境地というやつだろうか。
「おいわいと言ったら、やっぱりお赤飯ヨ!!」
「うん…命は分かってないみたいだよ?」
「え?」
命は俺達の話に飽きてしまったのか、サラダに入っているブロッコリーを観察している。
それを見た玲ちゃんはがっくりと肩を落としていた。
そんな仕草も、とっても“らしい”なと思う。
サラダには玲ちゃん特製の人参ドレッシングがかかっていて、命はそれに興味深々になっている。
「待たせるのもカワイソウね…ご飯たべましょ」
「あ、もう終わった?」
玲ちゃんの掛け声に妄想の世界からこちらの世界に帰ってきた翔が顔を明るくしている。
人は日々成長するものだ。
翔も現実逃避が上手くなって、聞きたくない話はあえて気を反らしている。
そんな光景もおかしくて、俺はこっそり笑いながらこんな和やかな日々がずっと続けばいいなと思った。
+
数日たったある日。
いつもの様に昼近くに目を覚まし、目覚のコーヒーを飲むためにリビングに向かうと珍しく物音ひとつせず、しんっと静まり返っていた。
普段だと命がテレビを見ながらのんびりしているか、何か作っている音が聞こえるのに人が居る気配すらない。
「あれ?命?」
部屋の隅にある命のスペースのラグの上で命が丸まって寝ているのを見付けた。
「ほら命。こんなところで寝てないで何か…おい!」
「うぅぅぅ…」
命を抱き上げようと身体に触れると、その熱さに驚いた。
しかも命の息は小さく荒い。
「どうした命!」
「パパ…」
俺が命をそぉっと抱き上げてやると発熱のせいでいつもより熱い身体に不安が募る。
俺の声に気が付いた命はゆっくりと目を開けた。
瞳には生理的な涙が幕を張っていて、茶色の瞳があめ玉のように輝いていた。
「パパ…からだ…」
「身体がどうした??」
「いたい…痛いよぉ」
命の瞳からポロポロ涙が溢れだした。
俺の前では滅多に泣かない命の涙に、流石の俺も戸惑いを隠せなかった。
俺はとりあえず命を病院に連れていこうと仕度をはじめる。
命の保険証と車のキーを持って、急いで家を飛び出した。
「今から病院に連れていってやるから、もう少し我慢してろよ?」
「びょ…ういん?」
「そうだ!病院に行くんだ」
「だめ…びょういん…パパが、うたがわれちゃう…」
「何言って?」
車に乗り込んだところで命を安心させるために声をかけたのだが、それに対して命は首を横に振る。
俺は意味が分からず戸惑うが、あることに気がついてしまった。
命の身体には無数の古傷の跡があり、命の壮絶な人生を物語っている。
切り傷や、煙草の火を押し付けられた根性焼きの痕など命の見た目からは想像できない様なものが身体中に散りばめられている。
それを普通の医者に見せれば俺が虐待を疑われ、尚且つ命の外見と実年齢の不一致は必ず追求されるであろうことは明白だ。
しかも限定的とは言え、法律的には命は俺のパートナーという事になっているので益々話は拗れる事だろう。
自分が辛いのにそこまで心配している命に、俺は頭の下がる思いだった。
「分かった…兄さん達が使ってる診療所にしよう」
半分意識の途切れかけている命に声をかけ俺は車を走らせる。
「命…今診てもらおうな」
都内へ向かう高速に乗り、俺は実家近くの寂れた雑居ビルに来ていた。
命を抱上げ、ビルの一室に急いで向かう。
階段は昼間だというのに薄暗く、コンクリートの壁には大きなひび割れ、電球もチカチカとタイミング良く瞬きしている。
建物自体にエレベーターは着いているが、点検をしていると言うシールが貼ってあっていつ止まってもおかしくない雰囲気が出ていた。
もう怖いという感覚より、よくここまでテンプレな物が揃ってるものだと変な感心に変わってきていた。
「じいさん急患だ!」
目的の部屋に着くと、勝手に扉を開けて奥に向かって叫ぶ。
「はぁ~。聞こえとるよ…」
奥の部屋から杖をついてゆっくり出てきた老人は嫌そうな顔をしている。
「なんだ…美世のところの三男坊か。でかくなったなぁ」
「そんなことよりじいさん!急患だって!」
老人は俺の顔を見上げると、呑気に世間話を始めたので俺は苛立ちはじめる。
「はいはい。聞こえとるよ。そこに寝かせろ…まったく年寄りは労れ」
老人の指示通り近くにあったソファーに命を下ろすと、様子をうかがっている。
「で、この子はどうしたんだ?お前の子供か?」
「いや…俺の“イロ”だ」
「外傷は見当たらんし、毒でも飲まされたのか?」
「それが分からないんだよ。床にうずくまって何か痛みに耐えてるのを見付けたんだ」
俺が状況を説明すると、老人は命の服をめくり触診をはじめた。
「熱もあるな。おい!お前さん何処が痛い?」
老人は命の背中や脇腹にある傷を一通り確認すると、命に声をかけはじめる。
「あし…せなかもいたい」
「他はあるか?」
「からだぜんぶ」
老人の声に、命は小さな声で答えている。
その間にも腹を押したり、腹回りの傷を見たりしていた。
「中は弄られてないのか?」
「おなかの中は何もされてない…」
「よしよし。よく頑張ったな!」
老人は近くの戸棚から点滴のバックを取り出し、点滴スタンドにそれを吊り下げる。
手際よく命の腕に点滴を繋ぐと、テープで固定している。
「一応痛み止めの点滴をしておくぞ」
「そんなに悪いのか?」
「なぁに病気じゃないよ」
「どういうことだ?こんなに痛がってるのに…」
老人の言葉が今一信用できなくて、俺は詰め寄るが老人はカラカラと笑うだけだった。
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