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赤ずきんちゃん危機一髪2
「それよりお前さん…こんな曰くがありそうな小さな子供囲って何を考えてるんだ?」
「チッ…闇医者にそんなこと言われたくないね」
「ハッハ!それもそうじゃな」
老人が面白そうに命を観察しているので、俺は忌々しい気持ちで舌打ちをするがそれすら面白がられてしまう。
「男の“イロ”は沢山見てきたが、こんな小さな子供を見たのは初めてじゃよ」
老人は点滴が効いて寝ている命の頭を撫でた。
「こっちも…色々あるんだよ」
「それで?引っ込み思案の三男坊は何処までしとるんだ?」
「なっ!!そんな事より命はどうなんだよ!!」
下世話な話題に、俺は顔をしかめて話を本題に戻す。
激しい痛みに襲われているようだが、病気ではないと言うのが俺には信じられなかった。
所詮相手は無免許の闇医者なのだから、判断が間違っていてもおかしくはないと思ってしまうのも仕方がないだろう。
「あぁ…心配することはない。ただの成長痛だ」
「は?成長痛??」
老人が何でも無いように言い放った予想外な言葉に、ポカンと相手の顔を凝視してしまった。
「そう。成長痛」
「は?何で急に…」
「この子は普段何か薬は飲んでるか?」
「え?確か…そのぬいぐるみの中に入ってると思う」
老人は命が抱き締めているぬいぐるみをそぉっと取り上げると、背中のファスナーをおろして中を確認している。
ガサガサと音が聞こえ、薬の束が出てきた。
「しばらくこの薬は飲まさん方がいいな」
「は?」
「この子はお前に心配をかけたくなくて、隠してたんだろうさ…」
「隠す?」
一応命が何か薬を飲んでいることは知っていたし、うちに戻ってきた時に実際に俺も飲ませた。
しかし、本人が薬の存在をひた隠しにしているのにそれを俺が追求するのにはなんだか気が引けてその事にはずっと触れないでいたのだが、老人に指摘されるとその言葉が胸に刺さる。
「かなり強めの抗うつ剤だな」
老人がぬいぐるみから取り出した錠剤の束を俺の方に寄越した。
俺はそれを無言で受けとると、寝ている命の様子を伺う。
俺の前では弱味を見せないようにしていたのだと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「で、この子供はどういった子供なんじゃ?」
「あるところで投薬実験で飼われていたのを、うちの組が引き取ったんだ」
「ほぉ?」
「でも弟のせいで命とは引き離され、命は10年間何処かで飼われていたらしい」
「あの四男坊か。それで、この傷ってわけじゃな…」
老人は納得したように命の服の下を観察している。
俺も日常的に見ている身体中の傷は、命の人生そのものだ。
何度痛くて、辛い思いをしたのかと想像するだけで胸が痛む。
「まぁ…生きているのが不思議な位、色々されたみたいだが小さな身体でよく頑張ってきたんじゃな」
「命も友達ができて、やっとゆっくり暮らせると思ったんだけどな…」
「おいおい。別にこれは死ぬ訳じゃないぞ。話を聞く限り、安心したんじゃろ」
老人は近くの丸椅子によっこらせと言いながら腰をおろした。
命の事を“これ”と呼んだが、気にしないことにする。
「安心?」
「今までずっと緊張しっぱなしの生活をしていたんだ。心安らげる場所で生活をし始めて、やっとこれの時間は動き出したんだろうな」
杖に顎を乗せて大きなため息をついた老人に、俺も近くの壁に寄りかかった。
言われてみればそうなのかもしれない。
最近の命はよく笑うようになったし、素直に感情表現もしてくる。
嫌な事はきちんと拒否するし、嬉しいことは俺に教えてくれるようになった。
「そんなお前さんに朗報じゃぞ?」
「なんだよ…」
「お前さんのところの四男坊は、今別の組に居るんじゃろ?」
「あぁ。うちの誰かを差し出せと言われたからな」
急に弟の話題が出てきたせいで、俺の機嫌は一気に急降下する。
なぜにこんな話をしなければならないのかとさえ思えてくる。
「なら、四男坊が足を無くしたのは聞いたかな?」
「は?」
「道明寺の組長に頼まれてなぁ。流石に重症の怪我以外で足を切ることなんて早々無いからな。久々に興奮たわい」
「悪趣味だな」
老人は流石闇医者というだけあって、常人では考え付かない事を言い出すものだ。
クラブが作った新商品がしばらく出ていないので道明寺組長の所へは行っていなかったのだが、弟も随分可愛がられて居るようだ。
しかし、この事は兄さん達には報告しない方がいいだろう。
「これも何かあったら、また連れてくるといい」
「実験動物じゃないんだ…緊急じゃなかったら、こんなキナ臭い所になんか連れてこない」
カラカラ笑う老人に、俺は吐き捨てる。
老人に言ったことは本音だった。
誰が好き好んでこんな怪しい所に命を連れてくるものか。
「命に何かある前に、どう考えてもあんたが先だろうな」
「それは違いない」
俺の嫌味にも笑っているので、全く嫌味の効果はなかった。
しかし、これ位でないと無免許で闇医者なんてしていられないだろうと思うと怒る気にもなれない。
「点滴が終わったら帰ってええぞ」
「急に悪かったな」
「なぁに…最近じゃ平和すぎて暇だからのぉ。引っ込み思案の三男坊が慌てて自分の“イロ”を連れてきたんじゃ。それだけでも楽しかったぞ」
俺はそれに対して小さく舌打ちする。
この老人は義博が組を継いでからも、昔から健康的でない義博を診察しによく家に出入りしていたので俺達兄弟の事はよく知っていた。
だからこんな風にからかわれるのも致し方無いのだが、如何せん面白くはない。
「そう言えば、腹の話をしていたけどあれはなんだ?」
「あぁ。たまに身体を改造されて薬を運ぶ為の“器”にされる奴がおるんじゃ。お前さんの組はクリーンなのが売りだが、中にはそんな組もあるんじゃよ」
「まぁ話には聞いていたから知ってたけど、瞬時にそんな事判断してじぃさんやっぱり医者なんだな」
「一応これでも医者の端くれだからな」
食えない年寄りだが組のお抱えだけあるなと、半分ほど減った命の点滴パックを眺めながら思った。
「薬を飲ませないと、色々あると思うぞ」
「覚悟はしてる」
俺は手持ちぶさたで腕を組んで指をトントンと動かす。
言われなくても命が戻ってきたときから覚悟はしていた。
何があろうと全て受け入れるつもりだった。
+
闇医者の所から帰ってきてから俺はぬいぐるみの中にあった薬全てと、命の子供用携帯を隠した。
なるべく抗うつ剤は飲ませない方がいいと言われたこともあるが、どうしても痛がる様ならと鎮痛剤も処方されている。
飲み合わせなども考慮されているのだろうが抗うつ剤は飲ませないのが得策だろうとの考えからだった。
しかし、薬を飲ませいない弊害は直ぐに表れた。
「パパァ…どこぉ…」
「命!ほら…俺はここだぞ?」
俺の姿が見えないと、きしむ身体で必死に俺を探し回るのだ。
寝ている時など数時間おきに起きて俺が居るかを確認する始末。
「や、やだ…やぁ」
後はフラッシュバック。
昔の事を思い出しては泣きはじめ、俺が抱上げようとすると拒否られる。
しかし、直ぐに相手が俺だと分かりボロボロと涙を流しながら謝るの繰り返し。
かと思えば天井を見つめたまま全く動かない事もあった。
当然ながら兄達の仕事も事情を説明して断り、玲ちゃんにも来るのを一時的に控えてもらった。
「命くん大丈夫ですか?」
「また直ぐにあっちに戻るから、このリストの荷物詰めたらいつもの時間に業者に渡してくれる?」
「わかりました」
「ごめんね。ここの鍵は開けたままでいいから!」
翔には相変わらずバイトに来てもらって居たがそんなに相手もしてやれず、かといって今の命の状態では仕事場にすら連れて来れる状況ではないので翔の存在はとても助かった。
矢継ぎ早に仕事の指示をして部屋に戻ると、部屋の隅でぬいぐるみとチェーンに繋がった指輪を握りしめて泣いている命を発見するということがしばしばあった。
「いたい…いたいよぉ」
「身体さすってやるからな」
「パパ…お薬飲む…ワンちゃんのお薬飲むから、お薬返してぇ」
「だめだ」
「やだ…パパに嫌われちゃう…わがままなぼく嫌われちゃうよぉ」
相変わらず身体が痛むのに、抗うつ剤を飲みたがるのでそれを説き伏せるのが一番心が痛んだ。
薬を要求する命は力の加減が分からない位に追い込まれているらしく、力の限り抵抗してきてふと我にかえって俺に嫌われてしまうとしくしくと泣きはじめる。
そんな生活が約2ヶ月程続いた。
「大丈夫そうか?」
「うん!」
やっと身体の痛みが引きはじめ、ベットから起き上がれる様になった命は俺の問いかけに元気よく返事をする。
久しぶりに自分で立っている姿を見ると、急に大きくなった気がする。
「成長痛だっただけあって、身長が伸びたんじゃないか?」
「本当!?」
俺の言葉に命が嬉しそうにぴょんぴょんと跳び跳ねる。
今の命は小柄な女性くらいの身長になっていたが、安静中は食事も嫌がる事が多かったので身長は伸びたが相変わらず細いままだった。
「まぁこれから沢山食べて、沢山遊んで、薬が要らなくなるように頑張ろうな?」
「うん!パパ!!」
「ひ・ろ・み・つ!命が成長痛で辛そうだったから訂正しなかったけど、俺達はもう夫婦なんだからちゃんと名前で呼びなさい。今度からは名前で呼ばないと返事しないからな?」
「はーい」
やっといつもの命らしくなってきて、俺もついつい笑ってしまう。
命を抱き上げると骨が浮き出していて、しかも軽い身体にもう少し肉を付けてやらねばと密かに思う。
「翔ちゃんとも今日会えるし、玲ちゃんとももう会える??」
「うん。もう命も元気になったから連絡しておくよ」
今日は翔のバイトの日なので2ヶ月ぶりにに会える翔に命も興奮ぎみだ。
抗うつ剤もまた飲みはじめ、気休めだろうが命も安定して人に会わせても大丈夫だろうという判断だ。
「こんにちはー」
「ほら。噂をしていれば翔が来たぞ」
玄関からの声に、俺が命を下に降ろすと素早く玄関に走り出していった。
これで命も完全復活だ。
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