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狼は腹の中02

昼間の翔と命の録画映像を編集しながら伸びをすると、時計は既に3時を回っていた。 何時もだと、まだ仕事をしている時間なのだが今日は珍しく眠気が襲ってきたのでパソコンの電源を落とし住居の方へ戻る。 寝室では翔が眉間に皺を寄せて寝ていたので俺はついつい笑いがこぼれる。 「あーあ。凄い寝顔だな…」 俺は大きくため息をつきつつ、ベットに腰を下ろす。 するとベットのスプリングがキシリと小さな音を立てて軋んだ。 「うーん」 「若いのに皺になるぞ?」 翔の眉間の皺を人差し指で伸ばしてやりながら俺も布団に入る。 以前まだ命が俺の元へ居た頃。 俺は命を抱き締めながら寝ていた。 それは、どんなに酷い夢にうなされようと、命の温もりで安心ができたからだった。 その癖は命が連れて行かれてからも暫く抜けることはなかったが、いつの間にか何も抱かなくても眠れる様になっていた。 しかし、命を取り戻してからは昔の癖が戻ってしまったのか今は近くにあるものを抱いて寝ないと安心できない。 「お前もあったかいな」 俺は翔を抱き締めながら翔の頭に顔を埋める。 命と違う整髪料でもシャンプーの香りでもない翔本来の香りがすることにどこか安心して俺は目を閉じた。 「パパさーん?起きてくださーい?」 「んー?」 翔の声が近くから聞こえて俺は手を動かした。 命が今みたいに起こしに来る事もあるのだが、今日は翔かと夢うつつに思う。 「おはよう」 「うわっ!お、おはようございます…」 声のする方に手を伸ばしてふわふわするものに触れるとそれをぐしゃぐしゃとかき混ぜる。 その正体は翔の頭で、今はワックスも何もつけていない茶色の髪がぐしゃぐしゃになっているのが見えた。 「わっ…ちょっと!パパさん!」 「んー」 俺は身長のお陰で普通のベットでは身体がのばせないので、必然的にベットのサイズがでかくなる。 当然ベットが大きくなると中心に寝ている俺を起こすにはベットに乗り上げないとならない。 そんな翔を俺は捕まえて頭を撫でている。 「ぷはっ!寝ぼけてますか?」 「いや?」 俺は目覚めは良い方なので声をかけられた時点でだいぶ目は覚めていたのだが、翔の頭に触れた時に本格的に目が覚めていた。 命のくるくるとした柔らかい癖毛ではなく、脱色で柔らかくなった髪は意外に張りがあって独特の触り心地だ。 その頭をぐいっと引き寄せてやると戸惑った声に変わる。 「あ、しょうちゃんずるい!!」 「え!命くん!!」 扉の方から命の声が聞こえてベットの下の方に振動を感じる。 足に微かな重みがあり、その重みがどんどん上に上がってきた。 命は珍しく悪戯っぽい顔で俺の腹に馬乗りになっている。 「ぼくも、ひろみつさんに撫でて欲しい!」 「いや…これは不可抵抗というか…」 「れいちゃんと、けいちゃんイチャイチャしはじめたからぼく“おじゃま”かなって」 「あー。それは…ごめん…」 お子様二人の話を聞きながら状況を把握した。 きっとお子様達は朝食も終わり、まったりしていたのだろうが暇になって俺達を起こしに来たのだろう。 命と玲ちゃんは圭介のところに行ったのだが、夫婦がいちゃつき始めてしまい俺と翔のところに来たようだ。 「はいはい。命もな…」 「えへへへ」 命の頭も撫でてやると満足そうな顔に変わる。 命はそのまま身体を倒して俺の腹にうつ伏せになった。 翔は俺が引寄せたので二の腕辺りに頭があって、世に言う両手に花なのだろうが何ともペットとの朝の戯れという雰囲気が強い。 「あっちはまだ時間がかかるだろうから。3人で何処か行くかぁ」 「やった!おでかけ!!」 俺はあくびをしながら片手を上に突き上げ身体を伸ばす。 その時でも翔の頭は撫でたままだった。 俺の言葉に喜んだ命は俺の腹から降りて、いそいそとクローゼットに向かっていった。 「翔の着替えもあるから命に選ばせてやればいいよ」 「着替え?俺…着替えなんて持ってきてましたっけ?」 翔が不思議そうに見上げてくるので、俺は翔の髪に指を絡ませる。 ぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜてからのんびりと起き上がった。 「急に泊まることになっても困らない様にはしてあるよ」 俺はあくびをかみ殺しながら大きくのびをする。 ぽかんとする翔を残して、命に近付いた。 「決まったか?」 「うん!ひろみつさんのインナーはこれ、ジャケットと、スラックスはこれね!」 渡される洋服を受け取りつつ、靴下を物色している命の旋毛を眺めていた。 命は現在、紺と黒で悩んでいるようだが俺にしてみればどっちも一緒の様な気がする。 「しょうちゃんもお着替えだよ!!」 「え…は?うん」 珍しくテキパキと動く命に圧倒された翔は生返事をしていたが、俺に靴下を渡した命は今度は翔に次々と洋服を持っていってベットの端に置いていく。 翔の洋服は袖を通したことのない新品なので、ビニールに包まれているものもあった。 「ひろみつさん!はい!」 「ん?はいはい…」 ベットの端に着替えを置き終わるとすぐに自分も着替え出す。 俺も服を脱ごうとしたところで命が何やら布を差し出してくる。 それを見て俺は直ぐに床に座りこむ。 「ちょっ!ふたりとも何してるんですか!!」 「着替えだけど?」 「おきがえだよ?」 命が恥ずかしげもなくTシャツを脱ごうとしたところで、翔が慌て出した。 俺は命にブラジャーをつけてやるために座り込んでいるし、命はキョトンと翔を見返している。 命の胸を少女の様に育て、外出するときはブラジャーをさせていた。 それを必ず俺に着せてもらいに来るのが不思議なようだ。 「家に居るときはラフな格好に限るだろ!」 「いや…そうなんですけど…違うって言うか…何て言うか」 翔は俺の言葉に頭を抱えている。 命は長年の生活のせいか、自分が一糸纏わぬ姿で人前に出ることに対して羞恥心というものが全く存在しない。 俺が言えば、翔に局部を広げて見せることなど造作も無いことだろう。 それが命の受けてきた仕打ちでもあり、役目だったと言うことなのだ。 その分、今は洋服を着るという喜びを謳歌している。 「翔も早く着替えないと、ここに居るオシャレモンスターに強制的に着替えさせられるぞ?」 俺は命に下着を着せてやりながら翔にそう言うと、翔も慌てて洋服を脱ぎ出した。 命に1度買い物に付き合わされて居るから尚更だろう。 「圭介にはメールしておけばいいな」 「何から何までスミマセン」 出掛ける準備が終わり居間にやって来たが圭介の姿も、玲ちゃんの姿もまだなかった。 わざわざ部屋を覗きに行くのも嫌だったので圭介に出掛ける事を連絡しておけばいいだろうと思って玄関へ向かう。 「さぁ…散歩がてらどこに行こうかな…」 「おでかけ!!」 俺が何処に行こうか思案していると、命が足に抱きついて目をキラキラさせている。 ずっと外出ができなかったので、久々に外に出るのが嬉しいのだろう。 「そういえば、翔は甘いものが好きだったな」 「はい?」 命に靴を履かせてやっている翔に問いかけると、話しかけられるとは思っていなかったのか驚いた顔をしている。 俺はそんなことを気にせず玄関ドアを開けて、お子様達を待っていた。 「少し行ったところに甘味処があるんだが、そこに行こうか」 「甘味処ですか?」 「そこは何でも旨いけど、クリームあんみつも旨いぞ?」 俺の住んでいるタワーマンションのすぐ側にはチェーンのスーパーマーケットもあるが、昔ながらの商店街も未だに存在している。 甘いものが好きな翔は俺の言葉に密かに喜んでいるのが端から見ても分かった。 本人は隠しているつもりみたいだが、結構分かりやすい性格をしているのだ。 「玲ちゃんは洋菓子ばっかりだから、たまには和物もいいだろう」 「楽しみです!」 「翔…はい」 「へ?」 部屋から出てきた命を抱き上げ、玄関の鍵を閉める。 鍵を片付けて翔に手を差し出すと、意味が分からないと言った顔でその手を凝視していた。 命は俺の肩に顎を乗せて鼻唄を歌っている。 「どうした?」 「いや…この手は?」 「繋ぐんだよ」 「ちょと…パパさん!!」 やはり意味が分かっていなかった様で、俺は強制的に手を取って歩きだす。 エレベーターがすぐに到着したのでそのまま乗り込んだが、翔は俯いて黙ったまはまだ。 エレベーター内には命の鼻唄が響いている。 俺はちょっとした悪戯心で指の間に自分の指を絡ませる様に滑り込ませると、一瞬翔の頭が揺れた。 いわるゆ恋人繋ぎという状況になったのだが、特に嫌がる様子もない。 ポン♪ 地上階に到着した軽い音で、俺は翔と手を繋いだままエレベーターを降りた。 そのまま誰も居ないエントランスを抜けようとしたが、くんっと腕が後ろに引かれ翔が立ち止まった事に気が付いた。 「恥ずかしいので…手を離してください」 「やだ」 「なっ!!やだって…」 翔が少し複雑そうな顔で見上げて来たが、俺はそれを無視して強引に歩く。 苛められて引きこもりになってから他人の視線などが怖かった時期もあったが、今ではそんなことを気にすること事態バカバカしく感じる様になった。 そもそも俺が何をしようと、俺の勝手だと思うようになれたのは兄さん達のお陰でもあるので感謝している。 なので、俺は翔と手を繋いだまま街中を早足で歩く。 「パ、パパさん!パパさん!!」 「ん?」 翔の焦った声で俺は漸く足を止めた。 横に居る翔の息が上がっている事に気が付く。 「パパさん…もう少し…ゆっくり歩いてもらってもいいですか?」 翔は上がった息を整えているのを見て、俺はやっと意味が分かった。 どうしても俺の歩幅と翔の歩幅では身長の高い俺の方が大きくなる。 そう言えば命と出掛けた時に、よく俺と居ると車に乗っている様に早く景色が流れていくと言っていたことをぼんやり思い出した。

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