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狼は腹の中12
「じゃあ、俺は事務所に行くわ」
「わざわざ悪かったな」
「当たり前だろ?俺だって弟の心配くらいするさ」
弁当を片付け、立ち上がった博英を入り口まで送るとにっこり笑って黒塗りの車に乗っていった。
俺は車が見えなくなったところで、やっと大きな大きな溜め息が出る。
博英の中では俺はまだまだ小さい弟のままなのだろう。
長い間引き籠っていたのも影響してるのかもしれないなと思いながら編集をする為に伸びをしつつ作業スペースへ戻る。
「はぁ…気は乗らないが気合い入れてやるか…」
俺は椅子に座ると、サイトのアクセス数を見て気合いを入れる。
夜中にPVをアップしたにも関わらず中々の観覧数に少し満足して少しやる気が出た。
これは今日中に終わらせて公開準備をした方がいいなと思わず笑みが溢れる。
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「あ~。久々にこんな短期間でやると辛いなぁ」
俺は大きく伸びをしてから首を回した。
長時間同じ姿勢だったせいか首がゴキゴキと音をたてる。
「はぁ…」
机の上にはスナック菓子の空き袋と、炭酸飲料のペットボトルが散乱している。
誰が持ち込んだのか分からないが、スナック菓子や冷蔵庫には未開封の飲み物が置いてあったので勝手に手を付けたが、今度何か差し入れでも持ってこようと空になった袋や飲み物の残骸を見ながら思った。
ふとスマホを見ると、もう深夜と言ってもいい時間だ。
途中、キャバクラのボーイが学を迎えに来たがしばらく使い物にならないと知ると店の女の子達が残念がるとブツブツ言いながら帰って行ったのを思い出す。
話を聞くと、店ではあのあられもない格好で給仕をさせ、お客様に迷惑がかからない様にするために手にはグローブ、口には犬の口輪の形をした口枷をさせていたらしい。
お客様にも店の女の子にも嘲笑われ、尚且学にはどんなセクハラも許されていたと言うから学のストレスは尋常ではなかっただろう。
まぁ、俺には知ったことでは無い話だが。
「少し早いけど、前半だけでもアップしてやるか…」
俺はパソコンのEnterボタンを押して画像をサーバーに送る。
数分待ってから紹介文とタイトルを入力して公開ボタンを押した。
いつもは顔や局部にはモザイクをかけるのだが、学にはそんな配慮は要らないだろうと局部のモザイクは薄めで、顔にはモザイクすらかけていないため編集も早く終ったのだ。
「あ、学の前でEnter押して見せてやればよかった!」
俺は公開後しばらくしてから思わず声に出てしまったが、観覧数が増えてから学に見せても面白いなと改めて思ってパソコンを閉じた。
スマホやタブレットでも随時観覧数が見られるので、流石にいい加減寝ないと目が疲れすぎてて頭痛がしはじめている。
ホテルにでも泊まろうかと思ったが、今更車を運転しての移動は難しい。
俺は目を擦りながら仮眠室へと向かった。
一応簡素な部屋だが泊まり込みもできるように設備があるのだ。
寝る前にシャワーを浴びようかと思ったが、そんな気力も残っていない。
仮眠室の少し硬いベットに寝転がると、かなり窮屈だったがそんな贅沢も言ってられなだろう。
すぐに眠気に襲われて重い瞼を閉じる。
「おいデブ!」
俺はまた懐かしい夢を見た。
弟に毎日暴言を吐かれ続け、中学2年になって俺は不登校になってしまう。
体型に関するイジメが原因だったのだが、成長するにつれ弟の嫌がらせは度を越して酷くなり俺は精神的に疲れはてていた。
そんな俺を組の年寄り連中は不憫に思ったのか、よく菓子をくれたがそれが太る原因でもあったし俺も食べることがストレスの発散でもあった。
弟の事と学校でのイジメが重なり、俺はついに部屋から出ることが出来なくなってしまったのだ。
弟の嫌がらせを知っていた兄達は再三再四弟に注意をしてきたが改善されることはなかったし、俺が不登校になっても皆何も言わなかった。
遠くから声が聞こえて、俺は珍しく部屋から顔を出す。
弟は家には寄り付かず、友達の家を転々とするようになってから俺は少しは部屋から出られるようになっていた。
「はぁ…マッ○も飽きたなぁ」
俺の部屋は母屋から離れた所にあり、何故か縁側もあってそこから声が聞こえたので俺は声の人物に近付いた。
「それ…な、何…た、食べてるの?」
「え?」
縁側の人物は俺の声に振り向いて、驚いた顔をする。
夢なので少し曖昧だが、見たことのあるような顔をしていた。
「え…マッ○しらねぇの?」
縁側の人物は俺が手元の紙袋を見ていることに気が付いてそれを持ち上げて見せる。
俺はこくりと頷くと、相手は益々驚いた顔をした。
「じゃあ、これやるよ。飽きてきたし、俺はいつでも食えるから」
そいつはニッと笑うと紙袋を俺に渡してきたので、素直に受け取る。
ぐ~
紙袋を受け取ってすぐに、ギャグみたいに相手の腹がなった。
昼食を取り上げてしまった形になってしまって、俺は戸惑って固まってしまう。
そんな時、ふと兄の言葉を思い出して俺は部屋の中に引き返した。
机の上に置かれた盆を持つと慌てて縁側へ戻る。
俺の行動をポカンと見ていたそいつは、俺の手元の盆を訝しげに見上げてきた。
「こ、これ…かっ、かわり…」
「え。サンキュ!」
元々無口な上に、人と話さなくなってからは話すと吃りがちになっていたが何とか自分の意志は伝える事に成功して盆を渡した。
盆の上にはお手伝いさんが作ってくれた昼食が並んでいて、それを見た相手はすごく嬉しそうに微笑んでくれる。
「食べていいの?」
確認を取ってきた相手に、俺はブンブンと上下に首を振った。
「マッ○飽きてたんだよ…サンキューな!」
「お、おれ、も…こ、これ…あ…」
「いーって!いーって!逆にこんなうまそうなのいいのか?うまっ!」
俺がお礼を言い切る前に、相手は盆に手をつけはじめる。
箸の持ち方が変だし、食べ方が汚いなぁとぼんやり思った。
「横座れば?」
ぼんやりと立っていた俺に、そいつは自分の横をぽんぽんと叩く。
どうするか一瞬悩んだが、俺は素直に腰をおろした。
カチャカチャと箸と茶碗がぶつかる音を聞きつつ、俺も紙袋を開ける。
中には更に紙で包まれた物が入っていて、それを持ち上げ感動してしまった。
元々ファーストフード等を口にするような環境ではなかったので、今まで口にしたことはなかったが現物を見て変に感動したのだ。
「食べねぇの?」
ハンバーガーを持って感動している俺に、相手は不思議そうに首を傾げた。
俺はその言葉にそっと包み紙を剥がしてハンバーガーにかぶりつく。
買ってから時間がたっているのかパンはパサパサで、肉もペラペラでけして美味しいとは言えなかったが、満足そうな相手の顔を見たら美味しく感じてモソモソと食べた。
「久しぶりにまともな物食べたわ!ごっそさん」
茶碗は米粒が残らず綺麗になっていて、味噌汁のお碗には二枚貝の殻だけが残っていた。
食べ方は汚かったが、綺麗に食べてあるなと感心してしまう。
「そろそろ行かなきゃ…じゃあな!」
そいつは足早に縁側を後にして去っていったが、縁側には二度と来なかった。
意識が浮上する感覚に俺は目を開ける。
そう言えばハンバーガーをくれた奴は、髪の色は今と違ったが圭介だった気がして俺は起き上がりつつ大きく息を吐いた。
「はぁ…俺も大人げなかった。謝りに行くか」
俺もまだまだ子供だなと思いつつ伸びあがると、背中からバキバキと音がする。
やはり身体に合わない寝具で寝ると節々が痛い。
スマホを取り上げて時間を確認すると、少し寝過ぎた様で何時もより遅い時間だった。
「まずは、メシでも食うか」
のっそりと起き上がり、その足で撮影所を後にして車に乗り込む。
Yシャツの匂いを確認してみるが、やはり自分じゃ分からないかと思って気を取り直してアクセルを踏み込んだ。
「はぁ…すみません。これとこれとこれ…あ、後濃い目のコーヒーってできますか?」
「あ、は…はい!」
適当なレストランに入って、メニューを片っ端から頼むと流石の量に店員が戸惑っていた。
まぁジャケットは着てないにしろ、しわしわのスーツ姿で髪もぐちゃぐちゃの男が本当に金を持っているのか不安になるのは仕方がない。
チラチラと他の席の客からも見られている気がしたが、俺は気にせず食事をして店を後にした。
「後は土産と…風呂でも入るか」
流石に手ぶらで命を迎えに行ったり、玲ちゃんの家にお詫びに行くのは気が引けたので近くの百貨店に入って適当な菓子折りを買った。
その時もチラチラと回りの視線がうるさかったが、俺はそれに気が付かないふりをして店を出る。
元引きこもりも伊達ではなく、やはり人の多い場所は好きではない。
土産も用意したし、俺は立体駐車場に急いだ。
「挫折しそう…」
俺はハンドルにもたれ掛かりながら大きな溜め息が出た。
いつも出掛ける時は命がいるお陰で、子連れと勘違いされてあまり視線を気にすることが無いが一人だと身長のせいもあって好奇な目で見られがちなのだ。
「さっさと迎えに行こう…」
俺はエンジンをかけてギアをかける。
ステレオの音量をあげてアクセルを踏んだ。
ブォンという音と共に車を発進させて、命の居る雑居ビル郡へと車を走らせた。
雑居ビル郡は建物がごちゃごちゃと密集しており、一階は謎の外国料理店が多く入居していて街の雰囲気からして怪しい。
俺は目的のビルを見付けると、ビル裏の狭い駐車場に車を停めた。
カツンカツン
俺は革靴がコンクリートへ当たる音を響かせながら階段を昇っていく。
いつも思うが、こんな雑居ビルに無免許医が診療所を開いているとは誰も思わないだろう。
階段は薄暗く、掃除も当然ながら行き届いて居ないせいか蜘蛛がそこらじゅうに巣くっている。
こんな場所に好んで来るような一般人はいないだろう。
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