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狼は腹の中14
ベットタウンだけあって駅前は様々な飲食店が建ち並んでおり、仕事帰りであろうスーツ姿のサラリーマン達が店の中に吸い込まれていく。
俺は目的の店を見つけると、すぐに店内には入らず店先でスマホを取り出した。
酒を飲んでしまうと車では帰れないので、帰るのが遅くなる心配がある。
俺は命の面倒をみてもらおうと翔にLINEを送る。
「よし…」
数回メッセージのやり取りをすると、翔が可愛らしいアニメキャラのスタンプを使って承諾の意思を示してくれたので俺はほっと胸を撫で下ろす。
そのままスマホをポケットに仕舞うと、俺は店内に入る。
あまり居酒屋というものには入った事がなかったが、大衆向けと言うのがぴったりな程ガヤガヤと賑わっていた。
店内にはサラリーマンの他にも大学生や女性だけのグループも居てとても騒がしい。
いつも組のジジイ共がひしめく会合の席とは雲泥の差があるとふと思った。
「いらっしゃいませ~。何名様ですかぁ?」
すぐに店員が俺のもとまでやって来るが、俺の身長に若干驚いている。
俺はずっと引きこもり生活をしていたにも関わらず身長だけがどんどん伸びて兄達よりも背が高い。
多分母方の遺伝だろうが、母親を見たことも無いので自分ですら何処の血が混じっているのかも分からない。
この身長のせいで目立ちたくもないのに目立ってしまうのが嫌なのと、引きこもりの性もあってあまり外出をしたくないのだ。
今はそんな事も言ってられないので、人を探している事を店員に伝えてブラブラと店内を歩く。
店は間口が狭かった割りに奥行きがある様で扉を閉めれば半個室になる座敷席まである。
「お、ここだな…」
見覚えのある靴を見付けて、そぉと扉をすかしてみると男4、5人が見えた。
その中に圭介の姿を見付けたが、どうも様子がおかしい。
俺はふと、酒に酔った時の翔の事を思い出した。
翔は最近ではトラウマが発動しない限りは子供の様に甘えん坊で、やたらと素直なチョロい部分があるが親子である圭介はどうだっただろう。
家で飲むときは玲ちゃんも居るし、特に圭介を注視して居たことがなかったがすぐに寝てしまうのではなかっただろうか。
もう一度扉の隙間から部屋の中を覗くと、圭介は昔の仲間であろう男に寄りかかって今にも寝てしまいそうだ。
男の腕は圭介の腰に回っていて、いくら友達とはいえ密着しすぎではないだろうかと思う。
コンコン
一瞬入るのを躊躇したが、ここまで来てトンボ帰りなのも面白くないので完全にアウェーな状況だが部屋に入ることにして扉を軽くノックした。
「「はーい」」
返事が聞こえたので、俺は扉を開けた。
一瞬見知らぬ大男の出現に部屋の中に居た男達は驚いた顔をしていだが、数分の後に何人かが何かに気が付いて耳打ちをしあっている。
「急にお邪魔してスミマセン。圭介に用事がありまし…」
「若ですよね?」
俺は靴を脱いで入口に座ると軽く頭を下げた。
話の途中で言葉を遮られるように声をかけられたがどうやら彼等は俺の事を知っている様だ。
仲間は仲間でも圭介の不良時代の仲間のようだ。
「どうぞどうぞ」
「何か頼みますか?」
「ビールでいいですか?」
歓迎ムードで迎えられて逆に俺が戸惑ってしまった。
あっという間に席に座らさせられて、いつの間にか頼んだビールが目の前に出てきた。
そのまま乾杯の掛け声に思わずグラスをぶつけて談笑がはじまる。
博英は高校に入ると、腕試しと称して近隣の不良達とよく喧嘩をしていたが、相手が負けると自分の舎弟として勉強や悩み事なんかを聞いてやっていた。
昔からだが、俺の兄達は二人とも顔に似合わず世話好きなのだ。
「それで、ボスは元気ですか?」
「もう雲の上の人だよなぁ」
男達の言うボスとは博英の事だ。
博英と同い歳、もしくは少し年上の男達が兄の事をまるでアイドルの事を話すかの様に話しているのをみるのは些か不思議な気分だった。
目的の人物の圭介は、現在はなんとか目は開いているものの眠そうにこっくりこっくりと船を漕いでいて話は完全に聞こえていない。
「そういえば、何で若がこんなところに?」
一人が、何で俺がここに居るのかを思い出して声に出したところで、そうだっという顔になったのには呆れてしまった。
圭介もだが、博英の昔の子分達は何処か抜けているところがある。
素直と言えば聞こえはいいが、単なるバカだ。
兄もそんなところが使いやすかったのかもしれないと心の中で思う。
「圭介に用事があって…ちょっと…迷惑をかけてしまって」
「へぇ。圭介、若と今でも付き合いがあったんですね」
「公務員の癖になぁ」
やはり酔っぱらいの集団だけあって、ギャハハと笑いが起こった。
俺は目の前に出されたビールジョッキを煽って半分程飲むと、ふぅと大きく息をついた。
汗をかいたせいで渇いた喉には心地がよかった。
「妻同士が仲良しでね」
「あれ?圭介って、離婚したんじゃなかったっけ?」
「え?再婚したのか?」
「マジかよー。俺、彼女にフラれたばかりだぜぇ」
俺的にはフォローをしたつもりだが、またしても笑いが起る。
やはり酔っぱらいとはどこも同じだ。
ただ、組のジジイ共と違ってやたらと酒を飲ませて来ようとしないだけマシかもしれない。
ただ、兎に角うるさいのだ。
「おい、圭介!」
「もぅ寝てるのかよ」
「昔から、寝たらどんな事されても起きないんだよなぁ」
「そうそう!よく使わせてもらったよな!」
その一言に、男達が一瞬“しまった”という顔になった。
酔っていてもまだ理性はあるらしかった。
俺は瞬時に顔に営業スマイルを貼り付けてにっこりと微笑む。
随分面白い話ではないか。
「へぇ。よく気が付かれなかったもんだな」
俺は気にしてませんよという態度で話すと、男達は安堵の表情で色々な事を教えてくれた。
酒に酔った圭介を何度も使った事、翌朝何も覚えておらず腰から転んだと言えば納得していた事。
下半身がだらしないとは知っていたが、女好きの本人が知ったら発狂物だろうなと笑いが込み上げるが、今の相手はいくら可愛くても男だなと思い直す。
「じゃあ、久しぶりに圭介を“使って”みたらどう?」
「いやー流石に…」
「俺の取引先のホテルがあるんで、そこでならゆっくりできますよ?」
俺の一押しに、まだ理性が残っているせいで迷っていた男達もスマホを取り出して何処かに連絡をし始める。
俺は平然を装い、トイレに行くと告げて個室を出た。
急いでトイレに駆け込むと、玲ちゃんに電話をかける。
プルルルルル♪
『はーい。パパさんズイブンはやかったね?れいはどこにいけばいーい?』
「玲ちゃん。よく聞いてね…こっちに来る時に、俺の車のトランクから黒いカメラが入ったバッグ持ってきてくれない?とっても面白い事が起こるから!タクシーで今から送る住所に来て」
『え?うん…わかったヨ』
「あ、翔には連絡してあるから心配しなくていいよ。じゃあ後でね」
俺は矢継ぎ早に用件だけを伝えると急いで電話を切って、メールアプリを立ち上げる。
少し郊外にある取引先のラブホテルの住所を電話帳からコピペして本文に貼り付けて送信すると、またすぐに電話帳を開いてホテルに連絡を入れる。
2部屋用意してくれるようにお願いしたら快く了承を貰ったので、俺はほっと息を吐いた。
こんな面白いことをみすみす放置しておける訳がないだろう。
「駅前だからタクシー位すぐに拾えるだろう」
とりあえずタクシー会社のアプリを立ち上げてそれを眺めていたが、大人6人位ならどうにかなるだろうとスマホを片付ける。
玲ちゃんには悪いが今日はご馳走はしてやれそうにないが、俺的には面白い事この上ない。
「連絡は終わりました?」
俺は何食わぬ顔で個室に戻ると、男達の目は興奮でギラギラとしていた。
しかし俺はそれに気付かぬふりをして腰をおろし、ジョッキに残っていたビールを全て飲み干す。
圭介はついに夢の世界へ旅立ってしまったみたいで、ぷすーっと間抜けな寝息を立てている。
「じゃあ、皆さんの気が変わらないうちに行きましょうか」
俺は伝票を持って立ち上がると、さっさとレジを済ませる。
後から圭介を支えながら来た男達に凄く恐縮されてしまったが、俺は気にしないでいいと告げたが中々引き下がらないのでスマホを取り出した。
「なら、ここに1人づつサインして貰っていいですか?」
俺はジャケットからタッチペンを取り出すと、スマホの画面に1人づつサインをさせていく。
圭介にも以前書かせたが、著作権や肖像権を放棄させる書類の為のものだ。
今は紙が無くてもサインが貰えるし、便利な時代になったなと密かに思う。
後はこの貰ったサインを使って契約書を作るだけだ。
「これで十分ですから、そんなに気にしないでください」
全員からサインを貰ったところで、俺は内心ほくそ笑みながらついつい口許に出てしまった笑みをスマホで隠す。
一人が駅前でタクシーを捕まえて来ると言うので、俺と残りの数人はゆっくり駅まで向かう。
「取引先って…若は組の仕事を手伝ってるんすか?」
「いや。ちょっと個人的に商売をしてて…」
俺達は世間話をしながら駅まで向かう。
圭介は半ば引きずられる様に左右から腕を持たれ運ばれている。
男達の話を聞くに、どうも全員更正はしている様だった。
板金屋だったり、整備士、鳶職だったり普通のサラリーマンだったりと、まぁ予想通りの職種は多いもののきちんと仕事にはついているようだ。
男達の口々からは、博英の面倒見の良さがポロポロとこぼれてくる。
俺にもそうだったが、博英はやたらと人の世話を焼きたがる節がある。
それは他人にも例外は無かったようで、男達は博英のお陰だとしきりに言っている。
「本当にボスには色々世話になりました」
「若も昔と雰囲気が変わられましたね」
話を振られたが俺はにこりと微笑むだけにした。
昔は本当に周りは敵ばかりだと随分痛い事ばかり考えていたので、それから比べれば丸くなっただろう。
駅のロータリーに着くと、先に行った奴が待っていて俺を先にタクシーに乗せようとしたのだが行き先を運転手に伝えなければならないので他の奴等を先に乗せてから自分が乗らない方のタクシーの運転席に向かう。
運転手に軽く行き先と1万円札を渡して俺も別のタクシーに乗り込み行き先を伝えた。
これから楽しい夜になりそうだ。
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