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一人でできます!2

着替えが終わったので、命にティッシュやらハンカチやらが入った肩掛けポーチを持たせる。 俺はアニメキャラクターが大きく描かれたトートバッグに申請に必要な書類が入ったクリアファイルを入れた。 勿論クリアファイルにも大きくアニメキャラクターが描かれている。 「そろそろ行くか」 「うん!!」 持ち物をもう一度確認してから命に声をかけると、嬉しそうに俺の側に来て両手を広げる。 しかし、俺は命の背中に回り込むと両腋に手を差し込んで抱き上げると言うより持上げる様に命を玄関まで運ぶ。 途中、何やら頬を膨らませて拗ねていたが当然無視する。 「どうした?靴履いて出かけるぞ」 「だっこじゃなくて、ひろみつさんぼくを運んだ!」 「歩くの遅いからな」 「いつもはだっこなのに!!」 「玄関まで短いし、今日は抱き上げるといつもよりアピールしてきてウザいからな」 床に降ろしてやってからシューズクローゼットから自分の靴を取り出して履くと、命をふりかえる。 いつもは自分で靴を選んで履くのに、今日は上着の端を握り締めて涙目になっていた。 声をかけてやると、頬を膨らませて怒っている。 今日は随分と気分にムラがあるみたいだ。 仕方がないので、俺は適当に靴を出してシューズクローゼットの扉を閉める。 片足をついてしゃがむと、命へ手を差しのべた。 命はおずおずと片足を出してきたので靴を履かせ、もう片方も同じように靴を履かせた。 靴を履かせ終わると、頭をぽんぽんと撫でてから立ち上がって手を広げて待ってみる。 少し躊躇しながら近付いてきた命を抱き上げて家を出る。 うふふっと小さな笑い声が聞こえてきて、俺はチョロいなと思いつつエレベーターのボタンを押した。 「美世様おはようございます」 「タクシー来てますか?」 「手配してございます」 普段来ることの無い、マンションのロビーでコンシェルジュの女性に挨拶をされた。 パスポートの手続きをする場所がどうしても車を停めておくのが難しいのでタクシーに乗ることにして手配を頼んでおいたのだ。 ボタンを押すだけで、提携のタクシー会社に連絡をしてくれるというサービスがマンションに設置されていたのだが、俺は自分の車もあるしあまり使わないサービスではある。 しかし、さっき命に服を選ばせている時にボタンを押しておいたのだ。 「どうも」 コンシェルジュに片手を挙げて礼を言うと、マンションの前にタクシーが停まっていた。 近付くと自動で扉が開いたので、命を抱えたままタクシーに乗り込む。 ベッタリと俺に張り付く命を座席に座らせようとするが、今日は何故か機嫌が悪く離れようとしない。 俺は諦めてシートに背中を預けた。 「はぁ。やっぱり人が多いな」 大通りでタクシーを降りてパスポートセンターに来たが、やはり人が沢山居て賑わっている。 チラチラと見られるのには慣れているが、今日は特に命が居るせいかいつもより見られている気がする。 まぁそんな事気にしてる場合じゃないんだけどな。 申請用紙は家で用意してきたので、とりあえず番号札を取って待つだけだ。 「終わったー」 手続きは滞りなく終わって、俺は大きなため息をついた。 命は暇だったせいかすっかり俺の腕の中で寝てしまっている。 とりあえず用事も終わったので、この後どうしようかと悩みながら命のふわふわの髪の毛を弄りながら考えていた。 「もう昼か」 腕時計を見ると、既に昼食時に差し掛かっており時計を見たことで俺も腹が減っていることに気がつく。 幸いな事に、レストランが多く立ち並んでいるエリアも近いのでそちらに移動して昼食にしようとブラブラと街を歩く。 中々在宅の仕事と言うことと、次男の博英に仕事に駆り出されても特定の地域にしか行かないので凄く新鮮な気分だった。 今日は新規開拓で食べたことの無い料理もいいかもしれないな等と少し気分もあがってくる。 ぽつりぽつりとレストランやカフェなどが見えはじめ、店の前にあるメニュー等を見て店の物色をいていく。 「こんなにあると悩むな」 何軒か見ていくうちにどんどん自分の中で変な拘りが出てきてしまう。 空腹だと余計にそう感じてしまうのかも知れないが、今一つ自分の琴線に触れるものがない。 寝ている命はそもそも食事に興味が無いので聞いても参考にならない上に、野菜やフルーツがあれば満足なので俺が勝手に決めても特に文句も言わないのだ。 「あー。ダメた…何時ものところに行くか」 遂に思考が迷宮に入ってしまったので、結局いつも行くカフェに行くことにした。 取り敢えずタクシーを拾って、運転手にカフェの店名を言う。 運転手は頷いて素早くカーナビをセットするとタクシーは目的地へ向けて走り出す。 行きつけのカフェは仕事の打ち合わせなどにも使用するし、何度か出入りしているうちに顔馴染みになり以前従業員に玲ちゃんと命モデルのオナホの試作品のモニターを頼んだ事がある。 バイトくん達や店長の感想レポートは中々参考になり、そのレポートを元に俺もメーカーと相談しながら改良を加えた。 そのかいもあってかうちのオリジナルレーベルは中々売れ行きもいいのだ。 それにあの店は個人店なので、チェーン店と違い結構融通が聞くので重宝している。 「丁度ピークも終わってるな」 入店を知らせるカランカランというベルの音と共に店内を見渡すと店内はランチ時のピークも終わったのかまったりとした空気が流れていた。 人も疎らで店内のBGMがよく聞こえる。 「いらっしゃいませ~」 「2名で」 「いつもありがとうございます!窓際空いてますが、どうしますか?」 「今日は天気もいいからそうしようかな」 「ではどうぞ」 顔馴染みのアルバイト店員が俺を迎えてくれる。 そのアルバイト店員は窓際を勧めてくれたので、それに従おうと思う。 窓際の席は店内の席に比べると少しシートがゆったりとしている。 パーテーション代わりに背もたれも少し高くなっているので人目を気にせず寛げる人気がある席だ。 壁際は緑が広がっていて車通りなども見えない。 打ち合わせは他の客に迷惑にならない様に端の席に座るのだが、たまには別の席に座るのも新鮮だ。 命と来るときも、窓際には女性客が座っている事が多いので今まで座ったことがなかった。 「はじめて座ったけど、落ち着いてていいね」 「あ、この席はじめてなんですか?」 「いつも埋まってるからね」 命を椅子に降ろし、俺はその横のソファーに座った。 体が沈み混むような事もなく、かといって固すぎると言うこともない。 座り心地のいい席だった。 アルバイト店員と他愛もない世間話をしつつ、料理を注文する。 命には鞄に入れていた膝掛けをかけてやった。 今日は少し暑かったからか、カフェの中は緩く冷房がかかっている。 命の分の料理は、本人が起きてからでいいだろう。 俺も今日はごたごたしていて朝食を抜いてきてしまったので、いつもより少し多目に注文するとアルバイト店員に苦笑いされてしまった。 「お待たせしましたー」 ぼんやりスマホでメールのチェックをしていると、注文していた物が運ばれてくる。 器用にテーブルの上に皿が並びはじめた。 窓際の席は少しテーブルを小さくしているお洒落席の様で頼んだものが全て乗り切る前に一杯になってしまう。 「残りの料理はタイミング見て持ってきますよ」 残りの注文した物はどうするのかと思っていたので、アルバイト店員の言葉に納得した。 店員は命の事を少し覗きこんでからニコニコと笑って席から離れていく。 俺は手近な皿に手を付けはじめる。 一番手前にあったシーフードのパスタにフォークを入れてくるくると巻き付けた。 出来立てだから湯気が出ているので、ふーふーと冷ましてから口に入れる。 イカや海老などの歯応えが楽しい。 「今日はいつもより食べますねぇ?」 「用事があって急いでたから朝飯抜いてきちゃって」 「それでお連れさんは疲れて寝ちゃったんですね。ふふふ。ほっぺたぷにぷにですね」 何皿か料理が無くなった頃合いを見て残りの皿を持ってきてくれたアルバイト店員がにこにこと命を見ている。 この店員は子供が好きなのかもしれない。 この店員は俺が行くと大抵店に居るので、一時期フリーターなのかと思っていたが話を聞くと大学生らしい。 「俺にも可愛い弟が居るんですよぉ。昔の事思い出しちゃって」 「へぇ。仲は良かったの?」 「今も仲良しですよ」 器用に皿を持った店員は失礼しますと言ってキッチンへ帰っていった。 俺は腹も落ち着いてきたので、ゆっくりと残りの料理を口に運ぶ。 ちらりと命を見ると、体が随分と傾いてきている。 「そろそろ起こすか。命…」 「んんぅ」 フォークを置いて、命に声をかける。 命の瞼が震えはじめた。 これは起きてくれそうだ。 色々な病気が併発している命は過眠も持っているので、起こしても起きない場合がある。 仕事だと言えば起きるのも、過去の影響なのだろう。 「ご飯食べれそうか?」 「ん?たべ…る」 俺の問いかけにうっすらと命が目を開ける。 ふぁーっと大きくあくびをしながら腕を伸ばしていた。 その仕草がなんとも子猫っぽい。 降ろした手は、俺が膝に掛けた膝掛けをもぎゅもぎゅと揉んでいる。 寝ぼけていてきっと無意識なんだろうが、また寝てしまいそうで俺は店員を呼んだ。 「あれ?起きたの?注文どうする?」 「ミニフルーツサラダと…飲み物はどうする?」 「あまく…ないや…つ」 さっきの店員がやってきて、もぞもぞとしている命に気が付いたのかしゃがんで注文を聞き始めた。 結局はいつものメニューを注文したが、飲み物はお伺いをたてようと聞いてみると予想外の返事が返ってくる。 アイスティーをとりあえず注文した。 店員はニコニコとキッチンへ戻って行く。 命はまだ眠いのかぼぅっと外を眺めていた。 俺はそれを見ながら皿に乗った肉を小さく切って口に運んでいく。

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