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番外編 知ってますか?

一時期流行った“セックスしないと出られない部屋”というのがあったが、自分とは全く無縁だと思っていた。 そもそもこんなネタみたいな部屋に閉じ込められると誰が想像するのであろうか。 しかも自分がなんて絶対しないだろう。 そもそもそれはネタであって、現実に起こるなんて思いもしないのが普通だ。 「ひろみつさん?」 「どうしたんだね命くん…」 「なんで上司ふうなの?」 命が俺を不思議そうに見上げている。 俺は流石に動揺が隠せず、命に変な口調で返してしまった。 流石の命も首を傾げる。 そりゃ俺だってこの状況で動揺もしたくもなるのを察して欲しい。 壁にでかでかと“あなに入れないと出られない部屋”と下品な言葉が貼り出されているのだから。 「すこしまえにSNSでよく見たやつだね」 「俺はそんなネタ見たことナイデス」 俺はしゃがみこんで現実逃避する。 命は貼り出されている文字を眺めていた。 よく見ると、命は家に居るときのオーバーサイズのTシャツを着ている。 当然下着は着けて居ないわけだが、背が伸びたことで膝下まであったTシャツが太股位まで来ていた。 少し動いたら中身が見えてしまうだろう。 これは少し着せるものを考えねばならないのではないだろうか。 「ひろみつさん。ほら…入れないとでれないんだって」 「ホントデスネ」 「何でカタコトなの?」 命がしゃがんでいる俺の背中に覆い被さってきた。 小さな胸が背中に当たっている。 いくら命が急に身長が伸びたといっても、日本人としては身長の高い俺との身長差は早々に埋まらない。 そんな俺の顔が近くにあるのが嬉しいのか、俺の頬に自分の頬を擦り付けてくる。 その仕草が猫みたいで頭を撫でてやった。 しかし、俺には信念があって命に挿入するわけにはいかないのだ。 「それにしても、命は大きくなったな」 「ホント!?」 俺は完全に床に腰をおろして胡座をかいた。 背中に貼り付いている命の頭をポンポンと軽く押さえると、命は俺の言葉を聞いて俺の首にぎゅっと抱きついてくる。 上手く話を晒せたみたいでよかった。 解決策とは言いがたいが、とりあえず少しは考える時間ができるだろう。 「うふふ。ひろみつさんと顔がちかくなってうれしい」 「そうだな」 命が相変わらず俺の頬に頬擦りしているので、好きにさせている。 顔が近くなったと言っているが、俺が床に座っているからなので実際には近くなってはいないが黙っておくことにした。 命の頬擦りはどんどんエスカレートしてきて、俺の背中にまでスリスリと顔を擦り付けている。 それが本物の猫みたいだなと思う。 俺は部屋着である毛玉のついたスエット姿なのだが、いつこんな変な部屋に運ばれてきたのだろう。 身長があるのは勿論なのだが、当然それなりの体重もあるはずなんだがと疑問が浮かぶ。 「へぇ。ベッドまであるんだな」 「えっ!ホントだ!!」 俺が辺りをキョロキョロと見回すと、ベッドがご丁寧に置いてある。 しかし、俺が使っている様なクイーンサイズではなく一般的なシングルタイプの様だ。 俺があれに寝転ぶと、確実に足が飛び出てしまうだろうな。 まぁ、寝転びませんけども。 「ひろみつさん!ベッド!ベッドだよ!!」 「ええ。ベッドですね…知ってます」 命が本来の目的を思い出した様ではしゃぎ出してしまって、俺はやぶ蛇だったようだ。 やってしまったなと内心で思いつつ俺は頷く。 命は俺の手を引き、ベッドに誘導しようとしているが明らかに体格差がありすぎる為俺の身体はピクリとも動かない。 小さな子供の様に俺の手を引く命の事をぼんやり眺めていたのだが、段々命の顔が拗ねたみたいに頬が膨らみはじめる。 「なんでひろみつさん最近抱いてくれないの!!ぼくは挿入して欲しいのに!!」 「いや…だって…」 「だってじゃない!!」 全く乗り気ではない俺に、命が遂に怒りだしてしまった。 命を取り戻してから抱いた回数は、昔実家で毎日の様にして抱いていた時に比べると片手で数えられるほどしかない。 殆ど道具のレビューや、指で孔は弄ってやってはいるが挿入の回数は極めて少ないなとセックスの回数を思い出して思った。 俺が建前上の言い訳を言おうとしたところで、言葉を遮られてしまう。 「それに、最近翔ちゃんばっかりでぼく全然舐めてもない!!」 「それはたまたまかな?」 命は色々爆発してしまっているらしく、俺の掌をヘロヘロなパンチで叩いた。 非力な命に叩かれても全く痛みは発生しない。 命の言うように、命で処理していた性欲は最近肉体の関係を持ち始めた翔で発散している部分があるので否定はできなかった。 挿入をしなくても、咥えさせるくらいはしていたのだが翔を相手する様になってからは全くそういった事も命に対してはしていない。 だからと言って、こんなところで命を抱く気にもならなかった。 ベッドのサイドボードにはローションやらバイブ等の大人のオモチャが置いてあるのだが、あれはうちの取り扱い商品だろうかと命の膨れっ面を横目に思っていた。 「うわぁぁぁん!なんで抱いてくれないの!!」 「え?」 命が突然泣き出してしまったので、俺は焦って命を引き寄せる。 俺だって別に命が嫌いだから抱いてやらない訳ではない。 それには理由もあるのだが、命が俺の胸で本格的に泣き出してしまったので俺は命の小さな背中をポンポン叩くしかなかった。 どれくらい命の背中を擦っていただろうか。 部屋には時計も、当然ながらスマホも無い。 腕時計もしていないので時間の感覚がいまいち分からなかった。 「うぅぅ」 「ほら。もう泣くな…」 「だって」 命を宥めようもするも、命はまたポロポロと涙を流す。 仕方がないので頬に軽くキスをしてやった。 それで一瞬キョトンとした顔で俺を見返してきたので、なるべく笑顔を意識して表情を作ってやる。 命はそんな俺を見て小さく口角をあげて笑った。 「命には言ってなかったけど、今新しいサプリメントの人体実験中なんだよ」 「え…」 「心配しなくても、青年誌の巻末にある広告にでてくるあれだよ。でかくなるってやつ」 俺の“サプリメント”という言葉に少し緩んでいた表情が緊張した表情に変わった。 コロコロ変わる命の表情に、再会してすぐの命の不自然な笑顔を思い出して成長を感じる。 実はクラブから増大系のサプリをショップで売らないかと打診があったので少し興味本意で飲んでいた。 元々体格にみあったものが付いている俺だが、増大という男のロマンについつい負けてしまったのだ。 本来男である命は受け入れる為の身体の作りではなかったのだが、以前の“飼い主”のせいで完全にメスとして身体を作り替えられていた。 そんな命の身体を若気の至りで散々弄んだ俺は、サプリを飲んでからなるべく命の身体に負担をかけないようにしてやろうとしている。 と言うのは建前で、命が俺を求めて躍起にやっているのが面白くて仕方がないので抱いてやらないのだ。 命に言うと確実に泣いて暴れて手に終えないので、この事については黙っておくことにする。 「でかくなってる?」 「それなりにな?だから、まぁショップでも取り扱おうと思ってな」 「へぇ」 命と少し身体を離すと、命は俺の股間へ視線を送ってくる。 そのまま手を伸ばして撫でてこようとするので、その手を掴んで阻止した。 大好きなオモチャを目の前にした猫の様に目をギラギラと光らせている。 ふと、命のぷにぷにとした掌を見つめて良いことを思い付いた。 「命?」 「なぁに?」 「親指と人差し指で丸を作ってみて?」 「ん?こう?」 命に指示を出しながら、俺はもう一度壁に書かれている文字を確認する。 俺の指示に不思議そうにしつつ指で小さな円を作った命を撫でて俺は人指し指を立てた。 そのまま命の作った円の中に指を通すと、ウィーンというモーター音の後にガチャンという鍵の解錠音が聞こえる。 「え…ここ」 「セックスしないと出られない部屋ではないな」 「なん…」 「穴に何かを入れないと出られない部屋だな。だからディープキスとかでも良かったわけだ。口っていう“あな”に舌を入れるんだからな」 納得いかないという表情の命を気にせず、俺は立ち上がる。 釈然としない顔をしている命を抱き上げ部屋の外に出るべく扉に近寄りドアノブに手をかけた。 ひんやりとしたドアノブを押しながら俺は命の耳に向かって小さく囁いた。 「知ってるか命?」 「な…にを?」 俺の声に身体を震わせる命の耳をべろりと舐める。 面白くて笑えてきてしまいクスクスと笑う俺の声に命の身体の力が抜けた。 足をもじもじと擦り合わせているが俺はそれを見ないふりをして言葉を続ける。 「挿入は甘えなんだぞ?」 「そうにゅうは…あま…え?」 「そう。挿入は甘えだから、我慢しなさい」 俺の言葉をおうむ返しした命の頭に頬擦りしたところで目が覚めた。 一瞬何事が起こったのか分からず、天井を見てぼんやりしていたのだが段々意識がはっきりしてきたのでゆっくり身体を起こす。 当然俺の横では命が寝ているわけで、鼻からぷぅぷぅという不思議な音を立てつつ丸くなっていた。 「変な夢だな」 俺は命の頬を撫でるが、ぐっすり寝ているのか起きる気配がない。 変な夢だったが、夢は深層心理の表れと言うし心の何処かで無意識に思っているのかもしれないななんて考えて俺はもう一度寝転がった。 今度は命を抱き寄せ、目を閉じる。 次に目覚めた時に、本当にあの変な部屋に放り込まれて居ませんようにと思った事がおかしくて俺はふふふと自虐的な笑みが浮かぶ。 命の子供の様な香りを感じつつ俺はゆっくりと意識が遠のいていった。

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