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一人でできます!8
命が微妙な顔をした後、そのまま視線をあげたので向かいに座っている翔と目が合った様だ。
最初はぽかんとしていた命だが、視線を下にずらし翔がバスローブを着ていた事でぎゅっと眉毛が上がっている。
正に“嫉妬”というやつだ。
あまり感情の起伏がなかった命だが、翔がうちに来るようになってから色々と変化があった。
同世代と言うことで刺激されたのだろう。
どうしても命の周りは大人ばかりだったし、店に居た時だって他の商品とはそこまで親しくしていなかったと聞いた。
店に居た時の玲ちゃんにしたって、その後入ってきた翔の後輩というさとるくんという子にしたって、年下だっただろうから自分が面倒を見なくては守らなくてはというバイアスがかかっていたのだろう。
そして何より俺が直接的に何かした事があるのが翔だけだという事が命の嫉妬心に火をつけたのだろうという事は容易に想像できる。
「なんでしょうちゃんがいるの?」
「お前のアナニー動画の編集をしてもらってたでござるが…なにか?」
「ちょっ!パパさん!!」
命の前にマルゲリータピザとシーフードの乗ったピザを皿に乗せて差し出すと、ぶすりとした顔のまま俺に問いかけるので正直に話す。
俺の発言に今度は翔が慌て出した。
別に命は1人でしてた事を今更恥ずかしがる筈もないので正直に答えただけなのに何故翔はそんなに慌てているのだろうか。
首を傾げつつ翔にも別々の種類のピザを乗せた皿を差し出すと素直に受け取った。
「でっ?したの?ぼくのことはぜったい抱いてくれないくせに??」
命の声が部屋に木霊した。
俺は別に何も思わなかったので、軽く手を合わせ小さくいただきますと呟いてからピザを二枚重ねて口に運んだ。
命の発言に翔が俺と命を交互に見ながらオロオロし始める。
いつもの癇癪なので俺も別に慌てもしないし、命の最近の思考などお見通しだ。
毎日自分を抱け抱けとうるさいが、俺は毎回その話を無視している。
「大丈夫だ。今日はなにもしてないでござる」
「うー。ならいいけど!いただきます!」
「ほら。翔も食べないと冷めてしまうでござるよ?」
「え?あ、はい。お言葉に甘えて…いただきます」
ピザをのんびりと食べてから少し間を作った。
何が大丈夫なのかは自分でも謎だが、本当に今日は何もしていないのでその通りに告げると命は納得いかないという顔をしたもののすぐに手を合わせてピザを食べ始めた。
機嫌が悪くてもきちんと手を合わせて食べるのは俺の教育なのか店での教育の賜物なんだろうとぼんやりと思う。
俺もオロオロしている翔に声をかけると、戸惑いながらも食べ始めるのを見届ける。
暫くは沈黙が続いた。
「あ、こら!また肉残してる!」
「おにくいらないもん。しょうちゃんにあげるぅ」
「え!俺にくれるの?ありがとう」
「可愛い子ぶっても駄目でござる。翔も鼻の下伸ばさない!」
皿の端に置いたチキンナゲットを食べもせず、サラダを食べようとしていた命に指摘をすると首を横に振った。
更に小首を傾げながら翔にチキンナゲットを摘まんで差し出す。
命は自分の嫌いな物を翔に押し付けるという嫌がらせだろうが、翔にしたらただのご褒美だろ。
仕方がないのでポテトを皿の端に置くとしぶしぶといった様子でポテトを口に運ぶ。
肉類を食べないので心配だが、今日はチーズも食べていたのでよしとしよう。
翔は俺に指摘を受けたものの命がポテトを食べるのをニコニコしながら見ていた。
ため息が出そうになったがグッと堪えて俺は食事を続ける。
「そういえば、翔は課題は全部終わったでござるか?」
「は、はい。一応…」
「なら、言ってたやつに着いてきてもらいたいからパスポートと旅行の準備しておいてくださらんか?」
「分かりました」
ある程度食事が進み、命は早々にピザを食べるのをやめてただ洗って小さなザルに入れておいただけのプチトマトをモグモグと食べている。
そんな命をニコニコと見ている翔に話しかけると、更にニコニコと笑って返事をした。
そろそろ世間的には夏休みに突入する。
大学生の翔はこれから楽しい楽しい2ヵ月間の夏休みに突入するのだ。
レポートを出した順に夏休みに入るので、今日から翔は事実上夏休みに入った事になる。
「申し訳ござらんが、3人での旅行の後にオフ会と現地視察をかねた仕事があるので先に帰国してもらう事になるでござる。一緒に空港までは行くのでそこは安心して欲しい」
「いえ、それは大丈夫ですしオフ会は凄いですけど海外に行ってまでお仕事大変ですね」
「現地の友人達は別ジャンルからの付き合いでもあるし、日本に住んでた時に留学生だったりしたので懐かしいでござる。まぁ、仕事は好きでやる事だから大変ではないでござるよ」
前々から言っていた日本をテーマにした海外イベントは、始まりは有志から開催したらしいのだが現在では日本政府を巻き込んでの大きな見本市と同人誌即売会と日本文化の発信と言った言い方は悪いがカオスなイベントになっている。
一応サークルの一般参加もできるし、現地の友人達にはサークルを出してはどうかと言われているが本を持っていくのが面倒だなと思って断ってはいた。
そもそも夏の終わりにある大規模イベントに向けての新刊が実はまだできていない。
命の事で色々バタバタしていたので仕方がないが、長年サークルをやるうちに壁際からシャッター前になれる程の大手サークルに成長した。
SNSでは仕事のアカウントよりも、趣味アカウントのフォロワーの方が多いくらいだ。
新刊の表紙と内容は粗方できているので、後はSNSでの告知やら印刷所への入稿と委託店舗への発送発送手続きやデータ送信になる。
「さぁ。忙しくなるでござるよ!命にも手伝って貰うことは山ほど用意してあるのだから、拗ねてないで働くでござるよ!」
「ふぁーい」
命からは納得はいっていないが渋々といったような返事が返ってきた。
仕事がしたくないと言うよりはついでと言われた様で納得ができなかったのだろうとぼんやりと思う。
新刊を落とすわけにはいかないので、納得いっていなくても命には手伝って貰わなければならない。
「うわぁ…生原稿」
「ぼんやりしてないでトーンと局部の処理するでござる!」
「博光さんここのこれってなにいろー?」
「ポイズンパープルですぞ!」
ピザパーティの後だが俺達はパソコンの前に居た。
プロットはできていたので、少し下書きをしていたページを清書して翔にトーンの処理と局部の海苔付けをさせる。
翔は原稿に喜んでいるみたいたが、それより作業をして欲しい。
命はタブレットでアクスタやアクキー用の絵を描いていて着色中なのか色を聞いてくる。
命の描くSDキャラはSNSで評判が良かったのでグッツ化することにした。
とりあえずアクスタ用のイラストと、アクキー用のイラストを描いて貰っている。
「つかれたー!」
「肩バキバキだ…」
「2人のお陰でだいぶ進んだでござる。感謝いたす!」
グッツ用のイラストを描き終えた命のにもトーン貼りや清書を手伝ってもらって、何とか三分の一位が終わった。
明日も作業をすれば近日中には余裕で印刷所に入稿ができそうだ。
命も翔も首や肩をぐるぐると回している。
これだけやれば命は俺に抱け抱けと言わないだろう。
そもそも仮眠するまでオナニーしてたんだから、身体的にはスッキリしてるだろうしひと安心だ。
俺は小さく息を吐いて肩を回す。
「夜飯は何がいい?」
「もうそんな時間ですか?」
「翔ちゃんつーかーれーたぁ!肩もんでぇ!!」
モニターを見ると夜もふけてきている。
いい加減腹がへってきたので、お子様達に声をかけると翔が驚いた声をあげた。
一方の命は翔におねだりをはじめる。
自分が頼めばある程度言うことを聞くという事を学習しているので普段は対抗意識剥き出しなのに、こんな時ばかり良いように利用しているのを見ると成長にほっこりしてしまう。
昼にピザを食べたので、何を食べようかとスマホを取り出す。
「ぼくラーメンがいい!でも、魚介系じゃないとやだ!」
「ラーメンいいね」
「命がリクエストとは珍しいでござるな」
珍しく命がリクエストをしてきたので、少し驚いたがこってり系ではなくあっさり系を選ぶ辺り命らしい。
スマホで近所のラーメン屋の検索をすると、少し離れているが夜遅くまで営業している店がある。
俺はスウェットのまま、命は流石にダボダボのTシャツというわけにはいかないので薄手のパーカーにホットパンツにオーバーニーソックスという服装に着替えさせると翔がこっそりと興奮し出した。
本当に分かりやすい性癖をしているなと変に感心してしまう。
「鼻そんなに効かないなら、こってり系でもいいだろうに…」
「獣くさいのいやなの!胃にもたれるし」
「確かに背脂とかきつい時とかあるよね」
ラーメン屋で遅い夕食をとってからのんびりと歩きながら俺は命の小さな鼻をつつく。
嗅覚がそこまで良くない命にこってり系のラーメン屋でも良かったのでは無いかと言ってみたが、若いのにだらしない発言をしてきた。
しかし、翔もそれに賛同しはじめて俺は驚いてしまう。
背脂が乗ったラーメンが流行った時に、俺もまんまとそれにハマってしまって次男に怒られて一番遠くの取り立て先に走っていけと足を蹴られた事を思い出す。
「美味しいのに…」
「ぼくは太った博光さんも好きだけど、病気になったら悲しいよ?ぼっきふぜんとか困るでしょ?」
「命…」
「うぇ!鼻!はなちゅままないれ!」
「何が勃起不全だ!ゆるゆるの癖に、生意気な!」
「ゆるくないもん!翔ちゃんなんてぼくのお尻ですぐいっちゃうんだからね!」
「ちょ!みことくん!!やめて…」
俺が背脂たっぷりのラーメンへ思いを馳せていると、命がよしよしと俺の頭を撫でてくる。
抱っこしてるので顔を近付けてきてあわよくばキスしてこようとするので、俺は命の鼻を摘まんだ。
痛覚も鈍いらしいが、苦しいのか抵抗をしてくるので指を離して鼻を上へ押してやった。
豚鼻になりつつ翔の事を引き合いに出してえっへんと胸を張るが、翔は居たたまれないのか顔を覆ってしゃがみこんでしまう。
「とりあえず満腹になったから続きをするでござる!」
「もう、今日はま○こに黒塗りしたくなぃ!」
「うわ!パパさん俺も抱き上げないでください!自分で歩けますんで!」
これでは中々帰れないと思ったので、道路にしゃがみこんだ翔を小脇に抱えて俺は足早に帰路へといそぐ。
この調子だと新刊2冊出せるのではと翔の声を聞き流しながら思った。
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