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⑦
その夜、隣の勇者様の部屋から物音がして目が醒めた。不安に思い、勇者様の部屋のドアをノックしようとして、苦しそうな声が聞こえて、僕はドアに耳を寄せた。
『……っ、くそ…。なんで…俺が……』
勇者様…?
聞いてはいけない、立ち入ってはいけないようなものの気がして、僕はノックしかけた手を胸に当てた。
翌朝、勇者様は何事もなかったかのように、けろりとした顔で宿の食堂で食事をとっていた。一瞬、昨日の夜の事は夢だったんじゃないかと思ったけれど、勇者様がスープを何度か口に運んだ後、「口に合わない」と食べるのを辞めたのを見て、もしかして、と思う。
朝食を作ってるシェフを呼びなさい!、と巨乳王女様が叫んでいたけど、勇者様がそれを宥めて、事なきを得たけれど、きっとそう言う事だ。
勇者様は多分殺生したことがない。
僕も一度だけ自分の身を守るためにモンスターを倒したことはあるけれど、同じだった。血を見て、その死んでしまったモンスターの遺体を見て、もう僕には無理だと思った。夜は夢にまで出てきたくらいに。
勇者様も剣を持った経験はあるけれど、きっと生き物を殺したことがなかったんだ。
ざまあ!
って言ってやりたいけど、少し勇者様に同情してしまう。僕は隠れられるけれど、勇者はそういう訳にはいかないし。
でも旅を続けるために、元気になってもらわないといけない。僕は奴隷生活の中で学んだことを活用することにした。
お腹や胸が気持ち悪くて食欲がない時に食べると楽になる果物がある。勇者様の場合精神的なものだけど、食べないよりはいい。通りすがった果物屋でその目的のものを調達した。
美女たちが装備を競いながら試着し、自分の自信のあるパーツを強調できるものを選りすぐっている間に、勇者様に果物を差し出す。
「勇者様、先ほどはあまり召し上がられておられなかったので、道中お腹が減ります。これ宜しければどうぞ」
柔らかい皮をむいて、中の実を渡す。
「またマズいんじゃないだろーな」
一言多いな全く。
勇者様は嫌そうに受け取りつつも、その薄皮に包まれた小さな果実を口に放り入れた。噛むごとに眉間に入っていた皺が薄くなっていく。
「ふーん…」
手のひらを僕の前に差し出して、もう一つくれとと催促されれば、僕はどうしてか、胸が締め付けられるような痛さを感じた。なんなんだろう、病気?
とにかく口に合ってよかった、と思ったのもつかの間、美女たちが買い物を済ませたのか、新しい装備に身を包んで、我先にと勇者様の前に立とうとする。
そして、勇者様の持っている果物に目をやって…。
「なにをしているの!? そのような家畜が食べるものをハヤトに食べさせるなんて!」
「ハヤトの大事な体なのに、何考えてんの!?」
「家畜ってどういう意味だよ」
「それはカーヴと呼ばれる家畜の好物で、レニンという果物だ。基本人は食べない」
「はぁ? 何食べさせてんの? お前。最悪」
「ホントホント何考えてるのニャ? 僕たちの邪魔でもするつもり?」
「…これレニンなんですか?! 勘違いしてました~、アハハ。勇者様もすみません」
勇者様の手のひらに乗せた実を即回収。その果物の意味を正直に話せるわけも、知識をひけらかして女性陣の無知を指摘できるわけもなく、僕は取り繕って笑った。顔色を窺うことに関してだけはLv.MAXなのだから。
全然自慢にならないのが辛い…。
「こいつ。雑用もできないんじゃん」
勇者様から冷めた視線と言葉をいただき、顔を逸らされた。出発前から勇者様御一行と僕の間には大きな溝ができてしまった。5人は人間関係を作るのさえ落ちこぼれな僕を振り返りもせず、街の中を進んでいった。
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