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お互いなにも話さずに無言のまま歩き、気づけば二人が住むマンションに着いた。見上げると首が痛くなってしまうので見上げることはしないが、実はずっと思っていた素朴な疑問があった。
「おまえ、こんなところ住めるほど金あるの?」
「……親父に頼まれたんだよ。家賃出すからここに住んでくれって」
「えっ。ここおまえの父さんのマンションなの?」
「違ぇ。親父の知り合いんとこだよ」
「へー」
すると、稜が橙里のことを無表情で見つめる。だがそこには静かな怒りが含まれており、なにか変なことを言ったかと自分の言葉を振り返ってみる。
全てのパーツが正しい位置に配置された顔は恐ろしいほど整っている。黒髪がそよ風に揺られ、靡く様すら目を奪われてしまう。
「……俺はおまえって名前じゃねえ」
思わず見惚れていると、稜がそう言ってさっさと歩き始めてしまった。あとを慌てて追いかけ、言葉の意味を問う。
「ちょ、待って。どういうこと!?」
「わかんねえならいい」
「稜!」
稜の名前を大きい声で叫ぶように言うと、稜が立ち止まる。そのせいで顔にかなりの衝撃が与えられたがそれはもうどうだっていい。
橙里に振り向いた稜が微笑んでいた。滅多に見せない顔を見せられて、橙里の心臓は大きく跳ねる。そんな顔を見せられて通常でいられる方がおかしい。
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