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待て待て待て。 稜がこんな冗談を言う人間ではないことを知っている。そして橙里が馬鹿らしいことを言うのを稜が本気にするわけがない。 それなのに。 「払うんだろ?」 「そ、そうだけど……」 「高三の夏」 その稜の言葉に、橙里は動きを止める。 高三の夏とはキスをされた時期のことだ。稜は覚えていた。 あのとき、橙里にキスをしたことを。 「その続き、しようぜ」 「あ……!」 既に食べ終わっている橙里に近づいた稜が、後ろに押し倒した。紺色のソファが二人分の体重の負担をかけられたことにより大きく沈む。だが、橙里にとってそんなことはどうでもよかった。 視界いっぱいに稜の顔が入り込んでくる。 十年以上前、高校三年生の夏。 自分のくちびるに触れた、稜のもの。 柔らかくて冷たくて。でも、優しくて。 誤ちは繰り返さないと決めた。 決めたのに。 「……うん」 また、繰り返そうとしている自分がいる。

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