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「頼める人間なんていくらでもいる。でも、中には自分の髪を大切にしている人だっているんだよ。失敗する可能性なんて十分あんのに、簡単に髪を借りるわけに行かないんだよ」
「……ふーん。あの幼馴染の髪も借りられないんだ。一緒に住んでるのに?」
「あのなあ。いくら幼馴染とはいえ出来ることと出来ないことがあんの」
髪が邪魔になり、濡れた手でかきあげる。
真っ白な額がさらけ出され、いつもは前髪で隠れているくっきりとした二重や整った眉が露出した。
矢本は橙里の顔の造形に驚き、内心どきっとした。
女性よりも綺麗な顔をしている橙里は、男性にはない繊細さや美しさがあった。
「……なに」
「いや、なんでも……」
あまりに矢本が見つめてくるので、睨むようにして見つめ返す。
しかし、この美容室にはイケメンしか来ないのだろうか。矢本もかなり顔が整っている。
態度は気に入らないが、わざわざここを選んだのだからなにか理由があるのだろう。
きっと二十代前半なら調子に乗りたいお年頃なんだ。それならば、少しくらい調子に乗らせるのも悪くない。
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