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「おまえさ、なんで美容師になりたいって思ったの?」
椅子に座り、矢本に向かってそう話しかける。無視されるかと思ったが、矢本は意外なことに話すつもりのようだ。
「……単純だよ。元々手先は器用なタイプだから、美容師になってやろうと思っただけ」
「ふーん……単純だな」
「そうだっつってんだろ」
──僕が言えたことじゃないけど、口わりぃー……
橙里と稜の口調を組み合わせたような口の悪さで、なんとなく自分と矢本が重なる。
どんな理由にせよ、やりたいことが見つかるのはいいことだ。
「まだ二十二歳だろ? 若いっていいねー」
「……は? あんた何歳?」
「僕は三十三」
「さっ……!?」
やはり年齢を言うと驚かれる。そんなに若く見えるのだろうか。
「絶対俺と同じくらいか少し上だと思ってた」
「だからあんなに生意気だったのか? 甘いな。人を見た目で判断するのはだめだぞ」
「いや、どう考えたって三十路には見えないだろ……」
矢本が頭を抱えている。いい気味だ。
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