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「……痕付いちゃうよ」 女の顎に手を当て、下くちびるを親指で触った。無意識の行動だった。 「やめてよ……いい人ぶらないで」 女が地声で話す。素を出すと纏っていたオーラが一気に暗いものに変わり、橙里は思わず苦笑する。 「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど」 「なんで? なんであんたなんかが稜くんの隣にいるの? 稜くんの隣はわたしだったはずなのに……」 女が泣いた。余程稜のことが好きなのかと思うと、気の毒になってくる。と言っても橙里も過去にされたことを忘れたわけではない。でも、なにか自分に重なるような気がした。 気が付けば、口を勝手に開いていた。 「……僕だって、隣に立つまで時間がかかった。それなりに苦労もしたし、稜の口の悪さに慣れるのも数ヶ月の話じゃない。数年もかかった。だから、今隣に立ててるんだよ」 「……」

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