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羽村が矢本の方を見てそう言う。大して驚いた様子でもなく、子どもを見守る親のような顔をしている。
「ま、いい経験だね。雑用ばっかでもあれだし。もうそろそろカットもするんだっけ?」
「うん。明後日くらいに予約が入ってるんだって」
シャンプーするときは話しかけ過ぎてもいけないし、かと言って無言過ぎてもいけない。
適度に会話を繋げ、不快にならない程度に笑いを取る必要がある。
美容師というのはコミュニケーション能力が大事なのだ。
「お、ちゃんと適度に話しかけてるね。まあ、矢本くんならそれなりに人気出るかな」
「そうだな、安泰安泰。ここはもうおじさんばかりだから」
「ほんとそうだよね! 六人中四人が三十超えてるって……女の子来ないかなー」
「……無理っしょ。蒼樹も来年で三十路かぁ……」
二人で宙を見上げ、歳をとったことを実感する。
──もう三十四年も生きたのか。
思い起こせば、いいことばかりではなかった。悲しいこともあったし、死にたいくらいに追い詰められたことも何度もあった。
それでもここまで来たのは、稜と会えることを心のどこかで期待していたからだろうか。
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