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甘い休暇8
車から降りると、和風な雰囲気が全面に押し出された上品な宿が目に入ってきた。
テレビで見たものそのままで、つい口をぽかんと開けてしまう。
これが自分のためだと思うと、口が緩んでしょうがない。
愛されてるな。
「ほら、口開けてねぇでさっさとチェックインするぞ」
「はーい」
「……小学生かよ」
にやにやしながら稜が言った。その顔がなんだか新鮮で、見てるこっちまでにやにやする。
いざ宿の中に入ると、家族連れやカップルがチェックインしていたり、ロビーでゆったりしていた。
人気なだけあって客層が幅広い。
なにより、日本人が落ち着くような雰囲気で自分が日本人だということを実感させられるようだ。
こういうの、好きなんだよなあ。
稜が橙里の好みを熟知しているからこそ選んでくれたのだろう。
「予約していた北見です」
「はい、北見さま……かしこまりました。本日はわざわざお越しいただきありがとうございます」
稜が名前を告げると、やや若めの女性が着物姿で応じ、ゆっくりと頭を下げた。
だが橙里は見逃さなかった。
その女性が稜のことを見た瞬間、狙うように瞳が光ったことを。
──こら、稜は僕のものだぞ、おい。
橙里より年下であろう女性に向かってこんなことを思うのはかなり大人げない。
……が、そんなことどうでもいい。
稜は、橙里のものだ。
「菊の間でございますね。よろしいですか?」
「はい」
ちょっ、稜に上目遣いしていいのは僕だけだぞ!
稜がイケメンだというのはわかる。けど、やはりこういうところを見ると気分がいいものではない。
……はあ。
こうなったらやりたくないんだけど、奥の手。
「稜、楽しみだね」
「ん? ああ」
稜の腕に橙里の腕を絡ませ、あざとく顔を見つめて甘ったるい声を出す。
すると女性はなにかを察したように一瞬だけ硬直し、せっせとチェックインを進めている。
まあまあ効いた模様。───あともう一押し。
「僕が意識なくしてもちゃんと看病してね?」
「ふ、それは意識なくすまで抱いてもらいたいってことか」
「っちょ」
稜さん大胆すぎ。
だけどまあ……女性は急に顔を赤くしてわざともたつくふりをしてたのをやめて、鍵を渡してくれた。
「ありがとうございます」
「っ」
それを橙里が受け取って、にっこり微笑んでやる。
──ふっふっふ……僕の勝ち。
大人げない? 知らん。
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