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あの二人16

 とりあえず、退散しましょうかね……  未だに俺の背中を叩いている橙里さんの前をすーっとカニ歩きのように退け、そのまま後ろ歩きで部屋から出ようとした。  出ようとしたんだけど。 「おい」 「待て」  右腕を橙里さんに。左腕を稜さんに掴まれた。  ……わっつ?  え、なにこの変な絵面。イケメンと美人さんに求められちゃってるんだけど。  「私のために喧嘩しないで!」……みたいな? いや、違ぇか。全然違うわ。  ……まじで、なに、これ。 「なあ、このまま出て行けると思う?」 「……いーえ、思ってません」  橙里さんなんでキレてんの……? いや、違うな。これは俺の反応を楽しんでるだけか。  だとしたら、やばくね。どうすればいいの、これ。  微動だにせず虚空を見つめていると、その虚空に稜さんが入り込んできた。  イケメンの威力がぁっ……! 「橙里の写真は」 「スマホあっちにあるんで……手ぇ、離してくれませんかね」  そんなに橙里さんの写真見たいんかい。かわいいかよ。  ねえ、今ちょっとむすってしたよね? ねえ? 「じゃあ、取ってこいよ」 「はあ……」  なのに手は離してくれないんだね。  歩きだそうとすると、後ろからトラックが追突してきたような衝撃。 「おわっ!」  これ、俺が倒れなかったの奇跡じゃね?   後ろを振り返ってみると、どうやら橙里さんが俺に抱きついたようで。  うわっ、ちょ、橙里さんそれはやばい……! 「いーつーきー」 「な、なに……離れ……」 「おまえは僕の後輩だろー、稜の言うことなんか気にすんなよー」  明らかにふざけてる。  というかさあ、やばいんだけど。橙里さんが抱きついてきたから、稜さんが無言で圧を放ってきてるんだけど。  怖ぇ…… 「樹」 「ひっ、ひいっ」 「おまえ……どんな手を使ったら……」 「なんもしてないって! この人が……!」 「樹がいい子だから。なー? 樹ー?」  橙里さん、稜さんが怒ってんの楽しんでるじゃん。  俺、稜さんの怒りに耐性ないから脚がガクガクしてるんだよね……  朝から刺激強すぎるよ……どうすんだよ、これ。 「橙里さん」 「あ?」 「いつも美容室で、稜さんの惚気話してるくせに俺に抱きついちゃっていーの?」 「なっ……!」  よし、橙里さんが照れた! んで、稜さんの矛先が橙里さんに向いた。  そーっと橙里さんの拘束を解いて、二人がどうすんのか見守る。 「ふぅん……おまえ、俺の話のみならず惚気までしてんのな」 「ちっ、違……それは……!」 「なあ、聞かせろよ。俺のどんなところを話してんの?」 「ひゃぁっ……!」  あー……イチャイチャが始まった。  キスしそうだから出ていこう、と思って音を立てないようにリビングに行く。  もうコーヒー冷めちゃったかな、と残念に思っていると俺のスマホが鳴り響いていた。  朝に連絡するような人って……あ。 「もしもし」 『あ、樹』  瀬島さんだ。  不思議と口が緩んでしまう。 「どうしたの?」 『いつ帰ってくる? 朝飯とか食べてくんの?』  素っ気ない口調だけど、本当は帰ってきてほしくて堪らないんだろうなあ。  帰ったら……なんて声をかけようか。 「食べてくるよ。なるべく早く帰るから、待っててね」 『っ……わかっ、た』  くっ……やっぱりかわいい。年の差とか、関係ないくらいに。  電話を終えてソファに腰をかけてため息をつくと、またバタバタという音が聞こえた。  あと、ちょっとした口論が聞こえる。  ……いくらなんでも、あの二人のラブラブっぷりには適わないかな?               〈完〉

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