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全て3
ふと、橙里の顔を見てみると頬をぷくっと膨らませていた。
「っ」
危ない。思わず「かわいい」と言ってしまいそうになった。
反則すぎる。いつもより幼く見えて庇護欲を掻き立てられてしまう。罪な男だ。目の前にいる男は。
「勘弁してほしいよなぁ……三年の廊下通っただけで通りすがりに『抱きてぇ』とか聞こえてくんだもん」
「……」
「稜の場合『抱かれてぇ』だろうけど。何が悲しくて抱かれなきゃいけないんだこんちくしょぉっ……!」
机をばんばんと叩く橙里。
小学生……
その様子を何も言わずにただ見ていると、友人が傍にやってきた。山本だ。
「お、何。橙里また告られたん?」
「ちげー……放課後呼び出されてんの。男に」
「へー。誰?」
「高木先輩……だったかな」
その名前に、少なからず驚く。
それは三年の中で一番イケメンと騒がれている男で、橙里に目をつけていると噂でしか聞いたことがなかったから、本当に好きだとは思わなかった。
稜ほどではないが、稜の次かその次くらいに顔が整っている男だ。さすがの橙里でもつき合うことに躊躇いを感じないのではないだろうか。
「……つき合うの、おまえ」
自分が思っているより何倍も冷たい声色になってしまった。
だが、橙里はそんなものには一切気づかずにキッと睨みつけてきた。
涙目で、唆られる。
「どぉしてつき合わなきゃなんねーんだよ……! つき合うわけないだろ!」
「……ふぅん」
「えー、イケメンだぜ? 高木先輩」
「は? どうせ稜の方がイケメンだろ」
その言葉には多少どきっとしてしまう。そうか、橙里にイケメンだと思われているのか。
なら、この顔に生まれてきた価値もあるものだ。
それに、つき合う気がないのならもうどうでもいい。山本と共に見張りをしていれば、それで。
「優しいらしいし。後悔すんなよ?」
「しねえよ。後悔? はっ、僕なんかじゃなくてかわいい女の子とパコパコずっこんしてろ」
「おい、ここ教室」
本当に参っているらしい。
緩んだ口元を見られないように口元を手で隠す。ふ、と窓の方へ目を向けるとカラスが喚きながら空を飛んでいた。
カラスの鳴き声が、聞いたこともない橙里の喘ぎに勝手に変換される。
──末期だな。
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