ここまで喋り、人の話に耳を傾けずに暴走する人間を初めて見た。 　手を離したら恐らくマシンガントークが始まるだろうから、男子の口元を覆ったまま話す。 「わざわざ呼び出して何の用だ？　めんどくせぇから十文字以内な」 「萌えの補給と現状確認」 「萌えの補給？　悪ぃがそれはどういうことだ」 「僕の生きる糧」 「……現状確認とは」 「お二人の幸せを願って」 　だめだ。十文字以内でも全く理解できない。それどころかもっと難解になったじゃねぇか。 　というか……こいつが震え続けて手の感覚がなくなってきた。 　諦めて解放してやると、ぱあっと顔を輝かせた。 「はぁっ、いい匂いに包まれて幸せでした！　あ、萌えの補給は腐男子としての使命です。何故なら腐男子の存在意義は萌え、尊い、推しですから。その中で橙里先輩と北見先輩の絡みって最上級なんです！　神戸牛と松阪牛をミックスしたくらい超高級なんです！」 「……」 「あっ、話が逸れました。橙里先輩男にも女にも人気で普段は澄ました顔してるのに北見先輩の前ではあんなにかわいく笑うんですよー……！　僕がたまに尾行……っ、ゔん、お見かけするときいっつもにこにこにこにこかわいい顔して……あれは抱きたいって言われるはずです……！　現世に舞い降りし天使ですよ！　はあ……一度でいいから罵倒されたいものです……」 　今のはほんの少しだけ理解出来た。 　ようやくこの言語にも慣れてきたようだ。……いや、日本語なのだけれど。 　要するに、いつもは澄ましている橙里が稜の前では楽しそうにしているということだろう。 　現世に舞い降りし天使、というのはまあまあわかる気がするけど。 「あ、現状確認はですね！　僕漫画同好会にいるんですけど……お二人を描くための観察です！　ぁっ、観察じゃなくて、ぇえと……はい！」 「観察じゃねぇかよ」 「はぅ！　イケメン……じゃなくって。そうだ！　封筒に入ってた写真見てくださいましたか？」 「……見たけど」 「あれめっちゃかわいくないですかー？　いつもみたいに中庭で人間観察してたら橙里先輩がやってきて。あれ？　北見先輩とイチャイチャするために来たんじゃないのかーって一眼レフ片手に見てたんですけど、パンを頬張って幸せそうに食べてたんですよー！　やばいかわいい！　って思って。僕だけの宝物にしようと撮ってたら鼻血出ちゃって……おかげで一眼レフが血で染まりました」 「……」 「北見先輩も、橙里先輩と話してる時楽しそうですよね！　雰囲気エロいし橙里先輩に向ける目が慈愛で溢れています！」 「……は？」 「実際……もうホテル行きましたか？」 「おまえ色々誤解してんじゃねえの」 「やだなー、誤解なんかしてないですよぉー」 　初めて会話が成立した…… 　今までは稜が投げているが全て外れて、こいつが何百球も音速で投げているんじゃないかというくらい悲惨な会話のキャッチボールだったが。