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身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ 3

1月22日、地震発生から5日目の朝。その日は予報通りの雨だった。 病院の敷地には、既にテントやブルーシートが設置されている所があり、赤と灰と黒で埋め尽くされていた街は、薄暗い青と白に染まっている。 早朝から患者を診て回って、最後に1番奥の彼の部屋に行く。部屋に入ると、いつものように背中をベッドヘッドに預けて窓の外をぼんやり眺める彼がいた。こんな状況で彼を美しいと思うのは罰当たりだろうか。 「新稲くん、おはよう。具合はどうかな?」 「…おはようございます。…せんせ、あの、お願いが、あって…。」 俯いている彼の表情は見えないが、きっと哀しみに満ち溢れた、今にも泣き出してしまいそうな顔をしているのだろう。だって今日は…、 「具合は大丈夫だから、今から広彰のところに連れて行って…。少しでも長く一緒にいたい…。」 彼が愛した人との別れの日なのだから。 強張る身体の力を抜いてあげるように、抱きしめて背中をさすってやる。 「わかった。でもその前に、消毒だけ頑張ろうね。」 少し緩んだ身体がまたびくりとしたが、昨夜、生きると誓った彼はしっかりと頷いた。 * 「ッぁあ゛!ぃ゛たぃっ……、ァア゛っ、はぁッ、ァ゛ッ」 何度やってもこの行為は心苦しい。包帯を外して露わになる切断面はまだ皮膚がかぶれていて痛々しく、そこに消毒液をつけるたびに、大きく身体が跳ね上がる。暴れる身体を押さえる為に巻かれた拘束ベルトは見ていて心が痛い。 ただ、これも彼の為。少しでも彼の苦痛が和らぐようにと手を握り、そして耳元で呟く。 大丈夫だから、と。 そうすれば、彼は涙を流しながらこう呟くのだ。 『ひろ、あきっ…。』 * 「ごめんなさい、おれ…。」 「ん?何が?」 「俺を助けてくれて、消毒してくれて、抱きしめていてくれるのも先生なのに…。」 何を言い出すのかと思えば、彼は広彰くんの名を呼ぶ事を俺に悪いと思っているようだった。 「いいんだよ俺が言ったんだ。俺を広彰くんだと思えって。それとも広彰くんの事忘れたいの?」 「ッ違う!!」 俺の言葉に、形相を変えて彼は素直に怒りを露わにする。 「ごめんごめん。意地悪だったな。新稲くんは気を使わなくていいんだよ。…それでいいんだ。」 彼は俺の心の奥底に閉まってある卑しい気持ちに気付いてしまったのだろうか…。 悪い考えを断ち切るように俺は、拘束ベルトを外してやり、彼をよいしょ、と抱え上げた。 「さぁ、そろそろ行こうか。」

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