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身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ 4
先生に抱えてもらい着いた場所は、病院の敷地内に急遽作られた遺体安置所。白い布に包まれた遺体が等間隔に並んでおり、その中に広彰がいる事を信じたくなくて、俺は咄嗟に目を瞑った。
怖かった。お願いだから嘘だと言って。そう神様にお願いしてみた。けれど、目を開けて直ぐに見つけてしまったのだ。
俺の───、
「広彰っ……!」
「危ない!新稲くん!」
気がついたら手を伸ばして先生の腕の中から身体を乗り出していた。あ、と思った時にはもう遅く、地面に叩きつけられたけれど全然痛みは感じない。それよりも、早く広彰の側に行きたくて、俺は夢中で這った。
やっとの事で広彰のそばまで来て、震える手で布をゆっくりとめくる。
「ひろあき…?」
煤で少し汚れた顔は、俺にはただ眠っているだけのように見えて。
「ひろあき、ね、おきて…?風邪ひいちゃうよ……?」
でも、体を揺すってもちっとも目を覚ましてくれなくて。
「ねぇ、やだよ…。おきてよ、、広彰…ッ!広彰ってば……!」
更に強く揺すっても、状況は一向に変わらない。
「ぁぁ……、ひろ、あき……っ…。」
広彰に縋るように抱きついて、その胸に顔を埋めた。そこから聞こえるはずの鼓動はどれだけ耳を澄ましても俺の耳に伝わってこない。
頭の中ではちゃんと理解していた。けれど、まだ生き返るんじゃないかと、どこかでそう信じたい自分がいて、
咄嗟に唇をあわせた。いつもと違う、冷たくてかたい感触。少しでもあたたかくしてあげたくて、何度も口付けた。
「ひろあき……す、きだよ…。」
初めて言葉に出来た俺の気持ちは、もう広彰に伝わる事はない。それでも、1度漏れた言葉はとどまることはなくて。
「……っすき、…大好き…。」
「愛してる…ずっと…ずっと……。ひろっ、……あき……。」
どれだけそう伝えても、広彰の目はもう二度と開くことはなくて。
ただ、ぽたり、ぽたり、と涙か雨か分からないものが広彰の冷たい頬を濡らしていくのだった。
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