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後編

 駐車場に着いた途端、ライが助手席側のドアを乱暴に開けて、希望を引きずり出した。 「ちょっと待ってっ……! 痛い……!」  戸惑う希望を引き寄せて肩を強く抱くと、ダンッと大きな音を立てて車のドアを閉める。その音とライの荒々しい動きに驚いて、希望はびくりと震えた。恐る恐るライを見上げるが、ライは希望の肩を抱いて、自宅マンションのエントランスへと歩いていく。コンシェルジュが控えめに「おかえりなさいませ」と声をかけて頭を下げた。しかし、それを聞き終わる前に通り過ぎて、二人はエレベーターに乗り込む。上の階へと登っていく間、希望はチラチラと何度もライの様子を窺ったが、その視線に気付きながらも、ライは沈黙を通した。 「ぅあっ! ……うぅっ……?」  玄関の扉を開けた途端、ライは希望を投げ捨てた。床に身体を叩きつけられて、希望は痛みで一瞬動けなくなる。呻く希望を見下ろしていたライは、希望が起きる前に覆い被った。 「はっ……? え?」  俯せに倒れていた希望には、ライの表情が見えず、混乱する。しかし、その間にも、ライの手が下着ごとズボンを下ろそうとしていた。ギクリ、と身体が強張って、希望は反射的に手を伸ばした。 「な、なんで……! あっ、ぅあっ……!?」  希望が抵抗しようとした腕を掴んで、後ろに捻り上げる。ぎしり、と骨が軋んだ気がして、驚いた希望は顔を上げた。 「ぅ、ぁっ……! っ……!?」  しかし、ライは希望の腕を押さえているのとは反対の手で、希望の髪を掴んで押さえつける。額を床に叩きつけられて、希望は痛みに顔を顰めた。希望が痛みから逃れようと身を捩るが、それ以上の力でライが押さえつける。  これ以上ライを刺激しない為か、希望は抵抗を止めた。痛みで反射的に身体が動くが、できるだけ力を抜いて、ライを受け入れることを示している。ライは希望が大人しくなったのを確認して、再度希望のズボンに手をかけた。    ***   「ゥ、ア、ア、ぐっ…! …ぅん! ……アッ、ぁあっ!」  希望の呻き声混じりの悲鳴が響く。  殆ど慣らさないまま、コンドームのジェルだけで熱を捩じ込まれて、あまりの苦痛に希望は喘いだ。四つん這いの状態で、受け入れる準備ができていない場所を無理に押し広げられ、容赦なく奥を突かれる。その度に、希望は苦しげに呻いた。  少しでも苦痛から逃れようとする細腰をライの大きな手が掴んで、引き寄せる。指が食い込むほどの強い力で掴んでいるので、後で痣になるかもしれない。  希望の足が震えて腰が下がると後ろからライがバシンッと尻を叩いた。希望から「ひぅっ……!」と小さな悲鳴が上がる。 「腰上げろ。ちゃんとつき出せよ」 「う、ぅん……!」  ライの低く冷たい声に、希望は震える足に力を込めて、懸命に腰を上げた。叩き込まれる苦痛に、身体も中も強張り、いつもとは違う形でライを締め付ける。 「ぅ、っぐ、あ、ぁあっ……! ひっ…、ぅうっ、んっ……!」  苦痛に耐えるようにビクビクと震える身体を揺さぶる。  希望が着ていた柔らかい素材のストライプ柄のYシャツは、ライが引っ張ったらあっさりとボタンが飛んで、はだけてしまった。今は希望の肩から滑り落ち、肘の辺りで留まっている。希望の後ろ髪が乱れて、その隙間から白いうなじと黒いチョーカーが見えた。ライは躊躇なくそれを引っ張る。 「ぅあっ……?!」 「いいねぇ、これ。首輪みてぇ」  チョーカーが引っ張られ、喉が締まる。呼吸が苦しくて、希望は腕を突っ張り、上半身を起こして苦しさから逃れようとするが、ライはそれ以上の力でチョーカーを引いて、そうはさせなかった。 「ぅっ、くっ! んっ…はぁっ……! ら、いさっ……?」 「今度首輪やろうか? お前好きだろ、そういうの」 「んぅ…い、いや……! っく、るしっ……! ぅあっ!? ぁあっ!」  ライはチョーカー引っ張りながら、希望を責め続けた。首が絞まって、希望の中も、希望の意思とは関係なく、きゅうきゅうとライを締め付けてしまう。その感触を楽しむようにゆっくりと引き抜いて、一気に突くのを繰り返す。それに合わせて、パンッパンッ、と肌がぶつかる音が響いた。 「はっ、ぁっ……!」  はく、はく、と、希望が酸素を求めて、苦しげに口を動かす。ライはチョーカーを離すと、希望の腕を引っ張り、上半身を起こした。腕を引く反対の手で胸の赤く色づく突起を強く抓る。 「ぁっ……!? いたっ、痛いぃ……っ!」  希望が痛みから逃れようと身を捩るが、ライは逃さないように首を掴んで引き寄せ、より強く乳首を捻る。 「さっきからちょっときつすぎ。緩めてくんない?」 「ぅ、ぅんっ……!」  痛みと苦しさで、希望の身体も中も強張ったままだった。とても力を抜くとか、ましてやソコを緩めるだなんてできなくて、希望は苦痛に呻きながら、弱々しく首を横に振る。  ライが仕方なく手を離すと、希望の上半身が力なく前に倒れた。ライは後ろから手を伸ばして、希望の乳首を優しく撫でて、くにくにと摘まんだり、くりくりと指先で円を描いて弄んだ。 「あっ、ぁっ! はぅ、んっ……! あっ、ぁあ……っ!」  それまでの痛みから解放されて、希望の中がきゅうきゅうと吸い付くように反応し、声は甘く震える。 「ちゃんと感じてんだ? かわいー」  からかうような響きを含んで、ライが笑った。希望の頭を撫でてやると、希望が振り返ろうとするので、それを阻むようにチョーカーを引く。 「ンッ、ぁっ、はぁっ…! ァッ……く、ぅっ!」  首が締まって呼吸もままらないが、胸の愛撫でぞくぞくとしてライを締め付ける。ガクガク揺さぶられて、肌がぶつかる音と濡れた音が響く。容赦なく追い詰められて、希望の中が痙攣していた。 「――――っ……!!」  希望の声にならない悲鳴と苦痛に歪む表情に、ライは知らないうちに口許を歪めていた。    ***    暴力的に犯された希望が力なく横たわる。靴は片方履いたままだった。ズボンを下ろされて、Yシャツはボタンが飛んで、ほとんど身体を隠せていない。強制的に叩き込まれた苦痛と快楽の嵐の後で、希望の身体はまだびくっびくっと時折小さく震えていた。  ライはコンドームを外して、無造作に希望に放り投げた。口を結ばれていないそれは希望の身体にあたって、どろりと白濁で汚す。希望のYシャツで自身に僅かに残った精液を拭き取って、ライは立ち上がった。 「もう用済んだから、帰っていいよ」  ぐったりとしている希望が、視線だけライに向ける。  潤んだ瞳は、哀しそうに揺れるが、ここまでされてもライを責めるような鋭さは感じない。それが苛立たしくて、ライは希望を置き去りにして部屋へと向かった。    ***    しばらく自室にいたライは、気配を感じて部屋を出た。  ダイニングのテーブルを前にして、希望がひっそり座っている。マグカップがあるので、何かを飲んでいるようだ。甘ったるい香りから想像するに、いつも飲んでいるミルクティーか何かだろう。  服の裾で隠されていて下着の有無はわからないがズボンは履いておらず、白い足がテーブルの下でふらふら揺れる。チョーカーも外しているようだが、首には先程の行為で擦れてしまったのか、赤い跡が残っていた。髪はしっとりと濡れているから、シャワーでも浴びたのかもしれない。 「帰っていいって言ったのに、まだいたの?」  ライが希望の視界に入るように、覗きこんで笑う。その顔を、じろりと希望が睨んだ。 「あんたが俺の服破いて汚したから、洗ってんの」  つんっ、とした態度で希望が返した。  希望は先程の乱暴な行為に対してではなく、自分の服を破かれ汚されたことに怒っているようだった。  マグカップの中身に目をやると、予想通りミルクティーだった。それと側に置かれた木製の小さな器に、形と色が異なるクッキーが数種類入っている。ライは甘いものを好まないので食べる機会はあまりないが、甘い飲み物に甘い茶請けという組合せはどうなんだろうか。疑問を抱きつつも、指摘するほどのことではないので、そのまま希望の向かい側の席に座った。  上の服は先程まで着ていたYシャツではなく、ニットのセーターだ。少し大きめで、希望の身体に合っていないから袖や裾が少し余っている。  ライは希望を眺めていて、あることに気づく。サイズが合っていないはずである。ライの服だ。 「……それで勝手に俺の着てんだ?」 「何か着ないと風邪引いちゃうだろ!」 「あっそ」  ライの素っ気ない態度と返事に、希望から静かにため息が溢れる。諦めたように視線を逸らして、マグカップを手にした。ふぅ、ふぅ、とミルクティーを冷まし、一口飲むと、ほっとしたように一息つく。 「ライさんも、何か飲む?」 「……いらない」 「……そっか」  希望はまた、マグカップに視線を落としてミルクティーを冷ます。唇を少し尖らせて、ふぅ、ふぅ、と息を吹き掛け、一口飲む。時々、クッキーを一枚手にとって口元に運び、齧った。小さく口を開けた時に、僅かに赤い舌と白い八重歯を覗かせる。上下の前歯に挟まれてクッキーが砕かれると、さくっ、と軽い音がした。一枚、二枚と食べて、またマグカップを手にとり、ふぅふぅ、と冷まして口をつける。希望が俯いたままゆっくりと繰り返すその光景を、ライはじっと眺めていた。    全然、効いてなさそうだな。    置き去りにした時の、希望の揺らめく瞳を見て、少しは心を乱せたような気がした。乱暴に犯されている間は怯えていたし、怒りや不満、悲しみも垣間見えた。  しかし、希望は今こうして、逃げずにここに留まっている。クッキーを齧り、ミルクティーを飲む。そうやって好きなように過ごす希望の姿が、ライには憎たらしくてたまらない。  けれど、ライは手出しすることなく、しばらくの間希望を眺めていた。   「アキさんに何て言って泣かせたの?」  いつの間にかミルクティーを飲み終えた希望がテーブルを片付けながらライをじっと見つめる。  無表情だったライが希望を見て、意地悪そうに笑った。 「お前が便利だなって」 「は?」 「何でもするし、すぐヤれるし、頑丈だし、便利だって言ったの」  アキのささやかな反抗に気分を害したが、いつまでも気にしているのもバカらしい。ライはターゲットを希望に変えた。  ライがにやにや笑って見つめていると、希望がライを睨む。大人しくしている希望を好きなように弄ぶのもいいが、こういう希望の方がそそられた。 「怒った?」  ライが首を傾げて覗き込むと、希望がキッと睨み付ける。 「怒るに決まってんだろ! アキさん俺のこと大好きなんだから!」 「あ? ああ、そっちかよ」  ライは呆れた様子でため息をついた。確かにライは希望を怒らせたかったが、希望が気にしているのは自分のことではなくて、アキのことだ。自分がどう思っているかではなく、他人がどう思うかの方がずっと重要なのだろう。出会った時から変わらないその考え方にライは呆れた。俺のこと大好きなんだから、などと恥ずかしげもなく言ってのけるその揺らがない自信にも、心底あきれ返る。 「お前ほんとに自意識過剰だな」 「過剰じゃない! アキさんは本当に俺のこと大事にしてくれてるの。それなのに、あんたがそんな風に言ったら怒るに決まってんじゃん。心配させちゃうし、そんなこと、二度とアキさんに言わないで!」  最近従順だった希望にしては珍しく反抗的だ。そんなに昔のことではないのに、懐かしさを感じる。  ああ、そうだ。他人が関わると、こいつはこうなるんだった。と、ライは呆れたように笑った。 「お前はどうなの?」 「なにが?」 「俺、結構酷いことしてるけど、平気なの?」  希望が目を丸くして、じっとライを見つめる。 「……ライさんって、自分が酷いことしてる自覚あったんですか?」 「あるよ」 「うわっ、マジかよ。そうだと思ってたけど、最低」  希望はぷんっとそっぽを向く。  ガキかよ。とライはますます呆れた。頬を膨らませ、唇を尖らせて不満を主張するなど、ましてそれが通用すると思っているなんて、随分子供じみた行為だ。  誰だよ、こいつを甘やかしたの。と内心ライは舌打ちする。  さっきのアキといい、唯の飄々とした振る舞いといい、あんな生ぬるい世界にいるから希望はこんな風になってしまったのだろうか。いい迷惑だ。そのせいで、何をしても、すぐ立ち直ってしまう。どんなに酷く扱ってもにこにこ笑って、ライの前に現れる。頑丈なのも気丈なのもライの好みだが、度が過ぎている。  どうしてやろうか、と考えながらその横顔を眺めていたライが、ふと何かを思い付いてまた薄く笑った。希望は顔を背けていて気付かない。 「……そうだな」  ライが立ち上がって、希望にするりと近付く。  希望はそこでやっとライの雰囲気が変わったことに気付いた。ライを見上げて、首を傾げる。ライは構わずに、希望の顎に指を添えた。びくっと希望が震えるが、逃がさないようにゆっくりと耳元に唇を寄せる。 「ラ、ライさん?!」  慌てて立ち上がろうとするが、迫られて体が傾くのをテーブルに片手をついて支える。耳元がくすぐったくてゾクゾクした。 「んっ……な、なに……? ……ぅあっ!?」  ライが希望の太股を抱えて持ち上げ、片付けたばかりのテーブルの上に仰向けに倒してしまう。ライの腕が顔の側に突いて、覆い被さるようにして希望を見下ろした。電気がついたままだから、希望には逆光になってライの表情がよく見えないが、笑っている、気がした。 「じゃあ、ご褒美でもやろうか?」 「……ごほうび……?」 「そ、ご褒美。なにがいい?」  ライが戸惑う希望に近付いて、耳元で囁く。ライの唇がゆっくりと肌を這い、希望の首の、赤く擦れた跡をなぞる。それだけで、希望はゾクゾクと身体がしびれていくのを感じた。 「お前が健気に頑張ってるから、たまには応えてやってもいいかなって」  希望は至近距離でライの暗い瞳と目が合ってしまった。希望の戸惑っている表情と、金色の瞳が揺らめくのをライは楽しげに見つめている。  希望が愛されたがりだということはライにもわかる。さみしがり屋で、心の底から他人を必要としてくれるから、みんな希望を愛するのだ。けれど、希望が今一番欲しいのはライからの優しさ、甘い言葉、愛情を感じられる類いの何かだろう。今までそれらしいものを与えたことはない。それでも希望はライに何も求めてはこない。ただ望まれるままに体を差し出して、よく働き、何でもして、それが幸せであるように笑う。  しかし、きっかけを与えればどうだろうか。諦めたような、望んでいないような顔をしていても、希望はいつも「もしかしたら、」と、淡い期待を抱いているような気がした。だから、僅かにでも情の欠片でも見せれば、その自制心の壁を崩せるかもしれない。聖人じみた献身に隠された、希望の心を抉じ開けてみたい。何も求めてこない希望が、自分を求めずにいられなくなるようにしたい。  ライは、戸惑う希望の頬を優しく撫でながら首筋に唇を這わせる。 「何でもいいよ」 「んっ……!」  耳元で囁くだけで希望の慣らされた身体はビクビクと震えてしまった。小さくなって震える希望を笑う。 「俺にどうしてほしい?」 「っ……あっ…っんぅ……!」 「ん?」  首を傾げて覗き込むライを、希望は渾身の力を込めて押し返した。 「……な、なにも……っ!」  希望は、頬を上気させて瞳を潤ませ、じっとライを見つめた。 「……な、なにも…してくれなくていい、です……」  希望は小さな声で答えて、微笑む。 「なにも?」 「……うん」 「ほんとにぃ?」  ライがからかうように笑った。 「お前本当は優しくされて甘やかされて大事にされたいタイプだろ? 愛したいし愛されたいって言ってなかった?」 「……言った、けど……」  希望は少し瞳を潤ませて、目をそらす。 「でも、ライさんが誰を愛するか決めるのはライさんだけだし……」  ライの表情が消えたが、目を逸らしていた希望は気付かずに続けた。 「俺はライさんが好きだし、ライさんにも同じように好きになってほしいって思うけど、……でも、俺がライさんのこと好きだからって、俺のこと好きなわけでもないライさんに何かしてもらうのはなんか違う。俺が好きなだけなのに……、そんなこと求めてない」  揺らめく瞳を向けて、希望はライを見つめた。希望が愛おしさを込めて目を細める。その眼差しは、ライの神経をざらりと逆撫でした。 「今はライさんが俺に付き合ってくれて、……気まぐれかもしれないけど、一緒にいてくれるの嬉しいよ。……これ以上わがままは言わないから安心して」  希望はそう言って、諦めたように少しだけ微笑んだ。ライはそれを、暗い瞳で眺めている。    希望は、この関係が近いうちに終わってしまうものだと思っている。  今までの大切な人たちのように、ライもいつか希望から離れて誰か他の大切な人のもとへ帰ってしまうのだろうと。そうでなくとも、ライが希望に飽きて捨てる日はそう遠くないと。  つまり希望は、ライが希望を解放すると思っているのだ。ライはその事が腹立たしかった。    どうしてようやく閉じ込めた小鳥を鳥籠から解き放つような真似をすると思うのか。風切羽を切り落とすだけでは足りない。その翼ごと引き千切って、二度と羽ばたこうなどと考えないようにしてやりたいとさえ思っているのに。   「……まあ、今はいいか」 「え、なに……? ……ひゃあっ、ぁんっ!」  ライが希望の首筋をがぶりと噛みついた。希望は驚いて飛び上がりそうになったが、ライはそのまま希望の首筋をじっくり吸い上げる。 「んっ、ぅん……っ?」  ライが顔を上げると、希望が目をぱちくりさせて、ライを見つめていた。その顔が面白くて、ライは笑う。 「ら、らいさん……? ……ぁ……っ」  裾からライの熱い手が忍び込む。希望の引き締まった腹筋の凹凸から、肉付きのよい胸へ、吸い付くような肌を掌で味わうように這わせた。胸の突起を掠めていくと、もどかしい刺激に希望の身体がぴくんと小さく震える。 「ふっ……ぁ……」 「お前が」 「……っ……?」  じっくりと愛撫を続けながら、ライが希望を見下ろしている。希望は時折ぴくん、ぴくんと小さく震えながら、首を傾げた。  愛撫しながら、服を胸の上まで捲り上げて、そのまま手を希望の口元へ伸ばす。希望の柔らかく厚めの唇を親指の腹で撫でながら、唇同士が触れ合いそうな距離まで顔を近づけた。 「あっ……ライさん…っ…」 「お前が自分から欲しいもの言えるように」   「ちゃんと躾けてやらないとなぁって」    そう言って、ライが目を細めて笑う。  その暗くて怖い目に希望はドキドキして目が離せなくなってしまった。    ***    希望が揺さぶられるのと合わせて、ガタガタッとテーブルが揺れる。転げ落ちてしまいそうだが、他に支えがなくて、希望はライにしがみついた。 「ふっ…やぁっ、ぁっ……ぁあっ! あっ! ぁんっ!」  最初こそは「こんなところで、」と戸惑っていた希望も、結局ライを拒みきれず、受け入れて、甘い声で鳴いていた。 「あっあっ…! あ、ぅんっ……! お、おち、ちゃ、……ぅん……!!」 「じゃあちゃんとしがみついて、締め付けてれば? ほら、頑張って」 「う、ぅう……あっ! あっ…やぁっ、ぁっ!」  不安定な場所で容赦なく揺さぶられて、緊張からか希望の中が強張ってライを締め付けた。もちろん、緊張だけが理由ではないことにはライも気付いているし、必死にしがみつく指が僅かに背中に食い込むのも、希望が時折縋るような眼差しで見つめるのも、ライの加虐心を煽る。 「あっあの……! ま、まって…待ってぇ……!」 「ん?」  ライはゆっくりと動きを止めて、希望を見つめ返す。激しい責めに息も絶え絶えといった様子の希望が呼吸を整えながら、口をむにゅむにゅと動かしていた。何かを言いたそうだが、今一歩口にする勇気が出ないらしい。その様子がもどかしくて可哀想で可愛くて、ライはできるだけ優しく微笑んでみせた。 「どうした?」 「ぁ…あの……、さっきのごほうび……何もいらないって言っちゃったけど……やっぱりお願いしてもいいですか……?」  希望が少し怯えながらもじっとライを見つめた。ライは僅かに目を見開いたが、すぐに薄く笑う。 「いいよ。なに?」 「……っ…」 「ん?」  先ほどまでの強引で荒々しい行為から一変、柔らかく触れて頭を撫でる大きな手に希望は少しほっとしたような顔をしている。  ほんとちょろいな、こいつ。とライは内心呆れつつも、希望の言葉を待つ。 「……今度から、やわらかいとこで……ベッドとか、……せめてソファとかで…して欲しいです……」  希望が頬を赤く染めながら、もにょもにょと小声で訴えるのをライは少々落胆した気持ちで聞いていた。  なんだ、そんなことかよ。  ご褒美というほどでもないし、ライが気にかけてやるほどでもないことだ。 「テーブルの上とか恥ずかしいし、た、立ったままとか床とか、痛いし、ちょっと辛くて…っ」 「それくらい頑張れよ。おら」 「アッ、ァアッ?! やっ! あぁ、んっ!」  再びライが激しく揺さぶると、力を抜いていた希望はびくんっと身体を震わせて、ライにしがみついた。中途半端に抱えられてぶらぶらと揺れる足も不安定で、ライに絡み付くしかできず、なすがままに揺さぶられてしまう。 「ラッ、ライさんっ、はげし、ぃっ、からぁ…! あっ、ぁあっ! だめぇっ……!」 「まあ考えておいてやるよ」 「あんっ…、ぁっ、あと…!」  希望の膝の裏に手を入れて抱え、肩に担ぐところでライは動きを止めた。ぐり、とさらに奥にライの熱い楔が届いて、希望の中はびくびくと震えている。 「今度はなんだよ」 「あっ…あんっ…んぅ…!」  ライが苛立たしげに睨んで、グリグリと奥を抉って先を促すと希望は身体をビクビク震わせる。 「なに?」  ライの鋭い視線に怯えながらも、希望は潤んだ瞳で縋るようにライを見つめた。 「キ、キスっ……、キスして……」  上擦った声に、ライは少し動きを止めた。ライから表情が無くなって、希望はビクッと震えるが、見つめたまま続ける。 「前はいっぱいしてくれたのに、最近してくれないから……。きす、してほしい、なぁ……って……」  ライが答えずに黙っていると、希望の声がだんだん小さくか細くなっていく。すでに潤んでいる瞳の涙の膜がより厚くなって揺らめいた。 「……えっちの時、……だけでも……いいんですけど……」  最後の方は殆ど声になっていなかった。それだけ言うと、希望はライから顔を逸らして、手の甲で隠す。 「……今のなしで……。ごめんなさい…、変なこと言って……」  隠された目元は見えないが、唇は僅かに震えていた。それを押し隠すように、ぎゅうっと唇を結び、それから笑みを作ろうとする。幾度となく見てきたその仕草に、ライの中で言葉にし難い衝動が荒れ狂う。  咄嗟に希望の手首を掴んで顔から退けるが、希望は泣いてはいなかった。驚いたように目を丸くして、限界まで潤んだ瞳はきらきらと輝きを撒き散らす。  少し目を細めて、希望が笑って見せた。 「あの、でも、……もしも、気が向いたら――」  その先の言葉を奪うように、口付けをした。    目障りだ。  掻き消したい。  諦めたように笑うその顔も、  零れ落ちずに目尻に溜まるだけの涙も、  全て飲み込んでしまえたらどんなに楽か。  けれど。    とろんと甘く蕩けたような希望の眼差しは、ライにしか向けない、ライしか知らないものだ。淫らなこの姿も、艶かしい身体も、甘えるような嬌声も、すべて。希望がライだけに見せるもの。ライだけに許すもの。  事が済めば、希望はまた諦めたような顔をして、笑っているのだとしても。  明日にはまた、誰にでも愛と笑顔振り撒いて、誰にも奪えない世界で歌っているのだとしても。  誰にものにもならない希望が、必死に求めて、縋って、ライだけのものになろうとしている。  今はそのことだけが、ライを暗く歪んだ喜びで満たしていた。      縋り付いて、何度もライの名を呼ぶ希望を抱き締める。無防備に晒された、白い首筋には無理に引っ張られたチョーカーが擦れて出来た、赤い跡が残っている。それが首輪のように見えた。    ……あぁ。    その跡を舌でなぞると、希望が甘く鳴いて、ビクビクと震えた。舌でうっすら滲む、血の味を感じる。    ……やっぱり首輪、つけとくか。    擦り傷程度では、すぐに消えてしまう。  希望の中には何も残せないし、変えられない。ならば。    希望の心の奥深くに入り込んで、他の連中の事など何も考えられないくらいに自分で満たして、取り返しがつかなくなった頃に手酷く捨ててしまえば、永遠に癒えない傷になるのだろうか。    そんな想いを込めて、呪詛を刻み付けるように、白い首筋に跡を残した。  ライの中に蠢く、希望への呪い。その想いの名は、まだ誰にも、ライ自身にもわからない。

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