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入園式(1)
入園式の日、オレは赤いタータンチェックのプリーツスカートを穿きたかった。
でも、デパートの入園式用スーツ売り場には、売るほどたくさんの洋服があるくせに、男の子用の赤いタータンチェックのスカートは売られていなかった。
目の前の更衣室から赤いタータンチェックのスカートを試着した女の子が、満面の笑みを浮かべて出てきて一回転し、おばあちゃまらしき女性が手を叩いて喜んで、女の子も嬉しそうに笑った。
オレは心底ふてくされた。
ぷうっと頬を膨らませて、その頬を母親にツンと突かれて空気を抜かれ、また気づくと頬は膨らんで、目元には小さく涙のつぶが浮かんで、瞬きすると目の前の景色がゆらゆらした。
「しょうがないでしょう、男の子用のスーツはズボンしかないのよ」
オレは諦めきれなくて、念のために訊いてみた。
「お母様、スカート縫える?」
整形外科医の弥生 は、即座に首を横に振った。ボブカットの髪がワンテンポ遅れて揺れる。
「人間の皮膚を縫うのは得意だけど、人間の服は縫えないわ」
「そう……」
通園用カバンはもちろん、キルティングのレッスンバッグも弁当袋も全部お金を出して買っていたから、予想通りの返答に大人しく引き下がった。
本当はもっと泣きたかったし、飛び跳ねたり床に転がったりしてぐずってもよかったのだけれど、昨日、オレは父親に言われていた。
「慈雨、お母様をよろしくな。東京へ行ったら、お母様を守れるのは慈雨しかいない。頼んだぞ」
オレはレンジャーの変身ベルトとともにその言葉を受け取り、仕事の都合でその土地を離れられない父親と別れて、雪が残る滑走路から弥生と二人で飛び立ったのだ。
オレは自分と同じくらいの身長のマネキンを見た。チョコレート色のジャケットとベストとハーフパンツのスリーピーススーツ、胸元にたくさんのフリルがついたドレスシャツ、さくらんぼ色のリボンタイ。まぁ悪くないかな。
「オレ、これにする」
弥生は値札も見ずに頷くと、店員に向かってマネキンを指さし、オレは更衣室へ案内されて一式身につけ、弥生の前でくるんと一回転して褒められて、そのスーツ一式とローファー風スニーカーを身につけて、入園式に行くことになった。
自宅マンションから都心とは反対方向に私鉄の電車に乗って、学園前駅の改札を出て左を向くと、滑走路のようにまっすぐ幅広い空中歩道があって、突き当たりには、森林公園のように緑が生い茂ったキャンパスが見える。
幼稚園から大学院までが一つのキャンパスに在するエスカレーター式の学園で、同じキャンパスにすべての校舎があるという利点を活かした異年齢交流が盛んなのが特徴だ。
定期券と園生証が兼用になったICカードをかざして正門のゲートからキャンパスに入ると、すぐに森林公園のような豊かな緑に包まれる。
入園式は、学園に入園するという意味で、幼稚園児だけでなく、小学生以上の中途入園者もみんな一緒に大講堂で行われる。
大学生が中心となって、小学生以上の有志が集まってアプローチを飾り立てるのが恒例で、その年は色とりどりの千代紙で飾られて、天井には大小様々な折り鶴が飛び交っていた。
「入園おめでとう」
受付も大学生が仕切っていて、高校生以下の生徒たちが入園生と保護者を控え室まで誘導している。
所詮は学生の仕切りだし、在園生たちはみんな顔馴染みなので、よく言えばアットホーム、悪く言えばいい加減だ。
受付に座る大学生の膝の上に鉛筆を持った小学生がいて、
「はい、ここにマルをして」
なんて言われて名簿チェックを手伝っていたり、誘導係の溜まり場では、中学生の女の子たちが肩をぶつけ合ってふざけていたりする。
「優一郎、その服装で入園式は、まじやめなって。小さい子が泣いちゃうよ」
「そうだよ、ただでさえ怖い顔してるのに、可哀想」
八年生の女子グループに容赦なくダメ出しをされていたのが、十年生の優ちゃんだった。
「なぜ? 指示通りにスーツを着ているじゃないか」
優ちゃんは確かに黒色の細身のジャケットとパンツを穿き、白いシャツに黒い細身のネクタイを締めていた。ただ、そのジャケットにもパンツにも、拘束衣みたいにたくさんのベルトやファスナーがついていて、ネクタイの結び目は安全ピンが飾られている。
しかも、優ちゃんはさらにそこへ、赤いタータンチェックのプリーツスカートを重ね穿きしていたのだ。
「ねぇ、お母様、赤いスカート!」
オレが穿きたくても穿けなかった、赤いタータンチェックのスカート!
手をつないでいた弥生の顔を見上げて報告していたら、優ちゃんがオレの方を見て、満面の笑みを浮かべた。
「ほら、理解者はちゃんといるんだ」
優ちゃんは観客をあおるギタリストみたいに、床に膝をつきながらオレの目の前まですーっと滑り込んできて、
「ごきげんよう」
と言い、両手をつないでくれた。胸のあたりがくすぐったかった。
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