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一人は寂しいから…
「悠さん、俺そろそろ帰るね」
盛り上がっている二人に声をかけ、帰ろうとすると高坂先生に呼び止められてしまった。
「帰るの? 遅いから送ってく。ちょっと待ってろ」
高坂先生はそう言うと、慌てて会計を済ませて俺と一緒に店を出た。
高坂先生が俺の横を並んで歩くのが気不味く感じる。別に送ってもらわなくてもよかったのに……
「いつから一人で飲むようになったの?」
俺があの店に一人でいたことを咎める様子もなく、先生は優しく俺に聞いた。てっきり怒られるかと思ったのにちょっと意外だった。
「ん? 最近だよ。悠さん優しいから居心地よくってさ……」
学校の外でこんなふうに高坂先生と並んで歩いてるのは変な感じだ。俺は怒られないのをいいことに気にせず返事をしてしまった。
悠さんは優しくて俺が居心地のいいように気を使ってくれるからついあの店に足が向いてしまうんだ。あの店に行くようになったのは最近だと言うものの、俺は結構頻繁に顔を出していた。
先生は「そうなんだ……」と頷きながらちょっと顔を曇らせた。
「でもこんな若いうちからああいう店に一人で出入りするのは問題だな。悪い奴に声かけられても知らないよ」
「大丈夫だよ。悠さんが俺のこと見ててくれるし、それにこれからは高坂先生もいるでしょ?」
先生もこれから悠さんの店の常連になるのなら、プライベートな話もできて案外楽しいかもしれない。調子に乗ってそんなことを口走る。でも高坂先生は驚いた顔をして俺を見た。
「やめてくれよ、僕は志音くんとは飲まないぞ? そもそも君は未成年だ……てか、親御さんはどうした? 遅くまでほっつき歩いてると心配するだろうが」
「………… 」
先生は知らないんだ──
そうだよな。たかだか保健医に各々の生徒の家庭環境までいちいち知らせないよな。心配させるのも悪いしあまり言いたくはなかったけど、しょうがないから何も知らないであろう先生に俺は簡単に説明をした。
「先生、心配しなくても大丈夫だよ? 俺、両親いないから。あ! 死んだわけじゃないよ。本当の親は何処にいるかわからないんだよね」
あれ? 言い方、変だったかな? 気を遣わせてしまうのも嫌で軽く話したんだけどな。先生が妙にに黙り込んでしまって、どうしたらいいのかちょっと困ってしまった。
気不味い沈黙のまま歩いてるうちに、俺の住んでるマンションに到着した。
「あ…… 俺の家、ここ。一人暮らししてんだ」
「こんな立派なマンションに一人でか?」
オートロックの扉をくぐり、エントランスで立ち止まる。
「ちゃんと自分で家賃払ってるよ。偉いでしょ。あ、先生コーヒーでも淹れるよ。良かったら寄って行って」
やっぱりひとりになるのが寂しくなってしまい、思わず先生を部屋に誘ってしまった。こんな時間だし、先生の立場的に困らせちゃうかな…… なんて一瞬心配したけど「じゃ、お邪魔するかな」なんてあっさり返されて拍子抜けする。
さっきは悠さんと先生の楽しそうな様子を見て俺も楽しく過ごせたけど、やっぱり今日みたいな日は一人でこの部屋に帰るのは寂しく思う。
先生だから断られるかと思った。
軽い人でよかった……
……そんな事言ったら怒られちゃうから言わない。
先生と二人、エレベーターに乗りこんだ。
先生はどう思ったんだろう? 飲み屋でたまたま会ったからと言ってここまで心配してくれるものかな?
あ…… 違うな。俺は「素行不良」で目をつけられてしまったのか。
部屋の鍵を開けようとしたら、おもむろに腕を掴まれドキッとする。
「何……?」
「あのさ、先生が生徒の家に…… こんな時間にお邪魔するってのはどうなんだ?」
心配そうな先生の顔。今更ドアの真ん前まで来て何言ってんの? と思わずツッコミたくなるのをグッと堪え「先生って言ってもたかだか保健医じゃん?」と言ってあげたら、先生は納得して頷いた。
この人はやっぱり軽い人なんだ。 でもその方が気楽でいいや。
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