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表と裏
今日も志音が保健室に来る。
「ねぇ、先生。俺気になる人…… てか好きな人がいるんだけどさ、どう思う?」
徐に志音が俺に聞いてきた。どう思うって…… へえそうなんだ、としか言いようがないけど、きっと何か求めているのだろうと思い言葉を選ぶ。
「へぇ、志音くんなら楽勝でしょ?」
そう言うと「だよなぁ……」と呟いた。決して自信過剰ではなく本当に自分に自信があるっていう顔、俺は嫌いじゃない。
「凄いどんぴしゃだったんだ。なんか初めて見た時ビビッときたっていうか、ん…… よくわかんねっ。とにかく俺のタイプだったんだよね」
志音がベッドに腰掛け、枕を抱いて体をくねらす。
そんなに自信があるのなら躊躇わずにアプローチしそうなものだけど、思い切っていけない様子が見ていてわかった。あんな恵まれた容姿をしていてもモジモジしている姿が可愛らしく見えた。
「なんか志音くん、可愛いな」
そう言うと、志音は少し照れ臭そうに笑った。可愛いなんて言って気を悪くするかと思いきや、意外に素直な反応に驚いてしまう。
……それにそんな顔、初めて見た。
「俺、ちょっと頑張ってみようっと」
満足げにそう言って志音はさっさと教室に帰って行った。
……なんだろう?
ここ数日、志音を見て来た。志音の見た目と言動のアンバランスさや、どこか無理をしているような危うい雰囲気を感じてしまい気になってしょうがなかった。今まで見てきた生徒達とは明らかに違う。人を寄せ付けない冷たい物言いをするかと思えば、ああやって可愛らしいことも言う。後者はきっと俺の前でだけの姿だろう。同級生にはきっと見せない姿だ。打ち解けてくれているのかとも思うけど、でもまだ何か殻を被っている、そんな感じ……
そう思いつつ、俺もただ単に見た目麗しい志音が気になってるだけなのかもな。
次の日の放課後──
保健室の常連、二年の橘がバイトの時間だと言い帰って行った。
こいつも色んな意味で目立つ生徒だ。そういえば橘も志音と同じくらいデカイな。いい男だとは思うけど、橘は性格がダメ。いい顔をしてるのに、残念ながら俺のタイプではない。最近は付き合い始めた奴のお陰でだいぶ性格が丸くなったけど、サボり癖はなかなか抜けないらしい。
橘が帰って、やっと一人になれた。一息つこうとコーヒーを淹れるとまた誰かが保健室に入ってきた。
……今日は多いな。
面倒臭いと思い振り返ると、立っていたのは志音だった。また来たのか…… ていうか、もう下校時刻だし、帰らないのかな?
「先生おはよう 」
満面の笑みでご機嫌なのがわかる。
「おはようって時間でもないよな? さっさと帰れよ志音くん」
志音は俺の話なんか全然聞かず、ベッドに飛び乗り横になった。
「こないだ話した好きな人……やっと少し俺のこと見てくれたよ」
頬を赤らめ恥ずかしそうに俺に話す志音がなんだかいつもの志音らしくない。素直で高校生らしい、幼い表情。あ…… そうか、この顔が本当の志音なんだと思った。
「少し見てくれたって、なんだよ。お前なら最初っから注目の的なんじゃないの?」
わざと言った俺の言葉に志音の表情が少し崩れた。
「そうなんだよ。俺もちょっとびっくりなんだよな。初めてなの…… 俺に興味持たなかったやつ。だから可笑しいんだよね」
あ……今度はいつもの志音の顔。そう、殻を被ってしまったような感じ。
「お前、それってさ、自分に振り向かないからって意地になってるだけじゃない? 本当に好きなのか? そいつの事」
いや、違うよな?
この前の志音の態度。
本気で恋した自分に気づき始めて戸惑ってんだよな。
でも俺はわざとこう質問してみた。
「簡単に落とせると思ったんだけどさ……」
そんな風に言いながら、自分に振り向かないその相手を思い微笑んで話す志音の笑顔が可愛く思えた。
「お前もそんなに可愛く笑えるんだな」
思わず言ってしまったけど、志音には意味がわからないようだった。
「なんかね、あいつ好きな奴がいるみたいだからそこから攻めようと思って…… ちょっと小細工したから今頃自信喪失して落ちてるんじゃないかな。弱ってるところを俺が慰めるのいいアイディアでしょ?」
ああ……
そんな事しないで真っ直ぐぶつかればいいのに。
「うわっ、今度は嫌な顔になってるよ。志音くんの化けの皮剥がれてる。嫌だな…… 可愛い志音くんの方が僕は好きなのに」
本当勿体無い。どうしたらいいのかわかんないんだろうな。
「ほんと? じゃぁ、もっと俺のこと好きになってよ、先生」
志音らしい冗談。軽い掛け合いはこっちも慣れてる。いちいちそんな事で動揺なんかしない。
ふと気付くと志音がボーッとしている。
なんか考え事かな?
あんまり色々考えすぎるなよ。
素直でいいんだよ。
そいつの事、本気で好きになっちゃったんだろ? 自分で自分を認めてやれよ。
まだ若いんだから恋したっていいんだよ……
……こいつ、なんでこんなに自分を隠すんだろう。
俺の思い過ごしだといいんだけど。殻を被って無理しているように見えてしょうがない。
俺は横になっている志音の額に手を置いた。
「ぼんやりしてる顔も僕は好きだよ」
そう言って志音の頭を優しく撫でた。
俺の前では素直になれよ…… 大丈夫だから。
「せんせ〜、色男 」
そんな俺の気持ちも知らず、志音は笑ってウインクし教室を出て行った。
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