9 / 165

愛おしい

なんでこんな所にいるんだ? そもそも高校生だろ? こんな時間に一人でバーで飲んでるって…… 悠に志音は高校生だと伝えると、目をむいて驚いていた。 だろうな…… 志音は大人っぽいから私服姿じゃぱっと見、わからないだろう。そして志音が俺のことを「先生」だなんて言うもんだから、悠の興味が俺に向いた。 悠は俺が白衣着て保健医やってると聞くと、いやらしいイメージしか沸かないらしく大騒ぎする。 しかも男子校だしな。 悠は相変わらず、話が上手くて全然飽きない。 久しぶりに沢山笑った。 志音も昼間のあの涙のことを感じさせないくらい楽しそうに笑っている。その姿を見て、俺は少し安心した。 まだ若いんだから、楽しくしてなきゃ。 「悠さん、俺そろそろ帰るね」 志音が言い、帰ろうとするので慌てて俺は引き止めた。 もう結構な時間だ。一人で帰らすわけには行かないだろ。送って行くからと志音を少し待たせ、俺は急いで会計を済ませた。 また来るからと悠に伝え、志音と二人で外に出る。学校以外でこんな時間に志音と歩いているのが不思議な感じがした。 帰り道、志音に色々聞いてみてわかった事…… 両親はいないらしい。「本当の両親」という言い方をしていたから、今は育ての親がいるって事だ。この中途半端な時期の転入も然り、複雑な事情があるとわかる。それ以上、志音はこの話をしようとしなかったから、俺はもっと聞き出そうとは思わなかった。 マンションでの独り暮らし。家賃はちゃんと自分で払ってると言っていた。志音はまだ高校一年生だろ? ここに来るまで、どんな事があったんだろうか? ここの支払いや生活費はモデルの仕事でって事なのか? マンションの前でお茶でもどうかと志音が俺を誘う。正直 志音に興味が湧いたのもあるし、もう少し一緒にいたかったので、俺は遠慮なくお邪魔することにした。 でも玄関前で、やっぱりこんな時間に生徒の家に上がるのはマズいんじゃないかと躊躇していたら、「たかだか保健医じゃん」と志音に笑われ、もっともだな…… と思い直した。 志音が軽い奴でよかった…… こ綺麗な部屋。綺麗、と言うよりあまり生活感のない部屋だった。 他愛ない話をしながら志音がコーヒーを淹れてくれる。俺のことを色気のある目で見て「可愛い」 なんて言ってみたり、名前で呼んでもいいかなんて聞いてきたり…… さっきから何かを誤魔化すようにふざけてばかり。 今日はしんどかったんだろ? 隠すこともせず、大粒の涙を零していた志音を思いだす。強がったり誤魔化したりしないで、俺の前でなら素直になってもいいのに…… 「志音、今日本当はしんどかったんだろ? 大丈夫か?」 志音を見ると案の定、顔を逸らし泣きそうな顔をしていた。 「……失恋って、想像以上にしんどいね。でも、友達でいてくれるって言われて俺、凄い嬉しいんだ。嫌われたと思ってたから……」 そっか…… 拒絶はされなかったんだな。よかったな、相手がいい奴で。 志音の瞳から大粒の涙が溢れ、ポタポタと零れ落ちる。 その場に小さくしゃがみ込み、声を殺し震えて泣く志音がどうしようもなく愛おしく、俺は静かに抱きしめてしまった。

ともだちにシェアしよう!