14 / 165

恩人

学校帰り── 門の近くに停車している見慣れた高級外車。俺が近付くと、スッと窓が開き真赤なマニキュアの綺麗な手がヒラヒラと見えた。 「…… 志音、ちょっと遅れてるから早く乗って」 そう声をかける年齢不詳のその女は、俺の所属している事務所の社長、真雪(まゆき)だ。 俺が中学三年になったばかりの頃、この人にスカウトされた。俺を何もない地獄のような日々から救ってくれたのもこの真雪さんだった。 当時の俺は、居場所もなく何に対しても関心が持てなかった。常に投げやりで、人形のように生きていた。そうでもなきゃやってられなかったって言うのも大きかったんだと思う。だからこの時、緩めのパーマで茶髪ロングヘア、バカでかいド派手なサングラスをかけた怪しさしかないのこの女に声をかけられても、何も感じることなくホイホイとついて行く事が出来たんだろう。 もし、ついて行かなかったら今頃俺はどうなっていたのか…… 考えるだけでも寒気がする。 特に大きな事務所でもなく、こぢんまりとした事務所。それでも俺の事を偉く気に入ってくれて、真雪さんは俺なんかにも沢山仕事を持ってきてくれた。 社長なのにスカウトマンでもあり、マネージャーみたいな事もこなす常に忙しい人。持ち前の美貌と気前の良さ、聡明さと男前な性格で人脈も物凄く多かった。 俺はこんなスーパーウーマンは見たことがない。 俺の恩人── 真雪さんの声に慌てて後部座席に飛び乗ると、矢継ぎ早に話しかけられる。 「ごめんね! ちゃんと話してなかったわね。これからこないだ受けた化粧品会社のポスター撮り…… あ、オーディション受かったから。おめでと! さすが志音くん」 話の順序がバラバラ…… まあいつもの事だけど。 車の中で、俺は真雪さんが用意してくれた服に着替える。 香水のポスター撮りだって。こういうの初めてかも。 真雪さんは運転をしながら、撮影の内容や香水のイメージガールの説明を早口で話してくれた。 女性物の香水のポスター撮影。 俺は今話題になってるアイドル上がりの女優さんの相手役らしい。 話題になってるからといって、芸能人というのに特別興味のない俺にとっては全く知らない女優だった。 まあ、オーディションがあったとはいえ俺はその「添え物」的人員だろうな…… ……そんな事を考えながら、着替えも終えた俺はぼんやりと窓の外の景色を眺めていた。

ともだちにシェアしよう!