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現場
現場に到着すると、周りの様子にちょっと尻込みする。
何? この人の多さ……
今まで色んな現場に行ったけど、こんなに沢山の人は初めてだった。
予定の時間には余裕で間に合っているものの、相手が話題の女優だということもあるのか、真雪さんの表情もピリッとしている。
「志音、行くわよ。挨拶!……笑顔ね」
真雪さんに腕を引かれ、人混みの奥に進んでいった。奥の部屋に入ると、黒髪で少し目の吊り上がった生意気そうな女が俺を見た。
「仁奈 さん、今日はよろしくお願いします。うちの志音です」
真雪さんに促され、俺も仁奈という女に挨拶をした。
「志音です。よろしくお願いします」
仁奈はその場から動こうともせず、ジッと足下から頭の先まで視線を這わす。
なんか嫌な感じ…… そう思ったけど、なるべく顔に出さないように笑顔を作って反応を見ると、ふっと仁奈も笑顔を浮かべた。
「…… 実物の方が断然いいわね。今日は恋人のように接してね」
恋人? どういう意味だ? 俺は仁奈の言った意味がよくわからなかった。
準備をするからと真雪さんに別室へ連れて行かれ、スタイリストとメイクさんに「服を脱げ」と言われる。俺は益々困惑して真雪さんを見た。
そういえば、仁奈はバスローブ姿だったけど…… どういう事かと真雪さんを見ると、ハッとした顔をして慌てて説明をし始めた。
「言ってなかったっけ? この撮影、ヌードなのよ。仁奈ちゃん初のセクシーショット。欧米の香水のポスターではよくあるでしよ? あんな感じにするんだって」
おいおい! これが一番大事な情報じゃねえの?
何でそれ今言うかな、真雪さん。
「ちょっと! それ大事な事じゃん。俺知ってたら下着の跡とか気をつけたのに……」
「ああ、それは大丈夫、気にしなくていいわ。志音は上半身だけだから。全裸は仁奈ちゃんだけ」
ケタケタと笑って言うけどさ、笑い事じゃねえよ。お願いだから大事なことは始めにちゃんと伝えておいて欲しい。
でも、そうか…… 仁奈は全裸なんだ。
下着のカタログでパンツ一枚だけっていう撮影はした事があるけど、俺は脱いで他人と絡む撮影はした事がない。
自分は上半身だけだけど、相手は全裸だ。
しかも、俺が知らないとはいえ今話題の女優……
なんだよ。すげえ気を使うじゃん……
バスローブを身につけヘアメイクを施してもらっていると、カメラマンと香水の会社の役員が撮影の内容を説明し始めた。
いくつかのパターンで撮影をする。どれも仁奈にとっては際どいポーズになる事、まるでベッドの上の恋人同士のような雰囲気の写真が撮りたいという事、正統派な仁奈のイメージを覆すポスターにする事…… を何度も強調して説明された。
鏡の前の自分を見る。
……今日の俺は女優仁奈の「恋人」だ。
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