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女優 仁奈
スタジオに入ると仁奈に呼び止められた。さっきとは違い、柔らかな印象に見える。メイクでまた随分と雰囲気が変わるもんなんだな……
呼ばれるままに用意されている椅子に腰かけると、仁奈は俺に話しかけてきた。
「志音……あ、呼び捨てにしちゃって大丈夫? 嫌?」
最初の印象とは違って案外気さくなタイプなのかもしれない。呼び捨てでもなんでも俺は全然構わなかったので小さく頷く。
「大丈夫。俺も仁奈って呼び捨てにしてもいい? その方が雰囲気も出るでしょ?……なんて。 すみません、生意気ですよね」
よそ行きの笑顔で俺が笑うと、仁奈も口に手を当て可愛らしく笑った。
「ふふっ、気にしないで。勿論仁奈でいいよ。敬語もやめてね。私今日の志音との撮影、楽しみにしてたんだ」
飛び切りの笑顔で仁奈は俺に社交辞令を吐いた。大抵の男はこういうのでコロッといっちゃうんだろうな、キツそうな外見とは裏腹にこの可愛らいい仕草や物言い。俺でも可愛いって思うもん。自分の武器をちゃんと知ってるこういう女は強かで嫌いじゃない。
さっき俺は、この誰もが知る「仁奈」という人物が何者なのかを携帯で調べた。
元々は人気アイドルグループの一員で、曲によってはセンターも張るくらいの地位にいたけど、幼い頃からの女優になる夢を叶えたい一心で、そのグループから脱退したらしい。そしてスペシャルドラマやCM、ヒットこそしなかったものの映画の主演も務め今に至る。
女の子の年齢ってわかんないよな……間違いなく俺よりかは歳上だと思うけど。でもさ、何歳だろうと こんな人前で服を脱ぐってどんな心境なんだろうか。
そんな事を考えながら撮影が始まるのを待った。
「………… 」
さっきまで他愛の無い話をべらべらとしていた仁奈が、急に黙り込んでしまった。
「仁奈? ……どうしたの?」
少し深呼吸をする仁奈が俺の事を見る。
「ごめん。ちょっと緊張してきた。あはは……緊張なんて今までした事なかったのに」
顔を引きつらせた仁奈が力無く笑った。
いや、普通は初めてのヌードで緊張しない奴なんていないだろ? てか、仁奈は今頃緊張してきたのか? 案外度胸があるんだな。
ちょっと感心していたけどもうすぐ撮影も始まるし、どうにか緊張を解いてあげたいと思った。
あ……俺、女に興味がないから気にしなかったけど、仁奈にとってみたら俺だって緊張の対象になるんじゃないのか? 初めて顔を合わせたよくわからない男に肌を晒す上に触れられるなんて、緊張しないわけないよな。
どうしようかな……
俺がゲイだと言えば安心するかな? いや、逆に変に驚いて動揺させちゃうかな。芸能界はゲイの割合も高いとは聞いたことあるけど、言っても大丈夫かな?
俺はどういう気の使い方をすれば正解なのかがわからなかった。
「仁奈、もしかしてさ、俺との撮影って事も緊張してる原因にある?」
黙りこくってる仁奈に聞いてみたけど「いや、それは大丈夫だと思う」と、即答。心配して損した。
「仁奈、大丈夫だよ。お前は女優なんだろ? カメラの前では俺が恋人なんだ。安心して俺だけを見てればいい。……緊張なんてさせないよ」
そう言って励ますと、仁奈の顔付きが変わったのがわかった。
「ありがと」
俺をジッと見つめる仁奈の顔はもう「女優」の顔に戻っていた。
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