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帰宅

仕事を終え事務所に戻るとすぐに俺のところに飛んでくる(あつし)。 この事務所の先輩、大下敦(おおした あつし)は俺がここに来てからずっと仕事のことやプライベートなことなど、色々と面倒を見てくれている。 「志音! 仁奈どうだった? いい女だよな。羨ましい!」 いつも騒がしい奴だけど、今日は更に煩く感じる。興奮気味な敦がちょっと鬱陶しかった。 「いや、俺……仁奈の事知らなかったから現場で携帯で調べたよ。凄い人気なんだな、あいつ……」 興味がなかったから、そんなに人気の女優だなんて知らなかったんだよな。でも案外気取ってなくて接しやすかったから終わってみれば好印象だった。 「は? お前何様だ? 仁奈をあいつ呼ばわり。志音も偉くなったもんだな」 敦に嫌味を言われ、頭をぐしゃぐしゃにされる。俺はイラっとしてその手を払いのけた。 「敦様には到底及びませんよ」 そう嫌味で返すと敦はふふっと笑う。俺もその様子を見て可笑しくなって笑った。 ここの人達は唯一俺が信じることが出来て、そしてこの場所は安心できる場所。大袈裟かもしれないけど真雪さんが与えてくれたこの場所が俺が心から笑う事が出来る唯一の場所だった。 最近は、学校も楽しい。 同年代のちゃんとした友達ができた。ずっと独りだと思ってたけど、俺のことを「友達」だと言ってくれる人もいる。 毎日が楽しくてしょうがなかった。 しばらく敦と雑談をして、制服に着替えて帰る準備を始める。 「今日も母ちゃんに送ってもらうの?」 ふざけて敦が言ったタイミングで真雪さんが顔を出した。敦の「母ちゃん」と言った言葉が聞こえたのか、瞬時に眉間に皺が寄った。 「敦! またあんたそんな事言って! 母ちゃんには変わりないけど、ここでは社長だよ! しっかり敬え!」 笑いながら俺は鞄を抱えてみんなに挨拶をして外に出る。後から真雪さんが駆けつけ「送るわよ」と言ってくれた。 いつも申し訳ないなと思いながらも、疲れているとつい甘えてしまう。 「今日のは特別疲れたでしょう? ごめんね。先に車で待ってて……」 そう言うと、ピンクのフワフワのついた車のキーを俺に投げた。仕事の顔から母親の顔になったのが分かり、俺もホッと気が抜ける。いつもはキリッとしていて怖いけど、真雪さんはすごく優しい。 しばらく車で待っていると、真雪さんが運転席に乗り込んできた。 「お疲れさま。今日はハードだったわよね。でも、いい仕事してたわよ。完成が楽しみね」 真雪さんのご機嫌な顔に、俺も嬉しくなって頬が緩んだ。 「ねえ、最近いい事あった? あなた全然顔つきが違うわよ。いい面構えになってる……もしかして好きな人でも出来た?」 真雪さんの言葉に、隠し事出来ないや……と関心する。よく見てるよね。 「うん、好きな人出来たよ。多分初恋……でもあっという間に振られちゃったの」 真雪さんは運転しながらポカンと口を開け、驚いた顔をした。 「なにそれ展開早いわね! もう振られちゃったんだ」 そう言ってケタケタと笑う。そんな豪快に笑わなくてもいいじゃんと思いつつ、でも深刻になられても困っちゃうから笑ってくれてありがたかった。 「ところでさ、その初恋の人はどっち?」 「ああ……男だよ。同級生。クラスメイト」 前方を見据えたままの真雪さんが「そか……」と、ひと言だけ呟く。きっと色々心配かけてしまってるんだろうな。決して言葉は多くはないけどいつも一緒にいれば俺にだってわかる。 しばらくの沈黙の後、真雪さんが再び口を開いた。 「学校は大丈夫? その後、気まずかったりしてない?」 「大丈夫だよ。俺の事を大事な友達だって言ってくれて、凄く仲良くしてくれてる。俺、こんなに学校が楽しいって思ったの初めてだよ。毎日がすごい充実してるって感じ!」 俺がそう言うと、真雪さんはすごく満足そうに俺の頭を撫でた。 「私はあなたが楽しそうにしてるのが何よりよ。よかったわね」 俺も真雪さんがそう言って嬉しそうな顔をしてくれてるのが嬉しい。撫でてくれる優しい手があたたかかった。 「……で、そんな幸せそうなところ申し訳ないんだけどさ、明日学校に呼び出しくらってんのよね私。多分出席日数の事と仕事の事だと思うんだけど、仕事ない日とかちゃんと登校してるでしょうね? 仕事も学校に支障が出るほど入れてないはずなんだけど……大丈夫よね?」 突然の真雪さんの真面目な顔。 やべ…… たまにサボってるけど、そんな頻繁じゃないから大丈夫だと安心していた。もしかしたら出席日数ヤバいのかもしれない…… 「あ……もちろん、大丈夫だよ。ちゃんと行ってる。安心して」 なるべく笑顔で俺は答えた。 マンションの前につくと、真雪さんは「また明日学校でね」と言い帰って行く。 そして俺は一人、誰もいない部屋に帰宅した。

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