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不機嫌

撮影も滞りなく終わり、帰りの車中── なぜだか敦が機嫌が悪い。 どうしたんだろう…… 撮影だってなにも問題なくこなしてたし、スタッフとも談笑してたよな?俺は敦が機嫌が悪い理由が全く思い浮かばない。だからこういう時は黙ってる方がいい。 真雪さんの運転する車の後部座席で沈黙の中、俺たちは事務所に到着した。 事務所に入るなり、どかっとソファに座る敦。 真雪さんも敦の扱いには慣れているようで、今の所何も言わないでいた。 「もうあんた達だけなんだから、早く帰り支度しちゃってよ〜」 そう言って、真雪さんは奥の部屋に消えていった。 「………… 」 黙ったままで不機嫌オーラを発している敦の視線を感じて振り返ると、案の定 俺の方をジッっと見ていた。 「なに? 敦……どした?」 遠慮気味に聞いてみると、ずっと黙っていた敦がやっと口を開いた。 「志音、今日一緒に飯食わね?」 突然のお誘い。ちょっと拍子抜けする。機嫌が悪いのはなんなのだろう。聞きたいことはあったけど、ここで断りでもしたら益々機嫌が悪くなるだろうと思い頷いた。 「い〜よどこ行く?」 帰り支度を済ませ、俺を送るため待っている真雪さんに敦と食事をして帰るから……と声をかけ、俺たちは二人で事務所を出た。 敦と並んで街を歩く。 やっぱり敦はいつもより口数が少ない。 「メシどこ行くの?」 聞いてみたって「ん…」しか言わない。でも敦の向かう方向は、悠さんの店があった。 なんか嫌だな…… 敦はモデルの仕事だけじゃなく、少しだけどタレントとしても活動している。テレビの仕事もちょくちょく入っていた。だから顔も隠そうとしない敦は歩いていると声をかけられる事が多かった。 何度か足止めされつつファンサービスをしながら、店にやっと到着した。 ここは悠さんの店のすぐ近くにある、小洒落たイタリアンの店だった。 店に入ると 敦の顔を見た店員は俺に会釈をして奥の個室へ案内する。 「敦、よく来る店なの?」 聞いてみると、コクンと頷く。 薄暗い照明で、落ち着いた雰囲気の店。 個室も重量感のある扉でしっかりした部屋だった。そんな個室に案内され、俺は席に着いた。 「……敦? 今日はどうしたの? 何かあった?」 あまりにも何も言わないので、俺は少しイラっとしてそう聞いた。いつもはうるさいくらいお喋りなくせに、ここまでくるとわざとらしくも感じる。 俺の顔をジッと見る敦。小さな溜め息を吐くとやっと敦は口を開いた。 「……何かあった? 何かあったのは志音、お前じゃねえの?」 結構な怖い顔で突然そんなことを言われ、何が何だか訳がわからない。 はぁ? どういう事だ? 「ん? 何もねえよ。どういう意味? 」 俺が言うと、敦は目を反らし黙り込む。 なんなんだよ。いちいちだんまりってめんどくせえな。敦らしくない。 「とりあえず、なんか頼まねえ? 俺お腹減ったよ」 変な空気が嫌で、俺は話を逸らした。 ここは敦の奢りだというので注文もお任せしたら、程なくしてグラスにシャンパン、そしてコース料理が運ばれてきた。 飲みながら軽く何かを食べるだけだと思っていたのに、思いがけないご馳走にちょっと引く。 「え? 何もコースにしなくても良かったのに……めっちゃ豪華じゃん! 本当にどうしたの?」 驚いて俺が聞くと、やっと敦が笑顔になった。 「やっぱいつもの志音だよな。考えすぎか…… 」 「は? 」 だからほんと訳わかんね。自己完結したかのように敦はひとり納得したような顔をした。 「ねぇ、さっきから何なの? 敦、態度悪いよ。ちゃんと説明してよ」 俺はまたイラついて敦に言った。さっきからわけわかんない事言うし、不機嫌オーラ出しまくってたのにもう笑ってるし、俺の方が不愉快だよ。 カチャカチャとメインの肉をナイフで切りながら、チラッと俺を見てまた黙ってしまった。 ……もういい加減にしてほしい。 「聞いてんのかよ! いくら敦だからって俺も怒るよ!」 半分キレながら敦に言うと、やっと敦は話し始めた。 「今日の撮影あったじゃん? 志音を指名してきたって奴、前にもそいつの仕事したの覚えてる?」 敦にそう言われても、俺は全く覚えていなかった。 「ごめん、俺覚えてない……何かマズかったかな?」 俺が失礼な態度だったから怒ってんのか? と不安になる。 「いやいや、いいんだ。むしろあんな奴忘れてくれてた方がいい」 どういう意味だ? 俺がきょとんとしていると、苦笑いしながら敦が話を続けた。 「そいつが言うんだよ。志音を見て、すげえ色気が出てきて美味そうになってきた……って」 は? 美味そうって……俺は食いもんかよ。 「初めての仕事の時から志音に目を付けてて、久々に会ってみたら益々色気が出てて驚いたって。男でもできたかって俺に聞くんだよ」 「男でもできたって……なんだよそれ」 恋人ができたわけじゃない……けど、最近は先生のことばかり考えてる。 「でさ、本当のところ志音はどうなの? 俺から見てもちょっといい男になってきたように見えるんだけど……」 それは恋人ができたのか? ってことかな? 「敦まで何言っちゃってんの? 気のせいだろ? そんなに俺色気あんのかよ。やめてよ」 てかさ、そんな事で敦は機嫌悪かったわけ? 不機嫌の理由ってこれ? こんなこと話し始めたら色々と聞かれそうで嫌だから俺は黙って料理を食べ始めた。 「せっかくの料理が不味くなる……」 視線を感じ、前を見ると敦がジッと俺を見つめてる。 何? という意味で小首を傾げるとやっぱり敦は小さく溜め息を吐いた。 「ほんと、志音気をつけろよ……俺心配だわ」 「ハイハイハイ……気をつけます」

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