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先生の前では泣き虫

久々に保健室に行ってみる。 あの日の気まずさから俺は一度も保健室に顔を出さなかった。それでもやっぱり先生の顔を見たくて来てしまった。 ドアを開けると机に向かったままの先生がこちらを見ずに声を発した。 「ん〜、どうした?」 言いながら振り返り、俺と目が合うと「なんだ、志音か……」と先生は小さく呟く。 何か話そうと思った。この前のことを謝ろうと思った。 でも思った以上に素っ気ない態度をとられ、いたたまれなくなってしまった。 俺は逃げるようにカーテンを閉めベッドに入った。 「おいおい、勝手にベッド使うなよ。どうした? 志音」 カーテンの向こうで先生が呆れたようにそう言った。 ……なんだよ、全然普通なんだな。気まずいのは俺だけか。 「……先生? こないだ言ってたの……俺、嘘じゃないから……でも、ごめん……困るよね」 なんて言ったらいいのかわからない。先生はやっぱり無かったことにしたいのかな。それとも、あんなキスぐらい先生にとってはどうってことなさすぎて忘れてしまったのかな。 「ほんと……ごめん」 謝りながら、でもやっぱり先生に触れてほしい、俺のことを気にかけてほしい、見ていてほしい、そう思ってしまう。無かった事になんかしないでほしい。 しんどい。 先生は黙ったまま。返事もしてくれない。苦しくなって、俺は頭からベッドに潜り込んだ。 しばらくするとぽんぽんと背中を叩かれた。ゆっくりと顔だけ出してみると、すぐ近くに先生がいて驚いてしまった。 「なんだよ……脅かさないでよ」 先生は優しい笑顔で俺を見ている。 でもその笑顔は誰にでも見せてる笑顔。別に俺だけのための笑顔じゃない。 俺、どんどん欲張りになってるのがわかる。 独占したい。 先生に甘えたい。 「……志音、泣いてるかと思った」 「……泣いてねえし」 否── 泣きそうだったけど。 先生の前だと泣き虫だ。でもそれは認めたくなかった。 「なんだ……泣いてたらキスして慰めてやろうと思ったのにな」 そう言って笑いながら、先生はまた机に戻っていった。 ……なんだよ! それなら泣いときゃよかった。 「先生! ふざけてんの? 子どもだからってからかってんのかよ……俺は……俺は……」 なんだか本当に泣けてきてしまった。 それから先生は俺に話しかけることもなく、俺もいつまでもここにいたってしょうがないので少し休んでから教室に戻った。

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