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好き、の気持ち
「志音、遅えぞ!」
保健室から教室に戻ると、早速クラスメイトに怒られてしまった。
「ごめんな」
謝りながら、俺は女の子の客の相手をする。
接客中にさりげなくボディタッチしてきたり電話番号を聞いてきたり、正直鬱陶しかった。
それでも先ほどの先生とのことを思い出し、明日の晩のことを考えると自然と頬が緩んだ。
楽しみだな……
コーヒーを運びながら竜太君の方を見ると、和かに客の似顔絵を描いていた。
竜太君はさっきの休憩時間は周さんと過ごしていた。竜太君はきっと素直で、駆け引きとかもなく普通に甘える事が出来て、周さんにいっぱい愛されてるんだろうな……
ぼんやりとそう考えながら、俺は同じホスト役の康介君と分担して女の子の相手をした。
こうして文化祭一日目を終え、俺はその後真雪さんの迎えで仕事に向かった。
車中、にこにこ顔の真雪さんが俺に聞いてきた。
「志音何かいいことあった?」
さすが真雪さん、いつも鋭いと思う。どうにもこの人には隠し事は出来ないらしい。
「……あったよ。俺、今すごい幸せなのかもしれない」
俺がそう言うと「よかったじゃない!」と声を上げて喜んでくれた。
「好きな人、出来たんだよね」
ちょうど信号で車は止まり、俺の言葉に真雪さんが運転席から驚いた顔を覗かせる。
「あなた、ついこないだじゃなかった? 好きな人が出来てフラれたって言ってたの」
また信号が青に変わり、真雪さんは前を向いて車を走らせた。
「随分と切り替え早いのね……また男?」
確かに真雪さんの言う通りかもしれない。
でも「切り替え」という言葉はなんだか自分の中でしっくりこなかった。
竜太君の事はまだ好きなのには変わりない。でも先生に色々話してるうちに「好き」の気持ちが変わっていった。
今の俺にとって大切で必要な人、愛しているのは先生だ。
「そうだよ、男の人。俺、男の人しかダメなんだ……その人には俺の話も全部したよ」
俺の生い立ち。真雪さんのこと。初めて他人に全て打ち明けた。
真雪さんはそれ以上は何も聞かず「良かったわね」と静かに笑った。
「あなたがそこまで話をしたのなら、よっぽど信頼のできる人なのよね?……今度ちゃんと紹介してね」
「うん、そのうちに……」
先生の顔を思い浮かべて頬が火照る。まだちゃんと紹介はできてないけど真雪さんに認めてもらえたようで凄く嬉しかった。でも改めて紹介となると、ちょと照れくさいな。
スタジオに着いてからの仕事中も、なんだか明日の事が気になってしまいウキウキな気分で撮影をこなした。
「今日の志音君、なんか雰囲気変わってない? ちょっと可愛い感じ? どうしちゃったのよ。そんな志音君も好きだけどね」
カメラマンにもからかわれてしまう程、仕事中の俺は顔に出ていたらしい。
あんまり浮かれていて仕事に影響出ちゃうなんてみっともない。気をつけなきゃ……と俺は気を引き締めた。
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